2018年01月15日号
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artscapeレビュー

2016年11月01日号のレビュー/プレビュー

黒田泰蔵 白磁 写真 造本 印刷

会期:2016/09/28~2016/10/30

光村グラフィック・ギャラリー[東京都]

白磁の作家・黒田泰蔵の自選作品集『黒田泰蔵 白磁』(求龍堂、2015年3月)は、轆轤でひいたシンプル、シンメトリカルな造形の作品を、写真家・大輪眞之が7年に渡ってモノクロームのフィルムで撮影し紙焼きした写真を収めたもので、主題は黒田泰蔵の白磁であるが、それと同時に白磁の美しさを捉えた写真集でもある。印刷はモノクロ画像を3版に分けたトリプルトーン(ニス版を加えると4版)。紙の地の色(ミセスB-Fスーパーホワイト)が磁器の白で、自然光で撮影された白磁の柔らかな階調を3種類の特色インクで表現している。編集、造本設計、アートディレクションは木下勝弘。ページのサイズは横228×縦285ミリ。これは大型カメラで使われる8×10や4×5フィルムや写真印画紙とほぼ同様の4対5の比率で、本自体が写真の紙焼きを束ねたようなイメージを目指しつつ、菊全判用紙サイズを最大限に生かすサイズとして決まったという。各ページにはグリッドを設定してテキストや写真を配置。器の中心線は常にページの中心に配置され、器を置いた木のテーブルのラインも基本的にすべてのページで同じ高さになっている(この高さもグリッドに沿っている)。製本には渋谷文泉閣が開発したクータ・バインディングが用いられている。並製本であるがノドまでしっかりと開いて閉じにくく、背が浮いているのでカバーを掛けなくても背が折れて汚くなったりしない。作品を際立たせる緻密なデザイン、印刷、製本で、本書は第57回全国カタログ展で国立印刷局理事長賞と左合ひとみ賞を受賞、第50回造本装幀コンクールでは審査員奨励賞を受賞している。
本展は光村印刷が手がけた同書の造本から印刷までのクリエイション、1冊の書籍が出来上がるまでのプロセスを見せる展覧会なのだが、展示内容はそれにとどまらない。「白磁 写真 造本 印刷」というタイトルが示すように、黒田泰蔵の白磁作品、大輪眞之による写真の展示もあり、作品が写真となり作品集となるまでのすべてを俯瞰することができる。デザインに関してはグリッドシステムなどの解説、印刷に関しては本番で用いられたトリプルトーン印刷以外に、ダブルトーンやプロセスカラー印刷、スクリーン線数や用紙を変えて印刷したサンプル、製本見本などを並べてその効果の違いが比較できるようになっている。内容の点でも、見せかたの点でもとても印象に残る展覧会だった。
もうひとつ特筆しておくべきは本展のためにつくられた解説冊子『黒田泰蔵 白磁 造本設計』だ。『黒田泰蔵 白磁』を縮小した4対5のフォーマット、同様のグリッドシステム、本文で用いられた4版にCMY版を加えた7版、、クータ・バインディング製本。30ページ超の小冊子だが凝りに凝っている。なお会期終了後も造本と印刷に関する展示は当面継続するそう。期間と開館日はホームページでチェックしてもらいたいとのことだ。[新川徳彦]


会場風景

2016/10/11(火)(SYNK)

藤友陽子 銅版画展

会期:2016/10/11~2016/10/16

ギャラリー16[京都府]

薄暗い部屋の片隅を描いた銅版画14点が並んでいる。押入れの角のような湿り気のある薄暗さもあれば、窓から差し込む斜光が見える作品もある。一貫しているのは、アンダーな光の階調を丁寧に描写していること。そして人の気配がないことだ。画面から漂う静けさ、それも緊張や弛緩ではなく、ぽかりと空いた空白のような静けさが心地良い。藤友は、以前の個展で外の風景を描いていた。土手の道路や坂道だったと記憶している。室内を描いた本作とは条件が違うが、やはり光の表現と静けさが印象的だった。作品も活動も地味だが、質の高い作品を作り続けている作家だ。もっと注目されるべきだと思う。その一方、派手に持ち上げられるのは似合わないとも思う。見る側は勝手なものである。

2016/10/13(木)(小吹隆文)

国立カイロ博物館所蔵 黄金のファラオと大ピラミッド展

会期:2016/10/01~2016/12/25

京都文化博物館[京都府]

「ピラミッド」をテーマに、国立カイロ博物館が所蔵する100点余りの発掘品・副葬品・宝飾品を展示している。見どころのひとつは「アメンエムオペト王の黄金のマスク」(前993-984年)、一枚の金の板から打ち出したマスクには、精巧なガラスでできた象嵌の目がはめ込まれており、技術の高さと美しさに驚く。もうひとつが、「アメンエムペルムウトの彩色木棺とミイラ・カバー」(前1069-945年頃)。蓋の木地の上には、びっしりと隙間なく描かれた様々な図像による装飾が見える。生と死・宇宙・信仰などを示す象徴に満ちたその装飾には、目が惹きつけられる。19世紀西欧のデザイナーたちが、エジプトの装飾様式にあれほど魅入られて、折衷主義的に装飾を用いたのにも頷ける。女性にとっては、ジュエリーのデザインも見逃せないだろう。黄金やラピスラズリ・トルコ石のビーズ、貴石でできたヒエログリフ、愛らしい動物モチーフなどで作られる襟飾りは、繊細な技術と独創性が際立つ。古代エジプトのきらびやかな工芸品の技術・デザイン性にも注目。[竹内有子]

2016/10/13(木)(SYNK)

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人づくりプロジェクト展2016 「あたらしいケシキ」

会期:2016/10/13~2016/10/18

AXISギャラリー[東京都]

商業施設、博物館、展示会などの空間のデザインと施工を手がける丹青社では、毎年、デザイン専門職以外も含むすべての新入社員が外部のクリエイターや職人たちと協働してひとつのプロダクトをつくりあげる課題を課しているという。本展はこの新入社員育成プログラム「人づくりプロジェクト」の成果展。最初にクリエイターが新入社員に対してプロダクトのコンセプトをプレゼンするところからはじまり、それをふまえて新入社員2、3人ずつのチームに分かれ、クリエイターと協働する。制作期間や制作費などの制約のなかでクリエイターたちのコンセプトを具体化し、協力会社の助けを得てひとつのプロダクトに仕上げる。会場に並んだプロダクトはいずれも非常に完成度が高い。個人的には鈴野浩一(トラフ建築設計事務所)と協働した「DOZO BENCHI(ベンチ)」、橋本潤(フーニオデザイン)の「Swinging String(テーブル)」に魅力を感じた。完成度が高い理由は、これが教育目的のプロトタイプにとどまらず、市販も視野に入れた本気のものづくりだからだ。とはいえ、これは「ものづくりプロジェクト」ではなく、あくまでも「人づくりプロジェクト」。この場合、新入社員は「クライアント」でもあるクリエイターたちがつくりたいと思うモノ、譲れる部分、譲れない部分を理解してものづくりの現場に橋渡しし、限られた予算と制作期間で可能な限りクオリティを高めたものをつくる、そのプロセスそのものが成果だ。社長、全役員へのプレゼンを経てプロジェクトは完了し、新入社員はそれぞれの部署に配属される。プロダクトの諸権利はクリエイターが持ち、製品化のためのメーカー、職人とのコネクションもできる。新入社員にとっても、参加クリエイターたちにとても魅力あるプロジェクトだ。[新川徳彦]

展示風景
Photo: Takumi Ota

2016/10/13(木)(SYNK)

鈴木励滋所長『喫茶カプカプ』

喫茶カプカプ[神奈川県]

喫茶カプカプは横浜市旭区ひかりが丘にある。金曜日の午後13:30ごろ。ドアを開けると、奥に高齢の男性が一人。その隣の席の女性は白い猫のように、こちらに気づくとはにかみ、何かを小さい声でつぶやきながらいそいそと店の奥に消えた。
カプカプは障害のある方たちの作業所に併設された喫茶店で、介助スタッフがいるものの給仕は主に障害をもつ彼らに任されている。最初、スタッフの女性に席を促され座ると、注文を聞きに黄色い服の男性が現れる。注文を告げる。スタッフ女性の手が添い、注文表にチェックが入る。その間、ふわっとやわらかい時間が生まれる。白い服の白い肌の男性がゆっくりとやってきて、コーヒーとプリンを置いてくれる。そのゆっくりとした動作に、こちらの気持ちが沿ってゆき、木の葉の揺れを味わうみたいに、彼の所作を味わう。白い猫のような女性はコーヒーを淹れる担当だったのだろう。仕事が終わるとその場で独り言のような言葉をつぶやいている。その声は、まるくてちいさくて高くてかわいい。見回すと、作業所で作ったらしいアクセサリーやオブジェが店内にひしめいている。雑然としているのだが、全体のトーンがやわらかい。ことごとしくない。それでいて、こまかなしつらえがなされている。
所長の鈴木励滋さんは、アート、とくに演劇に精通している人物で、その彼曰く、この喫茶カプカプで起きていることは「演劇」であるそうだ。数日前に東京大学で行われた障害とアートをめぐるシンポジウム★1での、そうした発言が気になっての訪問。デリケートな場の細工があってのこの雰囲気なのではと、こちらのからだもゆったりしてくると、お客さんが次々現れ始め、いつの間にか、15席ほどが満席に近くなってきた。全員高齢者。通い慣れた感じでコーヒーを頼む。おしゃべりの輪がつながったり、ほどけたり、またつながったり。口に手を当てず咳をするおじいさんの無作法に、おばあさんたちが辟易したり。持参のおかしがくばられたり。そんな些細ないちいちが「演劇」としての「見どころ」に見えてくる。ひかりが丘団地は、他の多くの日本の団地がそうであるように猛烈な高齢化が進んでいるようで、そうした高齢住民と障害をもつ方たちとが、不思議と自然に混じり合っている。おじいさんが書類をもってやってきた。コピーを取りに来たそうだ。コピー機があるだけで、喫茶カプカプを訪れる導線もできる。あっちで「おかしを買うのに30分並んだ」話をしている。向こうでは嫌われたおじいさんが一人でコーヒーを啜る。店の奥では白い猫のような女性が高くまるい声でつぶやいている。元気の良いウエイトレスがコーヒーを配る。また奥では障害のある方同士のちょっとした諍いの声が漏れている。青年団の現代口語演劇みたいに、同時にあちこちで見逃せない出来事が起きている。その舞台のなかにちょこんと座って、波風立てないように「観客」を気取ることは叶わず、いただいたおかしを頬張り、隣のおばあさんとおしゃべりする。これが演劇だとしたら、相当に変わった、前衛的なそれだ。一時間後、席を立つまでの出来事は、たまたま起きたことのようだが決してそうではない。いちいちがこの場のしつらえによって引き起こされたものだ。コピー機しかり、雑然とした店内のものひとつひとつしかり。あるおばあさんは所長に「水だけ飲んで帰っていく人もいます。今度まかないのご飯食べに来てください」と言われたのがきっかけで通うようになったという。
純然たる観客はいない。むしろ、すべてが演者であるような空間。お客さんだけど単なるお客さんではない。給仕だけど単なる給仕ではない。劇場にいると観客として疎外されていると感じることがある。反対に、ここはすべてのひとを包摂しようとしている。所長の鈴木さんがここでの日々の出来事を演劇になぞらえていたとして、その真意は本人に伺う必要があるだろうけれど、それが演劇だと、単なる比喩ではなく演劇なのだと言うこと、そうやって既存の演劇概念を裏返して別の演劇もまた演劇であるとすること、淡々とその挑戦が行われていると感じた。「横浜市」と聞いてイメージする華々しい光が差し込んでいるとは言い難いひかりが丘で。

★1──シンポジウム「障害とアートの現在──異なりをともに生きる」(2016年10月9日、東京大学駒場キャンパス18号館ホール)

2016/10/14(金)(木村覚)

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