2018年07月15日号
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artscapeレビュー

2016年11月01日号のレビュー/プレビュー

クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス さざめく亡霊たち

会期:2016/09/22~2016/12/25

東京都庭園美術館[東京都]

宇多田ヒカルの新譜『Fantôme』が、すばらしい。アルバムの随所に漂っているのは、文字どおり、幻の気配。歌詞から察すると、それが2013年に亡くなった彼女の母、藤圭子を暗示していることは明らかだとしても、彼女が切ない声で歌い上げる喪失感や心象風景が私たちのそれらと共振してやまないこともまた事実である。眼前に現われた幻影に触れようとした瞬間、たちまち霧消してしまう哀しさ。あるいは逆に、その幻影に受肉させかねないほど暴力的に再生される記憶の恐ろしさ。そして、そのように現われては消え去る幻に苛まれながらも、なおもわずかなユーモアとともに歩み続ける力強さ。最初の曲が「黒い波」という言葉で始まり、最後の曲が「すべての終わりに愛があるなら」という言葉で終わることから、ポスト3.11のレクイエムとしてみなすこともできなくはないが、いま、この時代を生きる者であれば誰もが共感しうる同時代的なリアリティに満ちた記念碑的な傑作である。
さてクリスチャン・ボルタンスキー(1944-)といえば、言うまでもなく幻、幻影、亡霊を主題にする世界的なアーティストである。日本では、越後妻有における《最後の教室》や瀬戸内における《心臓音のアーカイヴ》などの常設作品で知られているが、本展は意外なことに東京での初個展。現在開催中の「瀬戸内国際芸術祭2016」にも参加しているが、同芸術祭で発表された野外のインスタレーション《ささやきの森》の映像作品も本展で上映された。
だがその内実は、事前の期待値とは裏腹に、いささか物足りない印象は否めない。なぜなら、たとえ彼の代名詞とも言える「亡霊」が寄る辺ないものだとしても、展示物と建築物との境界線を認識しがたいほど、それらの存在感がきわめて希薄だったからだ。会場の随所から亡霊たちの「声」が漏れてくるが、音量が小さいうえ音質もあまりよくないため、何を言っているのか聴き取りにくい。豊島の《心臓音のアーカイヴ》と同じように、心臓音と合わせて明滅するランプを見せるインスタレーションにしても、空間が狭いことは致し方ないにせよ、肝心の音が抑制されているため、豊島の作品のように全身を揺るがすほどの衝撃は到底感じられない。しかもブラックキューブを担保できていないため、開口部から差し込む無粋な光が劇的な効果を半減させてしまっている。それゆえ、いかなる「美」も、いかなる「崇高」も感じ取れない、いかにも中途半端な展示になっていると言わざるをえない。よもや旧朝香宮邸という高貴な空間を忖度したわけではあるまいが、そのような邪推を招きかねない要因が展示に含まれていたことは否定しがたい。
ところで『Fantôme』のなかでボルタンスキーと比較しうる楽曲が、KOHHと共作した「忘却」である。まさしく《心臓音のアーカイヴ》のように、この楽曲はハートビートで始まり、ハートビートで終わるからだ。そもそも心臓音とは不安や恐怖といった死の経験と表裏一体の関係にありながら逆説的に生を証明するものだが、豊島の《心臓音のアーカイヴ》は尋常ではないほどの音量を空間全体に満たすことによって、来場者をその両義性の只中に没入させる、優れた作品である。むろん音量という点では、「忘却」はそれに匹敵するわけではない。だが「忘却」は、歌詞によっても私たちを生と死のはざまに誘うのだ。
「天国」と「地獄」、「入り口」と「出口」。あるいは「熱い唇」と「冷たい手」。「忘却」は、あらゆる二項対立の言葉によって構成されているが、宇多田ヒカルの聖とKOHHの俗という二極は、「冷たい手」や「強い酒」という言葉によって互いに接合されながらも、弁証法的に止揚されるというより、むしろ対極主義的に分節されている。だからこそ私たちは、その聖俗の裂け目に、生きていながら死の淵を覗き込んてしまったような不気味な感覚を感知するのである。本展に欠落していたのは、このような意味での二極にほかならない。

2016/10/14(金)(福住廉)

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田中秀介展 円転の節

会期:2016/10/14~2016/10/23

ギャルリ・サンク[奈良県]

田中秀介は、日常生活で出会った情景や、自身のプライベートにまつわる場所・経験をモチーフにした絵画を描いている。作風は具象だが必ずしも再現的ではなく、主観的な構図や色遣いが特徴だ。2014年頃までの彼の作品は、自身の不安感や焦燥感の現われだろうか、一種シュールな趣が画面を支配していた。それはそれで面白いのだが、このパターンでどこまで引っ張れるのだろうかと勝手な心配をしたものだ。ところが、昨年に京都で行なった個展では作風に変化が見られた。より私小説的というか、淡々と描写する傾向が見受けられたのだ。それでいて主観的な構図や鮮やかな色遣いを残している点に、彼ならではの特徴が感じられる。本展の作品もその延長線上にあったが、彼ならではの個性が自然なかたちで滲み出ており、納得できるものだった。おそらくこの方向性で正解だろう。

2016/10/15(土)(小吹隆文)

明治のクール・ジャパン 横浜芝山漆器の世界 ─金子皓彦コレクションを中心に─

会期:2016/07/22~2016/10/23

横浜開港資料館[神奈川県]

安政6年(1859年)の開港以来、横浜港からは漆器、陶器、木製品などさまざまな工芸品が輸出され、来日した外国人がお土産品として購入した。輸出港である横浜には各地から工芸職人が移り住み、これら輸出向け商品の生産を行なった(京都から横浜に移り住んだ陶芸の宮川香山(真葛焼)もそのひとりだ)。芝山漆器(芝山細工)は、江戸時代の後期、上総国武射郡芝山村の芝山専蔵によって考案されたといわれる。平面的な螺鈿細工と異なり、芝山細工は美石、象牙、珊瑚、貝殻などを材料に、人物、花鳥を大胆なレリーフで表現している。当初は江戸向けの商品であったが、開港後に横浜で生産が始まり、その盛期には50軒100を数える職人がいたという。花鳥の他、外国人好みの富士山や人力車の意匠が小箱や宝石箱、横浜写真と呼ばれる着色写真アルバムの表紙に施された。本展に出品されている芝山漆器の多くは、日本輸出工芸研究会会長・金子皓彦氏のコレクション。このほか、昭和52年(1977年)まで横浜で代々漆器を製造していた村田家の資料、現在横浜芝山漆器を製造している宮崎輝生氏による作品、下絵、工程品、工具が展示された。
近年明治の輸出工芸に人々の関心が集まっている。ただし、都心の美術館で見ることができるのは、海外での万国博覧会に出品された優品や、帝室技芸員となった工芸家たちの作品が中心で、地場の職人が手がけ、外国人のお土産になったような工芸品が美術館に並ぶことは稀だ。「超絶技巧」ともてはやされている明治工芸を見知った人には、同時期につくられた芝山細工のような輸出工芸品の意匠はとても奇異に見えると思う。しかしながら、以前金子コレクションについて書いた言葉を繰り返せば、これらの製品に用いられた技術は必ずしも一流ではないかもしれないが、ここに見られる品々は優品として遺されてきたものよりもずっと普遍的な日本の工芸品生産の結果であり、明治以降、否、それよりもはるか以前から、マーケットを志向せずしては存立し得ない工芸の本来の姿を伝える貴重な史料なのだ。[新川徳彦]

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2016/10/16(日)(SYNK)

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壷井明 連作祭壇画 無主物 3.11を描く

会期:2016/10/01~2016/11/12

原爆の図丸木美術館[埼玉県]

無主物とは、文字どおり、主の無い物。福島第一原発事故で飛散した放射性物質の責任を問う裁判で、被告の東京電力が、その汚染除去の責任を免れるために採用した理屈である。いわく「飛散した放射性物質は誰のものでもない無主物である」。このあまりにも一方的な言い草に憤激した壷井は、原発事故をめぐる出来事を主題にした祭壇画を制作し始めた。
その祭壇画とは、3枚のベニヤ板を連結した横長の画面に、仮設住宅で暮らす被災者や白い防護服で全身を固めた原発作業員、そしてさまざまな動物たちを描いたもの(壷井が人間と動物を並列して描写している点はきわめて重要である)。すべて、あの事故の当事者たちだ。特徴的なのは、いずれの図像も黒い線でしっかりと縁取られている点に加えて、随所に言葉が描きこまれている点である。壷井は、被災者たちが語る肉声をそのまま画面に含めたり、新たに描き足した図像についての解説文を絵画とは別に添付したり、とにかく自分が得た知見をなんとかして鑑賞者に伝達しようと努めている。それゆえ鑑賞者は、絵画を「見る」だけではなく「読む」ことを求められるのだ。図像と文字で構成された祭壇画の前で、私たちは茫然と立ち尽くすことを余儀なくされる。そこには、私たちの知らない被災者や原発作業員の生々しい「声」が埋め込まれているからだ。
画面から文字や言葉を徹底的に排除することを求めたモダニズムとは対照的に、壷井はおそらく絵画を純然たるメディアとして考えているのではないか。事実、壷井は自らが描いた祭壇画を脱原発デモの現場などで展示してきた。それは、美術館や画廊では望めない野外展であることにちがいはないが、注目したいのは、そうした露出展示そのものが、ある種のメディアとして機能している点である。それは、美術館や画廊には訪れないが脱原発問題には関心のある人々にとって、壷井の祭壇画を鑑賞する機会になりうるからであり、同時に、壷井にとっても、彼らとの交流によって祭壇画に新たな図像を加筆する契機になりうるからだ。つまり壷井の「祭壇画」を結節点として、じつにさまざまな人々が連結しているのであり、それは祭壇画には直接的に描写されずとも、確かなイメージとして鑑賞者の眼前に立ち現われているのである。
かつて丸木位里・俊が描いた《原爆の図》は全国を巡回することで知られざる被爆のイメージを形成することに大いに貢献した。壷井は、メディアとしての祭壇画を徐々に拡充することで、急速に忘却されつつある被曝のイメージをなんとかして確立しようとあがいている。その途中経過を見守ることは、脱原発という同時代的なリアリティの観点からだけではなく、絵画の未来を模索するうえで、私たちにとって必要不可欠な身ぶりではないか。

2016/10/16(日)(福住廉)

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同じ窯の位相

会期:2016/10/15~2016/11/06

ARTZONE[京都府]

京都造形芸術大学美術工芸学科陶芸コース、総合造形コースの卒業生、現役生12名によるグループ展。作品はすべて陶オブジェだった。出展作家には、詩的なインスタレーションで知られる伊賀上空見子、スポンジやモップなどの清掃用具をモチーフにした作品を制作する大久保陽平、第2次大戦末期につくられた陶製手榴弾の弾体を作品の一部として用いている宮原野乃実など、画廊や美術館などで見たことがある作家が少なからずいて、予想していたよりもずっと見応えがあった。正直、京都の美大で陶芸といえば、京都市立芸術大学か京都精華大学が強いと思い込んでいた。本展を見て、その先入観に修正を図る必要があると実感した。

2016/10/18(火)(小吹隆文)

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