2018年01月15日号
次回2月1日更新予定

artscapeレビュー

2016年11月15日号のレビュー/プレビュー

芸術写真の時代─塩谷定好展

会期:2016/08/20~2016/10/23

三鷹市美術ギャラリー[東京都]

塩谷定好(1899~1988)は鳥取県東伯郡赤碕町(現琴浦町)出身の写真家。大正~昭和初期の「芸術写真」の黄金時代における中心的な担い手の一人であり、同じく鳥取県出身の植田正治が「神様」として敬愛していたという。1970~80年代にイタリア、ドイツ、アメリカなどで展覧会が開催され、あらためてその独特の作品世界に注目が集まった。昨年も「─知られざる日本芸術写真のパイオニア─塩谷定好作品展」(FUJIFILM SQUARE 写真歴史博物館)が開催されるなど、このところ再評価の機運が著しい。
本展では鳥取県立博物館所蔵の作品を中心に、100点の作品が展示されたのだが、これまでの展覧会とはやや異なったアプローチを見ることができた。ひとつは出品作に、これまで塩谷の写真のベースと考えられていた、故郷の赤碕の風土や暮らしに根ざした人物写真や風景写真だけではなく、ほぼ未発表の実験的な作品が多く含まれていたことである。《静物》(1928)はモノクロームのプリントに手彩色したカラー作品であり、《海》(1937)や《お堂》(1942)のような、ほとんど何が写っているのか判然としない、曖昧模糊としたピンぼけの写真もある。斬新な画面構成の《骸骨と鶴嘴》(1935)は、あたかもメキシコあたりの写真家の作品のようだ。もうひとつは、第二次世界大戦後の作品にもきちんと目配りがされていることである。《暮色群雀》(1957)や《砂丘》(1966)のようなスケールの大きな風景写真を見ると、塩谷の創作意欲がまったく衰えていなかったことがわかる。彼の「芸術写真」の時期を特徴づけていた、極端なソフトフォーカス描写や、墨や絵具での「描き起こし(雑巾がけ)」のような絵画的な技法は影を潜め、ストレートなプリントが試みられている。だが、被写体に向き合う姿勢には一貫したものがあったということだろう。
塩谷の仕事の写真史的な位置づけはまだ確定したわけではない。そのクオリティの高い作品世界には、さらなる未知の可能性が潜んでいそうだ。

2016/10/06(木)(飯沢耕太郎)

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さいたまトリエンナーレ 2016

会期:2016/09/24~2016/12/11

岩槻駅周辺[埼玉県]

2度目のさいたまトリエンナーレ訪問では、岩槻エリアの旧民俗文化センターに向かう。会場が駅から遠く、シャトルバスを走らせているのは、とても助かるが、車中がガラガラで心配になった。旧民俗文化センターはメイン会場というヴォリューム感で、それぞれに埼玉という場所を読みといた作品が多い。目による屋外のトリッキーな空間体験のほか、ソ・ミンジョンの新展開、多和田葉子、小沢剛、大洲大作、川埜龍三、藤城光、マテイ、アピチャッポン、オクイ、ウィスットらの作品をまとめて楽しめる。

写真:左=上から、旧民俗文化センター、多和田葉子 右=上から、小沢剛、川埜龍三

2016/10/07(金)(五十嵐太郎)

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東北大学工学部建築・社会環境工学科設計課題「埼玉県立近代美術館アネックス計画」現地見学会

埼玉県立近代美術館[埼玉県]

東北大の設計の授業で、今年はポストモダンを現代から再解釈すべく、黒川紀章が設計した埼玉県立近代美術館のアネックス計画を課題に出したので、学芸員の平野到の案内により、学生と共に現地をじっくりと見学する。この美術館は何度も訪れていたが、それでもまだ知らない場所や部屋が結構ある。特にいまとなっては重要なワークショップの空間は、上階に登って一番奥なので、外部からはまずわからない。また、名古屋市美術館と共通するサンクンや、強い軸性を持つシンメトリーの外部階段など、あまり使われていない場所が存在するのも、もったいない。

2016/10/07(金)(五十嵐太郎)

NEW VISION SAITAMA 5 迫り出す身体

会期:2016/09/17~2016/11/14

埼玉県立近代美術館 2F展示室[埼玉県]

埼玉に所縁のある1980年代生まれのアーティスト7名を紹介する若々しい企画だ。タイトルにもっとも近い作品は、やはり生の身体に直接働きかける二藤建人である。鈴木のぞみは解体される家屋の窓が眺めた風景の記憶を定着させ、高橋大輔は膨大な数の厚塗り絵画で空間を埋め尽くす。小畑多丘は速度感ある木彫、青木真莉子は儀式的なアート作品で、それぞれに個性を発揮していた。

写真:左から、二藤建人、小畑多丘、青木真莉子

2016/10/07(金)(五十嵐太郎)

ゴッホとゴーギャン展

会期:2016/10/08~2016/12/18

東京都美術館[東京都]

ゴッホとゴーギャン──。いまでこそ近代美術史に燦然と輝く巨匠だが、ふたりが出会ったころはどちらも売れない貧乏画家だった。彼らが南仏アルルで共同生活を始めたのも、生活費を浮かすためでもあった。でもその共同生活もわずか2カ月で破綻。例の「耳切り事件」でゴッホは精神に異常をきたし、身の危険を感じたゴーギャンはアルルを去ったからだ。ゴーギャンがタヒチへ旅立つのはその2年半後のこと。このふたりの共同生活は、ゴッホの伝記においては決定的な意味を持つが、ゴーギャンにとっては初期の1エピソードにすぎない。そもそも共同生活を提案し、熱烈にラブコールを送ったのはゴッホであり、終止符を打ったのもゴッホであって、ゴーギャンにとってはいい迷惑だったはず。そんなふたりの関係だから、この2人展も当然ゴッホに焦点が当てられ、ゴーギャンは脇役だ。ちなみに出品点数はゴッホ28点、ゴーギャン22点、その他18点(ミレー、ピサロ、ロートレック、セリュジエなど)となっている。
最大の見せ場はもちろんアルルでの共同生活の期間で、それを象徴するのがゴッホによる《ゴーギャンの椅子》だ。しかしそれ以外に、例えばゴーギャンによる《ひまわりを描くフィンセント・ファン・ゴッホ》とか、ふたりが同じモチーフを描いた作品(ジヌー夫人やルーラン夫人の肖像、アリスカンの風景など)がないのが残念。いわばアリバイが少なく、説得力に欠けるのだ。と思ったら、晩年のゴーギャンの手になる《肘掛け椅子のひまわり》があった。これは共同生活から13年後、ゴッホの死から11年後、そしてみずからの死の2年前に、遠く南太平洋の島で描いたもの。ゴーギャンはなにを思ってこれを描いたのだろう。ほかにゴッホの《収穫》《オリーブ園》《刈り入れをする人のいる麦畑》《渓谷(レ・ペイルレ)》、ゴーギャンの《タヒチの3人》など見るべき作品は少なくない。

2016/10/07(金)(村田真)

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2016年11月15日号の
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