artscapeレビュー

2016年12月01日号のレビュー/プレビュー

なにで行く どこへ行く 旅っていいね

会期:2016/11/11~2016/12/03

京都dddギャラリー[京都府]

DNP文化振興財団と京都工芸繊維大学美術工芸資料館が所蔵するポスターのなかから、「旅」をテーマに選定された作品を一堂に展示している。ポスターを通じた「旅」への誘いには、3つの切り口、「1 交通の発達」、「2 観光地とレジャーの発展」、「3 旅が喚起する感情や非日常性を演出した多様なイメージ」が用意されている。
ひとつめの観点には、旅の移動手段である鉄道・船・飛行機のモチーフが表す力強さ・豪華さ・優雅さ・速度の表現がある。例えばカッサンドルと里見宗次、さらには杉浦非水《東京地下鉄道株式会社》(1927)にみられるアール・デコの機械を愛でる表現をそれぞれ比較してみると面白い。


左:杉浦非水《東京地下鉄道株式会社》1927 右:里見宗次《日本国有鉄道》1937

二つめには、海水浴・登山・スキーや温泉地等レジャーを通じた観光地の形成プロセスに、時代性を味わって鑑賞もできる。1960年代の《太陽に愛されよう資生堂ビューティケイク》のモデル前田美波里のはつらつとした水着のイメージと、70年代オイル・ショック後の横尾忠則《湯原温泉》の神秘性を醸し出すようなイメージは、まさに対照的である。三つめに、国鉄による鈴木八朗の観光ポスター《Discover Japan》(1974)《Exotic Japan》(1983)に、現代におけるポスターの発展形をみることができる。キャッチコピーと大胆な写真で構成される画面の斬新さばかりでなく、テレビ番組やCM等放送メディアまでも含む一大キャンペーンを思い出す人も多かろう。11月19日に京都工芸繊維大学で開催されたシンポジウム「観光ポスターに見る日本の近代ツーリズムについて」(京都精華大学教授の佐藤守弘、京都工芸繊維大学美術工芸資料館准教授の平芳幸浩、DNP文化振興財団CCGA現代グラフィックアートセンター長の木戸英行のパネルディスカッション)では、ポスターのさらなる現在進行形が多面的に示された。(登壇者名は敬称略) ちなみに本展は、同大学のアートマネージャー養成講座と京都dddギャラリーの連携企画展。開学以降に同資料館が教育の手本用に収集してきた、近代西欧から現代までに渡るポスターの有す「歴史性」と、DNP文化振興財団の所蔵する現代日本のポスターにみられる時代の「先端性」が補完しあう、幸福なケミストリー。産学連携の良い事例となる展覧会であろう。[竹内有子]


会場風景

2016/11/18(土)(SYNK)

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動き出す!絵画

会期:2016/11/19~2017/01/15

和歌山県立近代美術館[和歌山県]

美術雑誌の出版や展覧会の開催などを通して、大正期の美術界をバックアップした人物、北山清太郎。フランス印象派やポスト印象派の理解者だったペール・タンギーになぞらえて「ペール北山」と呼ばれた彼を軸に、当時の西洋美術と日本近代美術を紹介しているのが本展だ。その構成は、4つの章とプロローグ、エピローグから成り、当時の西洋美術(印象派から未来派まで)と日本の作家たち(斎藤与里、岸田劉生、木村荘八、萬鉄五郎、小林徳三郎など)がたっぷりと楽しめる。北山が出版した雑誌も並んでおり、当時の様子を多角的に知ることができた。また、北山清太郎という重要なバイプレーヤーの存在を知ることができたのも大きな収穫だった。彼のような存在はきっとほかにもいただろう。そうした人々に光を当てることにより、美術史の読み解きが一層豊かになるに違いない。今後も本展のような企画が続くことを願っている。なお、北山清太郎は後年にアニメーションの世界に転身し、日本で最初にアニメを制作した3人のうちの1人である。つくづく興味深い人物だ。

2016/11/18(金)(小吹隆文)

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ハナヤ勘兵衛の時代デェ!!

会期:2016/11/19~2017/03/19

兵庫県立美術館[兵庫県]

兵庫県芦屋市を拠点に活躍し、戦前戦後の写真界に大きな足跡を残したハナヤ勘兵衛(1903~1991)。本展では、代表作を中心に、芦屋カメラクラブで彼と一緒に活動した紅谷吉之助、高麗清治、松原重三らの作品も合わせた約120点を展覧。その足跡と時代を振り返っている。ハナヤ勘兵衛といえば新興写真やモンタージュの印象が強いが、戦中戦後の作品には都市の人々を生々しく捉えたものが多く、紀州をテーマにした晩年の作品も含め、作風の多様性がよく分かった。また、ビンテージ・プリントが数多く含まれていること、彼が開発した小型カメラ「コーナン16」(のちに「ミノルタ16」としてヒットした)が展示されているのも貴重だった。本展は小企画展ゆえ目立たないが、内容が非常に良いので多くの人に見てほしい。また同時開催の「彫刻大集合」も、近代から現代までの彫刻約50点が並んでおり、見応えがあった。

2016/11/19(土)(小吹隆文)

山村幸則 展覧会『太刀魚はじめました』

会期:2016/11/01~2016/11/20

GALLERY 5[兵庫県]

山村幸則は、突拍子もないアイデアを実行するアーティストだ。例えば、山育ちの神戸牛の仔牛に海を見せるべく、神戸港まで引き連れて再び山に帰っていく《神戸牛とwalk》、古着屋から1000着の古着を借りて新たな装いを提案する《Thirhand Clothing 2014 Spring》、黒松が茂る芦屋公園で松の木に扮装して体操を行なう《芦屋体操第一》《同 第二》など、地域の歴史や自然を自身の体験として作品にしてしまう。作品には彼自身とアートが融合しており、日常と表現行為が地続きになっているのだ。さて、今回山村がテーマにしたのは太刀魚。神戸港で太刀魚を釣り、その模様を映像で記録したほか、カフェで食材として利用してもらう、グッズをつくる、ワークショップを行なうといった作品が発表された。筆者は最終日前日のトークイベントに参加したが、そこでも太刀魚尽くしの料理がふるまわれた。彼の作品を見るたびに思うのは、「よくこんなことを思いついたな」「思いついても実際にやるか」ということ。だが、彼の真摯な姿勢と、そこから溢れ出るユーモアに感化され、いつも作品の虜になってしまうだ。

2016/11/19(土)(小吹隆文)

東京芸術祭2016 ワン・チョン『中年人』

会期:2016/11/18~2016/11/19

東京芸術劇場シアターウエスト[東京都]

めちゃめちゃ面白かった。出演者のオススメで観に行った東京芸術祭の一プログラム、アジア舞台芸術人材育成部門2016(のうちの国際共同制作ワークショップ上演会)のなかの一作。プロデューサーは宮城聰。「アジアの若い演劇人が出会う土俵(リング)」(宮城)に、アジアの若い演出家、役者、ダンサー、パフォーマーが集まり、クリエイションを展開するという企画。異なる国籍の演劇人が集まり、20分ほどの上演作品を作るのは、それだけで苦労を伴う活動だろう。けれども、異なる国籍の演劇人が集まれば自ずと面白い作品ができるなんてはずはなく、結局は個々の作家の力量にすべてはかかっている。その点で、ワン・チョンのチームは圧倒的だった。20分ほどの上演で行なうのはほぼひとつ、三人の男と一人の女がひたすらキスしまくるのだ。冒頭、男と男が道端でがんつけ合う。むき出しの感情が顔を近づける。一触即発!と思うと二人はキスしてしまう。「なに? これ!」の事態に観客は戸惑い、失笑。しかし、これは序曲。別の男二人が現れ、二人も友達の挨拶みたいにキスする。男と女も濃厚なキスを挨拶みたいにする。「キス」は演劇におけるありふれた仕草のひとつ。しかし、それは大抵「男女の宥和」や「クライマックス」「ハッピーエンド」の記号であって、キスそのものが取り上げられ、繰り返されることは珍しい。例外を探すなら、ピナ・バウシュのレパートリーにはありそうだ。それでいえば、かつて三浦大輔がほとんど「している」のではと思われる劇を作ったことも思い出す。性器を展示することよりも穏便な行為に思われるかもしれないが、「キス」は実際かなり効果的だ。男と男が、男と女が、おじさんと若者がむちゅむちゅやっていると、こちらの気持ちがムズムズしてくる。途中には、観客にキスの相手を求める場面があって、一人の巨体の男性が立候補したり、そればかりか、アフタートークの際には、演出家のチョンにキスしたいと舞台に上がる男性が出てきたりと、若干乱行的な状態に近づきもする。チャンが宗教家だったら、そうした社会的自制の解除を人心掌握に利用するのだろうが、これは演劇であり、架空の設定を用いて自分たちの生を振り返るという演劇らしい機能を十分に活かす作品だった。焦点はコミュニケーションにあった。コミュニケーションの微妙な軋轢や行き違いが、キスという手段のみで進められるとしたら? そもそも誰とでもキスする社会はユートピアか、デストピアか。始終爆笑しながら、観客はその架空の世界にのめり込む。最後に生きた犬が現れ、犬と人とのキスへと展開するとさらに大きな笑いに包まれた。「ジェンダー」のみならず人と動物にまでキスが拡大したわけだ。私たちはどこまでキスできるのか? これは比喩的で架空の(つまり演劇上の)問いではあるが、キスは私たちの肉体で行なう現実のものでもある。だから、私たちの現実に突きつけられた問いでもある。良い作品とはこういう作品だ。

2016/11/19(土)(木村覚)

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