2018年10月15日号
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artscapeレビュー

2016年12月15日号のレビュー/プレビュー

シャルロット・デュマ「Stay」

会期:2016/10/07~2016/12/25

916[東京都]

シャルロット・デュマはオランダ出身の女性写真家。アムステルダムとニューヨークを拠点に「生存し繁栄するために寄り添う人間と動物、その間に存在する共存関係」をテーマに撮影を続けてきた。2014年にも同じくギャラリー916で、アメリカ・ワシントンのアーリントン墓地の軍用馬を撮影した作品を発表している。その時から彼女の作品には注目してきたのだが、今回の展覧会はより興味深い内容になっていた。
デュマは2012年から、日本国内の8カ所、8種の在来馬を撮影するプロジェクトを開始した。沖縄県与那国島(与那国馬)、同宮古島(宮古馬)、鹿児島県中之島(トカラ馬)、長野県木曽福島(木曽馬)、長崎県対馬(対州馬)、宮崎県都井岬(御崎馬)、愛媛県今治(野間馬)、北海道七重(道産子馬)である。これらの8種は、道産子馬を除いては数十頭から数百頭しか現存しておらず、絶滅の危機にあるという。デュマは6×7判のカメラを手に馬たちにそっと近づき、自分の存在を意識させつつ「ポートレート」として撮影している。親密だが、あくまでも客観的な観察の姿勢を崩さない適切な距離感こそ、彼女の写真の最も重要なポイントのひとつだろう。結果として、馬たちは神秘的かつ神話的な存在として讃えられるのでも、「可愛らしさ」を強調して擬人化されるのでもなく、まさに彼らのオリジナルの「存在」の形を、生々しく露呈した姿で捉えられている。真似できそうでできない、新鮮なアプローチといえる。
写真作品の展示だけでなく、別室では新作のヴィデオ映像作品「NANAE」も上映されていた。道産子馬のゆったりとした生のリズムに寄り添うように、彼らの姿を静かに捉えたこの作品の出来栄えも素晴らしい。なお、展覧会にあわせて、上田義彦の編集で916Pressから同名の写真集が刊行されている。

2016/11/08(飯沢耕太郎)

『ニーゼと光のアトリエ』

会期:2016/12/17

[全国]

ブラジルの精神病院でまだ電気ショック療法やロボトミー手術が行なわれていた1940年代、女性医師ニーゼはさまざまな障害にぶつかりながら、患者に絵を描かせたりペットを飼育させることで彼らの心を少しずつ解放していくという、実話に基づいた映画。冒頭でニーゼが病院の鉄の扉をたたくが、なかなか応答がない。これが映画の内容を象徴していることにあとで気づく。彼女の前に鉄の扉として立ちふさがるのは白人の男性医師たち。対して患者は有色人種が多い。ここでは支配者と被抑圧者の構図が、医師/患者、男性/女性、白人/有色人種という2項対立でわかりやすく図式化されている。ここに陰気/陽気という2項対立を加えてもいいかもしれない。そもそもブラジル人は国民的に陽気なので、妨害もなんとか乗り越えられるし、ニーゼもクビにならずにやっていけるし、街の画廊で開いた患者たちの展覧会も成功裏に終わるってわけだ。陰気な日本ではこうはいくまい。最後に、年老いたニーゼへのインタビュー映像が出てくるが、本当に陽気なおばあちゃんだった。

2016/11/08(火)(村田真)

友人作家が集う─石原悦郎追悼展“Le bal”Part2-scherzo

会期:2016/10/11~2016/11/12

ツァイト・フォト・サロン[東京都]

今年2月に亡くなったギャラリスト石原悦郎氏の追悼展の2回目。石原さんが写真専門の画廊ツァイト・フォト・サロンを始めたのは、ぼくがぴあに入社して間もない1978年。以来とてもお世話になった。白状しちゃうと、ぼくがぴあを辞めるときにはアンフォルメルの画家ヴォルスの写真をいただいた。もちろんヴィンテージじゃあないけど、大切な宝だ。開館まもないパリのオルセー美術館でたまたまお会いしたときには、「軍資金」といって1万円札(あるいは100フラン札だったかも)をムリヤリ握らされた。豪快で、艶っぽくて、そしてインテリだった。こういうイカしたおやじは美術界にはもう現われないかもしれない。ここに出品されている荒木経惟と安齊重男の写真には、若き日の石原さんが写っている。今回は故人を偲ぶために何十人もの写真家が出品しているが、石原さんとは関係なく1点だけグッと刺さる作品があった。上半身裸で頭だけ画面外に出てるデブを撮った鷹野隆大の《立ち上がれキクオ》だ。

2016/11/08(火)(村田真)

臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念 禅─心をかたちに─

会期:2016/10/18~2016/11/27

東京国立博物館[東京都]

坊主と武将の絵と、禅僧の彫刻と書。見るからに辛気くさいものばかりだが、おっと目が止まったのが《南浦紹明像》という禅僧を描いた絵。顔料がはがれて下の絵が表われたんだろうが、目が4つ、口が2つのダブルイメージになっている! しかも顔以外はすぐ後に展示されてる《虚堂智愚像》とそっくり。着せ替え人形みたいに禅僧のフォーマットがあって、顔をすげ替えるだけで一丁上がりみたいな。日本の古美術にはこういうモダンアートにはないエグさがある。

2016/11/08(火)(村田真)

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田中長徳「PRAHA Chotoku 1985・2016」

会期:2016/10/20~2016/11/26

gallery bauhaus[東京都]

田中長徳にとってプラハは特別な意味を持つ街だ。1989年から2014年にかけては6区にアトリエを構えて、たびたび行き来していた。プラハの屋根裏部屋に暮らしていたのは、アトリエができる数年前からで、今回のgallery bauhausの個展では、1985年に撮影した27点と、2016年1月に改めてプラハを訪ねて撮影した34点、計61点のプリントが展示されていた。
その2つのシリーズの肌合いの違いが興味深い。6×9判のプラウベルマキナで撮影された1985年の写真は、日本の風土とは異質の石造りの街並みに即して、きっちりとした画面構成を試みている。ちょうどその頃のプラハは、「未曾有の市内大改築」の最中で、あちこちで敷石が掘り返され、建物が壊されて「まるで内戦のような」光景だったという。数年後の社会主義政権の崩壊を予感させるそんな眺めを、田中はあくまでも冷静な距離をとって撮影していた。
ところが、ライカ、コンタックス、キエフの35ミリカメラを併用して撮影したという2016年のプラハの写真の画面には、ブレや揺らぎが目立つ。ガラスの映り込みがカオスのような眺めを生み出し、真っ黒いシルエットとなった道行く人たちは、まるで亡霊のように彷徨っている。プラハに向き合うときの何かが、彼のなかで大きく変わったのではないだろうか。 DMに寄せた文章には「今回の写真展はあたしの『プラハ三十年』の終了宣言でもある」と書いている。その理由は明確に述べられていないのだが、写真からは確かに断念の怒りと哀しみが伝わってくるように感じる。その激しさに、いささかたじろいでしまった。

2016/11/09(飯沢耕太郎)

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