2018年07月15日号
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artscapeレビュー

2017年02月15日号のレビュー/プレビュー

宇田川直寛「Assembly」

会期:2017/01/05~2017/01/23

QUIET NOISE arts and break[東京都]

1981年、神奈川県生まれの宇田川直寛は、このところ注目すべき作品を発表している写真作家である。2016年から横田大輔、北川浩司とともにSpewというユニットを組み、ZINEを刊行したり、その場でプリントを出力して展示・販売したりする活動を積極的に展開してきた。
今回はユニットとしてではなく彼の単独の個展で、東京・池ノ上のカフェ・ギャラリーに、木材、ガラス、ボール紙などのインスタレーションを組み上げ、その間にプリントを張り巡らせていた。宇田川の写真のほとんどは、彼自身が即興的につくり上げたモノの配置を即物的に記録したものである。とりたててなにかの意図を持ってつくっているわけではなく、身近にある道具、パッケージ、電線、木片、紙類などを、テープで貼り付けたり、重ね合わせたりしてオブジェ化する。その組み合わせ方に、独特の「詩学」を感じることができる。でき上がったオブジェは、写真に撮影すれば廃棄してしまうようだ。つまり、彼にとっては、モノどうしを直感的に組み合わせていくサンプリングのプロセスそのものに意味があるのであり、写真はあくまでもそれを記録する手段にすぎない。とはいえ、モノの質感や色味の再現に細やかに配慮した写真そのものにも、不思議な魅力がある。
とてもユニークな作品世界が生み出されつつあるのだが、展示はまだ試行錯誤の段階にある。写真とインスタレーションとの関係を、もう少し注意深く、緊密に練り上げていく必要がありそうだ。それよりも、会場で販売していた少部数限定のZINEのほうが面白かった。『7Days Aru/Iru koto』(2016)、『arm/ cave』(同)、そして今回の展示に合わせて刊行された『assembly』。巧みな編集・レイアウトで紙上に再構築された作品世界が、ヴィヴィッドに目に飛び込んでくる。

2017/01/07(土)(飯沢耕太郎)

荒川朋子 個展「つぼ」

会期:2017/01/07~2017/01/15

KUNST ARZT[京都府]

荒川朋子は、民俗信仰のご神体や秘教めいた呪具、性器を象った儀礼的オブジェを思わせる木彫をつくり、その表面を体毛のような毛が覆ったり、長い黒髪が垂れ下がる彫刻作品を発表している。コロンと丸みを帯びたフォルムは愛らしいが、ツルツルに磨きこまれた表面は、体毛のような毛が生えることで人間の皮膚を思わせ、グロテスクで何とも薄気味悪い。
加えて本個展では、陶で制作した壺の表面にびっしりと「植毛」を施した《毛の生えた壺》が発表された。表面の滑らかさを嘲笑うかのように、毛穴のような極小の穴から「生えた」無数の毛。それは「皮膚」へと接近し、「彫刻」において捨象されてきた「表面(表皮)」と「触覚性」の問題を前景化させる。「表面に毛を生やす」荒川の作品は、視覚的フォルムと空間に占めるボリュームの問題として制度化されてきた彫刻に対して、捨象・抑圧されてきた「表面(表皮)」及びその「触覚性」を取り戻す批評的試みである。また、「彫刻」がその外部へと排除してきた民俗的・宗教儀礼的なオブジェを擬態していることを合わせて鑑みれば、「彫刻」の制度に対する二重の批評性を胚胎させていると言えるだろう。
さらに、荒川が表面に生やす「毛」の素材が、「つけまつ毛」であることに注目したい。つけまつ毛は本来、女性の目をパッチリと大きく美しく見せるために付けるものだ。しかしここでは、表面をびっしりと覆うまでに過剰に増殖し、グロテスクな変貌を遂げている。「表面の過剰な装飾」という点でそれは、携帯電話や小物の表面をキラキラのビーズやラインストーンで覆って多幸感あふれるオブジェに変身させる「デコ」という現代女性の文化・嗜好とも通じる感性だ。だが荒川は、女性をカワいく見せる「まつ毛」という増やしたいものを過剰に増殖させることで、「毛(ムダ毛)」という除去すべき(とされる)ものへと変貌させてしまう。「美」へのオブセッショナルな欲望が増幅されることで、むしろグロテスクでおぞましいものへと反転してしまうこの転倒した身振りは、女性が抱える「美(=他者からの肯定)」の強迫観念に対する批評としても解釈できる。荒川作品は、「ムダ毛」という、忌み嫌うべきものであるからこそ執拗に回帰してくる存在を「祓い、鎮める」現代の呪具なのだ。

2017/01/10(火)(高嶋慈)

アセンブル “共同体の幻想と未来”展

会期:2016/12/09~2017/02/12

EYE OF GYRE[東京都]

ターナー賞の受賞で話題になった、荒廃したエリアをアート、デザイン、建築の力で再生させるユニットである。日本でも似たような活動はあるが、イギリスだとアーツアンドクラフツの補助線はあるのだろうかと思う。廃屋に植物は魅力的なイメージだが、果たしてどこまで具現化できるか。

2017/01/10(火)(五十嵐太郎)

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赤鹿麻耶「あかしかまやのオープンスタジオ」

会期:2016/12/01~2017/01/11

ビジュアルアーツギャラリー[大阪府]

赤鹿麻耶は2015年に大阪と東京で開催した「ぴょんぴょんプロジェクト」をきっかけにして、作品と会場とを一体化して、観客が自由に鑑賞できるような展示のスタイルを模索している。今回は、大阪・桜橋のビジュアルアーツ専門学校大阪のギャラリーを「オープンスタジオ」として開放し、期間中に制作した写真作品やオブジェを加えて「約一カ月間、すこしずつ変化してゆく展覧会」を開催した。
最終日になんとか間に合って、展示を見ることができたのだが、会場にはプリンターやモニターが持ち込まれ、展示作品は天井、壁面、床一面に増殖していた。いつも通り、ややエキセントリックな周囲の人物たちのパフォーマンスを記録した写真が多いのだが、連続的に撮影した写真をそのまま並べていくことで、インスタレーションにアクセントがついている。ただ、事前の予想を超えた破天荒な展示だったかといえば、そうでもない。専門学校に付設したギャラリーという制約もあったのかもしれないが、もっと展示という概念自体をひっくり返すような過激さ、過剰さが欲しかった。コンセプトそのものはとても面白いので、場所を変えて何度かトライできるといいと思う。
会場の床に紙が置かれ、その上に写真の束がまとめてあった。そこに記されていた言葉が興味深い。「存在」、「始まり・起源・入り口」、「さそい・いざない」、「うたがい」、「実験」、「コトバ・夢・ねむり」、「発見」、「植物・共存」、「感動・リアル・生・出口」、「感触・予感」。彼女なりに、自分の作品をいくつかのカテゴリーに分類しようという試みなのだが、これらの言葉に沿って写真を再組織していけば、新たな方向性が見えてくるはずだ。まだやりかけの作業のようだが、ぜひ最後まで続けていってほしい。

2017/01/11(水)(飯沢耕太郎)

ドント・ブリーズ

サム・ライミ製作の映画『ドント・ブリーズ』。荒廃したデトロイトを背景に、とにかく無駄がないのがよい。映画として映える3人の悪者と盲目の物語は、『暗くなるまで待って』でも有名な設定だが、部屋にいるのが美人女優ではなく、戦争帰りのイカれた猛者老人ゆえに、家に閉じ込められた立場逆転スリラーになる。

2017/01/11(水)(五十嵐太郎)

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