2017年11月15日号
次回12月1日更新予定

artscapeレビュー

2017年07月01日号のレビュー/プレビュー

舟越桂新作版画展 2017

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会期:2017/06/10~2017/07/02

ギャラリー白川[京都府]

舟越桂が彫刻とともに制作し続けているのが銅版画である。彼は1989年にアメリカの版元から依頼を受けたのを機に版画制作を始め、以後3、4年ごとに新作を発表している。本展の会場であるギャラリー白川は、1989年から今日までの舟越版画をフォローしており、ファンのあいだでは定評のある画廊だ。本展ではメゾチントの新作6点と画廊コレクションを合わせた22点が展示された。舟越がメゾチントを手掛けるようになったのは前回の個展(2015)からだ。彼はメゾチントの彫りの感覚が木彫に近いと考えており、今後もこの技法で制作を続ける可能性が高い。それよりも本展で気になったのは、新作のなかにスフィンクスがいなかったことだ。長年にわたり舟越作品の主要なモチーフだったスフィンクスが描かれなかったのは、偶然なのか確信犯なのか。後者だとしたら、今後の彼の展開が楽しみだ。

2017/06/16(金)(小吹隆文)

Houxo Que「SHINE」

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会期:2017/06/10~2017/06/25

ARTZONE[京都府]

Houxo Que(ホウコウ・キュウ)は東京を拠点に活動するアーティスト。グラフィティ・ライター、ライブ・ペインターとして活動を開始し、現代美術へと活動領域を広げてきた。本展は彼にとって関西初の個展である。作品は液晶ディスプレイの画面にペイントを施したシリーズ《16,777,216view》と、蛍光塗料とブラックライトを用いて現地制作した壁画《day and night》である。筆者の関心を捉えたのは前者だ。この作品は絵具自体の色彩はもちろん、液晶ディスプレイが色を変化させながら激しく明滅し、空間自体も照明がともった状態、落ちた状態、ブラックライトをともした状態と変化する。光がテーマなのは明らかだが、その光とは天然の陽光ではなく、街灯、デジタルサイネージ、パソコン、携帯電話など、われわれの日常を取り巻く人工の光なのである。絵画作品には描かれた時代の風景、風俗、価値観、そして光の捉え方が反映されている。ホウコォキュウの作品を見て、21世紀日本のリアルを感じたのは、私だけではあるまい。

2017/06/16(金)(小吹隆文)

クエイ兄弟 ─ファントム・ミュージアム─

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会期:2017/06/06~2017/07/23

渋谷区立松濤美術館[東京都]

米国出身で、現在はロンドンを拠点に幻想的な人形アニメーションを制作しているクエイ兄弟の作品を紹介する回顧展。1947年に米国ペンシルベニア州で生まれた一卵性双生児のスティーブン・クエイとティモシー・クエイの兄弟は、1965年にともにフィラデルフィア芸術大学(PCA)に進学し、イラストレーションを専攻。1969年に英国のロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)に進学したときもイラストレーション専攻であった。PCA在学中よりすでに自主的にアニメーション映画を制作していたクエイ兄弟だが、1979年、RCAで映画を専攻した友人キース・グリフィス(1947-)の勧めで、英国映画協会より資金を得て、本格的に映画制作を始めた。今日まで、彼らはコマ撮りによる人形アニメーションと実写映画、そして両者を融合した作品を創り続けている。彼らに《ヤン・シュヴァンクマイエルの部屋》(1984)というタイトルの作品があるように、東欧アニメーションなどの作品に影響を受けた、シュールで幻想的な作風が特徴だ。松濤美術館での展示は、初期のイラストレーションと、彼らがデコールと呼ぶ人形アニメーションの場面を再構成したボックス、これまでに制作した映像やインスタレーションのパネルによる紹介と、映像ダイジェスト版の上映で構成されている。また、兄弟が影響を受けたというポーランドのポスターも出品されている。展示の見所はやはりデコールの数々だろう。なかでも丸いレンズ越しに見る形式のそれらは、怪しい見世物小屋を覗き見るかのような印象を抱く作品だ。
ところで映像作品なら理解できなくもないのだが、イラストレーションやドローイングを彼らはどのように共同制作しているのだろうか。本展コーディネーターである株式会社イデッフ代表 柴田勢津子氏によれば、彼らはほんとうに二人で描いているとのことだ。なるほど、神奈川県立近代美術館<葉山館>で行なわれた公開制作の記録映像(https://youtu.be/LqNvm743qOI)を見ると、確かに、二人が、なにか打ち合わせるでもなく淡々と絵を仕上げてゆく様子が写っている。柴田氏の話では、映像作品においても兄弟のどちらが何をするという明確な役割分担があるわけではないのだという。さらに、これまで彼らは2週間以上離れていたことがないという話まで聞くと、一卵性双生児であるクエイ兄弟のあいだにはなにか言葉以外の不思議なコミュニケーションの手段が存在するのではないか、そして二人の存在自体が彼らの奇妙な作品の一部なのではないだろうかと思われてくる。
なお、映像作品に関しては、7月8日から28日まで、渋谷・イメージフォーラムで合計30作品が上映される。[新川徳彦]


会場風景

2017/06/16(金)(SYNK)

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色あせない風景 滝平二郎の世界

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会期:2017/04/22~2017/07/02

三鷹市美術ギャラリー[東京都]

筆者が滝平二郎(1921-2009)の仕事を知ったのは『モチモチの木』(斎藤隆介作、滝平二郎絵、1971年)、そして朝日新聞日曜版の連載であった。きりえならではのシャープなライン、人物の特徴的な目(顔の輪郭から目がはみ出しているが、それが睫のようにも見える)、ノスタルジックな主題。子供の頃に見たそれらの作品はいまでも印象に残っている。以来、筆者は滝平をきりえの画家と認識していたのだが、滝平二郎の仕事の軌跡をたどる今回の展覧会で、彼の画業が版画から始まっていたことを初めて知った。展示は戦前期のスケッチや多色刷り版画、戦後の版画作品、そして1960年代後半からはじまるきりえの絵本やイラスト作品で構成されている。滝平のきりえの手法は、版画の主版にあたる部分には黒ないし濃い色の紙(あるいは彩色された紙)を用い、線と線のあいだと背景を色紙もしくは水彩で彩る。伝統的な切り紙/剪紙のように必ずしもすべてがひとつにつながっているのではなく、しばしばバラバラのパーツが台紙に貼り込まれる。この表現手法は、滝平のもともとの仕事、すなわち木版画からのもののようだ。滝平による最初の絵本の仕事は多色木版画による『裸の王さま』(アンデルセン作、私家版、1951年)。『八郎』(斎藤隆介作、福音館書店、1967年)では木版と切り絵が組み合わされている。やがて技法は切り絵に重心が移るのだが、滝平自身の回想によれば「『印刷原稿は一枚あれば事足りるものを、大まじめに木版を一枚一枚彫るのは無駄な労苦ではないか、要求されているのは木版画風の様式だけだ』……このようにして、お粗末にも私の切り絵は実は木版画の代用品、にせ物として誕生したのであった」と(本展図録、91頁)。ちなみに「きりえ」という呼称は朝日新聞への連載にあたって記者が名付けたそうだ(同)。多くの模倣作家を生むことになった滝平二郎独自の技法を代用品と呼ぶことには躊躇するが、確かに同時期の木版画と切り絵作品とはとてもよく似ている。そして、本展で何よりも魅せられたのは今回初めて見た1950年代、60年代の版画作品だったことを考えると、彼の本領は版画にあったに違いない。戦後、中国の新興版画運動に影響を受けたという滝平の版画作品には、きりえに見られる優しい表情の人物とは異なり、強い意志を秘めた眼差しの人々が描かれている。なかでもベトナム戦争を背景として炎に包まれる母子を描いた作品「紅い炎」「青い炎」(1968)には、しばし見入ってしまった。「きりえ」の仕事は画家として大成功だったと思うが、彼が版画に専心していたらと思わずにはいられない。それほどに作品の印象は強烈なものだった。[新川徳彦]

2017/06/17(土)(SYNK)

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2017年度 コレクション展I 時を映す女性像

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会期:2017/04/11~2017/06/18

BBプラザ美術館[兵庫県]

明治期から現代における女性像の表象を、西欧と日本の作家たちの作品から見る展覧会。神戸ゆかりの作家、松本宏(1934-2013)の特集展示を加え、館蔵品およそ70点が展覧された。西洋画が日本に導入されるにあたって要請されてきた基礎的な鍛錬は、裸婦像のデッサンであった。本展では、美術家たちが西洋由来の技法で平面に三次元的な女性像をいかに描こうとしたかという葛藤を、藤島武二や安井曽太郎らの裸婦像から垣間見ることができる。また日本近代の作家たちにとっての学習モデルとなってきた、ルノワール、ロダンによる作品も展示された。また、神戸に縁の深い西村功や横尾忠則、小磯良平、網谷義郎などの作品群も興味深い。なかでもデザインに関わって面白いのは、マリー・ローランサン《牡鹿》に見る衣装デザイン。彼女は、バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)初演『牡鹿』の舞台装置と衣装を担当した。プーランクが作曲したこのバレエ音楽は、そもそもディアギレフに依頼されたもの。バレエ・リュスのコスチュームのなかでローランサンのそれは比較的シンプルであろうが、目に快い優しい雰囲気がある。展示品のなかでこのローランサンの描いた女性像だけが、女性作家による唯一のものというのも目を引く理由かもしれない。[竹内有子]

2017/06/17(土)(SYNK)

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