2017年11月15日号
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artscapeレビュー

2017年07月01日号のレビュー/プレビュー

Toyosaki Lost And Found~豊崎遺失物取扱所~

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会期:2017/05/13~2017/05/28

gallery yolcha[大阪府]

大阪・豊崎地区の無人古民家を解体したら、大量のコラージュ作品が発見された。この作者不明、持主不明の作品が本展の主役である。最初にこの話を聞いたときは、展覧会を演出するフィクションだと思った。会場でギャラリストから事実であると聞き、大いに驚いた次第だ。作品の選定はコラージュ技法を用いる2人の作家、西川亮太と西脇衣織が担当。この謎の作品から着想を得た2人の新作も併せて展示された。謎の作品は大量にあり、保存状態は良好、肝心の表現力もまずまずだった。展示は2室あり、1室では壁面を埋め尽くすように作品が並べられ、もう1室では額装した作品をバランスよく配置していた。そこには少なくとも3人の作品があるはずなのに、筆者には区別がつかない。西川と西脇は敢えて作風を寄せたのだろうか。真意は分からないが、会場の一体感を見る限り、その判断は正解だと思う。昭和時代に制作されたと思しき謎めいたコラージュ作品と、平成の作家そしてギャラリーによる、時空を超えたコラボレーション。規模こそ小さいが、ミステリアスでロマンチックな好企画だった。

2017/05/22(月)(小吹隆文)

リアルのゆくえ─高橋由一、岸田劉生、そして現代につなぐもの

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会期:2017/04/15~2017/06/11

平塚市美術館[神奈川県]

近年、写実的な絵画を歴史化する企画展が相次いでいる。「牧島如鳩展──神と仏の場所」(三鷹市美術ギャラリー、2009)をはじめ、「牧野邦夫──写実の精髄」(練馬区立美術館、2013)、「五姓田義松──最後の天才」(神奈川県立歴史博物館、2015)、「原田直次郎展──西洋画は益々奨励すべし」(埼玉県立近代美術館ほか、2016)など。必ずしも正当に評価されてきたとは言い難い、このような画家たちを再評価する気運が高まっているのは、現代絵画において写実表現が復権しつつある現状と決して無縁ではあるまい。
本展は、日本絵画史における写実表現の系譜を検証した展覧会。ここで言う「写実表現」とは、狭義のリアリズムを越えて、再現性にすぐれた迫真的で写実的な絵画表現全般を指す。本展は、その端緒を高橋由一に求め、五姓田義松、五姓田芳柳、原田直次郎、岸田劉生、河野通勢、伊丹万作、高島野十郎、牧島如鳩ら近代絵画の画家から、牧野邦夫、磯江毅、木下晋、吉村芳生といった現代絵画の画家まで、52人の画家による作品を一挙に展示したもの。とりわけ現代絵画について言えば、何人かの重要な画家が欠落している感は否めないが、その難点を差し引いたとしても写実表現の系譜を視覚化した画期的な展観であることは間違いない。
陰影法による立体表現と遠近法による空間表現──。西洋の石版画に触発された高橋由一は、西洋絵画の核心を以上の2点に求め、それらを油彩画によって貪欲に学び取ろうとした。だが、それは単に目に見えるがままを文字どおり写し取ろうとしたわけではなかった。本展で強調されていたのは、高橋由一にせよ岸田劉生にせよ、いずれも写実表現の先を見通していたという点である。前者は「精神」、後者は「神秘」という言葉で、鑑賞者の視線を描写された写実世界の向こう側に誘導することを、それぞれ欲していた。磯江毅の言葉を借りて言い換えれば、「写実を極めることは、写実でなくなってしまう」のである。本展の醍醐味は、現代絵画に連なる写実表現の歴史的系譜を明らかにした点だけにではなく、その端緒からすでに、そして現在にいたるまで、写実表現は写実を超えた領域にその本質を見出していたという事実を解明した点にある。
これまで現代絵画は写実表現を不当に貶めてきた。なぜなら、おおむね1970年代以後、現代絵画の中心はモダニズム絵画論に牛耳られたが、それは三次元的な遠近法や文学的な物語性を絵画の本質とは無関係な要素として切り捨てる一方、絵画の本質を平面性に求め、それへの純粋還元を金科玉条としたからだ。むろん、その背景にはイメージの正確無比な再現性という専売特許を写真に奪われた絵画が、それに代わる存在理由を探究した結果、平面性を発見したという経緯がある。けれども重要なのは、モダニズム絵画論ですら、絵画の本質を絵肌そのものではなく、その下に隠されている平面性に求めたという事実である。
つまり、現代絵画におけるモダニズム絵画論と写実表現は、それぞれ相互排他的な関係にあるが、じつはその本質を絵画のメタ・レヴェルに見出すという点では共通しているのだ。前者は目に見えるがままを描写することを拒否しながら、後者はそれを受け入れながら、しかし、双方はともに否定と肯定の身ぶりのうちに絵画の本質を置かなかったのである。むろん、この点は本展の展示構成に含まれていたわけではない。しかしモダニズム絵画論の神通力が失効した反面、かつてないほど写実表現が隆盛している現在、改めて確認されるべき基本的な論点であるように思う。写実表現の可能性が表面的なリアリズムの追究に回収されてしまっては、本末転倒というほかないからだ(なお付言しておけば、モダニズム絵画論というきわめてローカルな価値基準を普遍性の名のもとに正当化しながら現代絵画の歴史化を遂行してきた公立美術館は、今後その歴史にどのようにして現代の写実表現を接続し、歴史の全体性と整合性をどのように担保するのか、注目に値する。それが実質的に死んでいることは誰の目にも明らかな事実だとしても、美術大学などの中枢で今もしぶとく残存していることを考えると、文字どおり息の根が絶える前に、モダニズム絵画論を称揚してきた当事者自身による総括が必要なのではないか)。
しかし、この写実表現の基本的な前提を確認したうえで、なお私たちの眼を鮮やかに奪うのは、吉村芳生である。なぜなら、写真のイメージをまるで版画のように正確無比に写し取る吉村の絵画には、由一にとっての「精神」や劉生にとっての「神秘」のような、絵画のメタ・レヴェルを一切見出すことができないからだ。「私の作品は誰にでも出来る単純作業である。私は小手先で描く。上っ面だけを写す。自分の手を、目をただ機械のように動かす」という言葉を残しているように、吉村はいかなる精神性も内面性も超越性も絵画に期待することなく、ただひたすら転写を繰り返すだけの機械を自認している。「小手先」や「上っ面」という侮蔑の言葉をあえて引用しているところに、コンセプトを重視する反面、技術を軽視する現代美術にあえて反逆する反骨精神を見出すことができないわけではない。だが、それ以上に伝わってくるのは、絵を描く主体と描かれる客体とを峻別することすらないまま、ただただ絵を描き続ける機械と化した吉村の、大いなる虚無的な身ぶりである。それは、もしかしたら「絵画」も、あるいは「人間」すらも超越した、言葉のほんとうの意味での「タブロオ・マシン」(中村宏)だったのではないか。私たちが吉村芳生の絵画に刮目するのは、いかなる精神性も超越性も欠いた虚無的な身ぶりが、その絵画をそれらに由来した従来の「絵画」を凌駕させるばかりか、吉村自身を人間ならざる領域に超越させるという壮大な逆説を目の当たりにするからにほかならない。

2017/05/27(土)(福住廉)

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神戸市立外国人墓地/再度公園

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再度公園[兵庫県]

本年1月に神戸市は開港150年を迎えた。神戸の「港と文化」をクローズアップするさまざまな記念事業が催されている。神戸の近代化を支えた外国人たちの眠る広大な神戸市外国人墓地が一般公開されている(申込み、抽選制)。以前から一般開放されている横浜や大阪と異なって、神戸の場合は開港時の約束に従うかたちで、11年前まで遺族以外には門を閉ざしていた。もうひとつ、神戸の外国人墓地が異色なのは、2007年に墓地を含めて国の名勝に指定された「再度公園」にあること。眺望に恵まれた再度山の中腹にある修法ケ原は、緑豊かな開放感のある立地。周回道路や石段で分けられた宗教/宗派別の区画に、現在60ヵ国、およそ2700名の人々が埋葬されている。お墓の形状もそれぞれ個性的で、塔のように高く巨大なものからケルトの文様を思わせるもの、シンプルな矩形のものまで多様性に富む。神戸港の初代港長マーシャル、炭酸水で知られるウィルキンソン、造船業に貢献した実業家ハンターら、近代産業の発展に尽くした人々の墓石が並んでいる。ここに眠ることになった外国人の人生にも似て、この墓地自体の歴史もかなりの変遷がある。1868年1月1日の兵庫開港(慶応3年12月7日)に先立って、江戸幕府は居留地外国人のために、小野浜に墓地を用意した。だが同地は海に近かったため、明治期には山手の春日野墓地を設置するが、昭和初期にはここも飽和状態になる。戦後になってようやく、修法ケ原に両墓地の新設移転が完了した。今後、神戸市は外国人墓地を歴史遺産として広く知ってもらうために、土地整備や見学会を拡大するそうだ。開港以来、ハイカラ、モダンと形容されてきた神戸の発展と、阪神淡路大震災を経た復興、そして港湾都市の未来に思いを馳せた。[竹内有子]

2017/05/28(日)(SYNK)

オリエント工業40周年記念展 今と昔の愛人形

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会期:2017/05/20~2017/06/11

ATSUKOBAROUH[東京都]

ラブドールの第一人者である「オリエント工業」の40周年記念展。1977年の創業以来、同社は幾度も技術的刷新を遂げた結果、ラブドールの造形的な完成度を飛躍的に高めてきた。本展は、歴代のラブドールを展示物と写真パネルによって紹介するとともに、その製作工程も写真によって公開したもの。一部のラブドールは実際に手に触れることができる、きわめて貴重な機会である。
男性の性欲処理のためのダッチワイフから精神的な関わりをもつことのできるラブドールへ。本展に展示された歴代のドールたちを通覧すると、その造形的な発展はもちろん、その意味の変容過程がよくわかる。むろんダッチワイフにしても人形と人間の距離感は近接していたが、ラブドールにおいては、その距離感がよりいっそう密着していることが理解できるのだ。
そのもっとも明示的な例証は、ラブドールの眼である。ダッチワイフの眼はただ虚空を見つめるように虚無的だが、ラブドールのそれは、飛躍的に向上したメイキャップの技術も手伝って、ある種の生命力を感じさせてやまない。ちょうど能面がそれを見る者の視点や光量によって表情を一変させるように、ラブドールの眼もまた、さまざまな感情を体現しているように見えるのだ。例えば彼女たちの視界に入り、視線の延長線上で前後に移動すれば、文字どおり眼と眼が合う適切な位置をとらえることができる。ペットショップで売られている小動物と眼が合った瞬間、ある種の運命的な出会いを(一方的に)直観してしまう人が多いように、ラブドールの眼がそのような決定的な出会いを誘発していてもなんら不思議ではない。ラブドールとは、人間の身体に密着するだけではなく、その心にも深く浸透する人形なのだ。
しかし、こうした造形が人間の心を奪うことは事実だとしても、そのあまりにも一方的なコミュニケーションのありようは、ある種の人間をラブドールから遠ざけてしまうことは想像に難くない。というのも、人間からラブドールへ働きかけることはいくらでも可能だが、ラブドールが人間に応答することは原理的にはありえないからだ。その自閉的なコミュニケーションの様態は、相互行為を前提とする人間と人間のコミュニケーションからはあまりにもかけ離れているがゆえに、忌避と批判の対象となるというわけだ。ところが、前述したペットは、まさしくそのような一方的なコミュニケーションの対象であるし、より正確に言い換えれば、一方的でありながら、あたかも双方向的であるかのように偽装する点にこそ、人間と愛玩動物との歪な関係性の秘密が隠されているのであろう。
ラブドールがまことに画期的なのは、その造形的な完成度が人間に近接している点にあるわけではなく、むしろそうであるがゆえに、人間と人間とのあいだのコミュニケーションが本来的には双方向的ではありえないという事実を逆照する点にあるのではないか。感動であれ、痛みであれ、快感であれ、あなたの感覚をわたしは共有することができない。可能なのは、想像力によって共有の感覚を分かち合うことだけだ。その分有の形式を、私たちは双方向のコミュニケーションやら相互理解やら麗しい言葉で指し示しているが、その実態はラブドールと同様、人為的につくられたフィクションにすぎない。ラブドールは、その人工的な虚構性を徹底的に突き詰めることによって、逆説的に、私たち人間が信奉してやまないコミュニケーションという神話の虚構性を浮き彫りにしながら、それらを無慈悲に剥ぎ取るのだ。
その意味で言えば、現在進行しているのは、ラブドールの人間化というより、むしろ人間のラブドール化なのかもしれない。今後、AIがラブドールに導入されることで、よりラブドールの人間化が押し進められることが容易に想像されるが、かりにそのような事態が現実に到来したとしても、ラブドールが限りなく人間に接近すればするほど、あるいは彼女たちと私たちとのあいだに言語的コミュニケーションが成立すればするほど、私たち自身のラブドール性が露わになるに違いない。

2017/05/29(月)(福住廉)

糸川燿史写真展「大阪芸人ストリート」~1994年から1999年『マンスリーよしもと』の扉を飾った芸人たち~

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会期:2017/06/01~2017/06/18

10Wギャラリー[大阪府]

大阪を拠点とするベテラン写真家で、1970年代初頭の関西フォークのミュージシャンを捉えた写真集『グッバイ・ザ・ディランⅡ』や、村上春樹の1作目の長編小説を映画化した「風の歌を聴け」のスチールで構成される『ジェイズ・バーのメモワール』などで知られる糸川燿史。本展では彼が1994年から1999年に『マンスリーよしもと』の表紙のために撮影した写真のなかから、精選した約130点が展示された。写っているのは、池乃めだか、末成由美、間寛平、チャンバラトリオ、坂田利夫、チャーリー浜などのお笑い芸人たち。約20年前の写真なので、当然ながら皆若い! なかにはすでに解散した漫才コンビや、最近はテレビで見なくなった芸人の姿もあり、時の流れが感じられた。お笑い芸人のポートレートはふざけた表情やポーズを連想しがちだが、糸川はそれを良しとしなかった。彼らを大阪各地に連れ出し、同時代の風景とともに撮影したのだ。それにより作品は、単なるポートレートを超えた時代のドキュメントとして成立している。ベタに陥りがちな素材を上手に料理した写真家の勝利である。

2017/06/01(木)(小吹隆文)

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