artscapeレビュー

2017年12月15日号のレビュー/プレビュー

新井卓/原美樹子「DAY TO DAY 日々の記録から学ぶ写真」

会期:2017/11/05~2017/11/18

東京綜合写真専門学校[神奈川県]

神奈川県横浜市港北区(日吉)の東京綜合写真専門学校は、来年度で創立60周年を迎える。写真評論家の重森弘淹が設立した同校の卒業生たちは、さまざまなジャンルで写真家として活動してきた。今回、「創立60周年プレ記念学生企画イベント」として開催された「DAY TO DAY 日々の記録から学ぶ写真」展に出品した原美樹子は1994年に、新井卓は2004年に同校写真芸術第二学科(夜間部)を卒業している。新井は2016年に第41回木村伊兵衛写真賞を、原は2017年に第42回木村伊兵衛写真賞を相次いで受賞した。今回の展覧会には、その彼らの代表作が並んでいた。
原の「Change」は6×6判のカメラを使ったカラー写真のスナップショット、新井の「毎日のダゲレオタイプ」と「明日の歴史」は古典技法のダゲレオタイプを使った作品と、その作風は正反対といえるくらいに隔たっている。だが、その見た目の違いを超えて、「日々の記録」を中心に据えた制作の姿勢は、意外なほどに似通っているという印象を受けた。それはもしかすると、東京綜合写真専門学校における写真教育のあり方に起因しているのかもしれない。まさに日々撮り続け、考え続けることで、写真を撮ることの意味を突き詰め、自分と現実世界との関係を再構築していくような姿勢が、同校の授業では積極的に求められてきたからだ。11月5日には学園祭にあわせて、新井と原をゲストにトークショー(司会=調文明)も開催された。現役の学生たちにとっても、いい刺激になったのではないだろうか。

2017/11/06(月)(飯沢耕太郎)

原啓義「ちかくてとおいけもの」

会期:2017/11/01~2017/11/07

銀座ニコンサロン[東京都]

ネズミは太古の昔から人間の身近にいるのだが、よく見慣れているにもかかわらず、これほど嫌われている動物もほかにいないだろう。むろん、病原菌を媒介するという衛生上の問題はあるが、その嫌悪感の極端さは、それこそ集合記憶の産物としか思えないところがある。ネズミをテーマにした写真展や写真集というのも、あまり聞いたことがない。1970年生まれの原啓義は、主に猫の写真で個展を開催してきたのだが、2年くらい前からネズミを本格的に撮影するようになった。最初の頃は、ネズミを見つけることさえ難しかったが、そのうち勘所をつかんで、「向こうから寄ってくる」と思えるようになったのだという。本展にはそうやって撮影された銀座、渋谷、築地などの「都会のネズミ」の写真、50点近くが展示されていた。
展覧会を見ると、ネズミたちが意外なほどに魅力的で、愛らしいことに驚かされる。同時にこのような精度の高いスナップ的な動物写真は、アナログ時代にはほぼ不可能であったことに思い至る。高画素、高性能のデジタルカメラは、暗がりに潜むネズミたちを、恐るべきシャープなピントで瞬間的に捉えることができるからだ。とすれば、次に求められるのは、単純に生き物たちの姿がうまく写っているだけでなく、彼らの存在と人間社会との関係のあり方を、より深く、細やかに考察していくような「哲学的」な視点なのではないだろうか。むろん原の今回の展示にも、その萌芽のようなものは見出すことができた。ネズミたちは「人のそばに居ながら人と馴れることのない、まつろわぬけもの」である。この見方をさらに推し進めていくと、今回の展示ではあえて避けたというややネガティブな要素も含んだ、よりスケールの大きな「ネズミ写真」が形をとってきそうな気がする。

2017/11/06(月)(飯沢耕太郎)

高松コンテンポラリーアート・アニュアルvol.06/物語る物質

会期:2017/10/22~2017/11/26

高松市美術館[香川県]

高松へは何度か来たことはあるけど、いつも直島や瀬戸内国際芸術祭への通過点で、市美術館に入るのは初めて。で、でかい! 香川県は日本一小さい県だから美術館も小ぶりと勝手に思い込んでいたが、高松市は人口40万人を超える中核都市。しかもその中心街の一画にどっかり居座っている。お見それしました。同館が設立されたのは戦後間もない1949年。地方で最初期の公立美術館としての矜持があるのだろう。質の高い企画展をやっているのは知っていたが、建物がこんなに立派とは。昨春リニューアルオープンしたところだという。
さて、今年で7回目となるアニュアル展。なのに「vol.06」となってるのは、初回が「vol.00」だったから。今回は「物語る物質」をテーマに6人のアーティストが出品。紙や動物の頭蓋骨にシルクスクリーンで何十回も刷り、インクを盛り上げていく小野耕石、訪れた場所の土を使って風景画を描く南条嘉毅は知ってるが、あとは未知のアーティスト。須賀悠介は、弓矢を丸く曲げてウロボロスのヘビみたいに自分の尻に刺したり、木の板壁に大きな圧力を加えたかのように円形の凹みをつくったりしている。どこか既視感のあるシュールなイメージを、あえて立体化しているところがいい。ま、とにかく未知の作品に触れられただけで行った甲斐があった。

2017/11/07(火)(村田真)

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猪熊弦一郎展 戦時下の画業

会期:2017/09/16~2017/11/30

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館[香川県]

今回の香川県一人旅のメインはこれ。猪熊は1938年にフランスに遊学し、マティスに師事したり藤田嗣治と親交を結んだりしたが、40年に戦火を逃れて帰国。戦前からマティスやピカソばりの絵を描いていたのに、日本が開戦すると作戦記録画を描くよう期待され、中国、フィリピン、ビルマ(ミャンマー)などに派遣される。猪熊は記録画を少なくとも3点描いたが、現存するのは東近美の《○○方面鉄道建設》1点だけで、あと2点は行方不明。ひょっとしたらもっと描いていたかもしれないが、ほかの画家もそうしたように、敗戦時に自らの手で焼却してしまった可能性もある。だいたい3度も外地に派遣されながら3点しか制作しなかったというのは少なすぎる。解説によると、瀧口修造と福沢一郎が検挙されたあと、次は猪熊と佐藤敬が危ないといわれ、逆らえなかったらしい。
展示はフランスでの藤田との交流を示す作品や資料、日中戦争中の中国の子どもを描いた大作《長江埠の子供達》、外地でのおびただしいスケッチ、軍からの出品依頼書、佐藤敬の《クラークフィールド攻撃》、小磯良平の《日緬条約調印図》といった戦争画、そしてただ1点残された猪熊の記録画《○○方面鉄道建設》など、戦前から戦後までの足跡をたどっている。この幅4.5メートルある《○○方面鉄道建設》は、捕虜を死ぬほどこき使った過酷な労働で悪名高い泰緬鉄道の工事の様子を描いた横長の超大作。「○○方面」と地名が伏されているのは、おそらく秘密裏に工事が進められていたからだろう。マティスに学んだとは思えないリアリティに富んだ(つまり色もかたちも面白味のない)記録画。猪熊は生前、戦争画について語ることはほとんどなかったというが、例えば《長江埠の子供達》に比べれば気乗りがしなかったことはよくわかる。それでも描こうと思えば描けちゃうところがプロの哀しさというか。

2017/11/07(火)(村田真)

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金刀比羅宮高橋由一館

金刀比羅宮高橋由一館[香川県]

香川県一人旅。まずは高松空港から琴平へ。金刀比羅宮を初めて訪れた2000年、高橋由一の作品はまだ独立した館ではなく、風通しのいい学芸館てとこに人魚のミイラとか妖しげなものたちと一緒に展示されていた。閑散とした見世物小屋といった趣で、それはそれでなかなか風情があったが、このままだと作品が劣化しちゃうんじゃないかと不安も感じたものだ。と思っていたら、宮司の旧友でもあるアーティストの田窪恭治が文化顧問に就き、2004年の大遷座祭に向けて「琴平山再生計画」に着手。同じころ、由一に画塾設立の資金を融資した(その見返りに由一が作品を奉納したため、ここにたくさんある)当時の宮司を描いた肖像画《琴陵宥常像》も見つかり、これを含む計27点を常設展示する高橋由一館が建てられた次第。由一の絵ばかりが整然と並ぶさまはなかなか壮観だが、余計なもの(人魚のミイラみたいな)がなくて寂しい気もする。由一作品はけっこう日常的というか猥雑な環境が似合うのかもしれない。
所蔵作品の内訳は、風景画が最も多く15点、次いで静物画が《豆腐》など10点、肖像画は先の《琴陵宥常像》1点、風俗画は《左官》1点。風景画で特徴的なのは極端に横長の作品が多いこと。この地を訪れた際に描いた《琴平山遠望図》をはじめ、《愛宕望獄》《牧ヶ原望獄》《月下隅田川》《江之島図》《本牧海岸》《二見ヶ浦》《州崎》などがそう。特に《琴平》《愛宕》《牧ヶ原》の3点は左右端をぼかして描くことで、見る者の注意を画面中央に向けさせるテクニックを用いている。また、袋戸の小襖として描かれた《月下隅田川》は、薄明の隅田川の夜景を表現したもので、同時代のホイッスラーを思わせるモダンな作品。風景画ではこれがいちばん横長だが、静物画ではやはり小襖仕立ての《貝図》がさらに横長で、縦対横の割合が1対10以上。当時の日本家屋には絵を掛ける壁がなかったので、戸袋の襖に描いたのだろう。由一作品が美術館より世俗的な空間に合うのはそのためかもしれない。

2017/11/07(火)(村田真)

2017年12月15日号の
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