2018年05月15日号
次回6月1日更新予定

artscapeレビュー

2018年05月15日号のレビュー/プレビュー

須田一政『日常の断片』

発行所:青幻舎

発行日:2018/04/13

「日常の断片」は須田一政が1983年から84年にかけて『日本カメラ』に5回にわたって不定期連載したシリーズである。それまで、35ミリフィルムによるカラー作品は発表したことがあったが、中判カメラを使って本格的にカラー写真に取り組んだのはこのシリーズが初めてだった。須田といえば、1976年に日本写真協会新人賞を受賞した代表作の「風姿花伝」のように、ぬめりを帯びたモノクローム作品を思い浮かべることが多いので、当時かなりの衝撃を受けたことを思い出す。

あらためて写真集として刊行された「日常の断片」を見ると、街中の“色”に反応する彼のアンテナが、モノクロームとはやや異なった指向性を持っているのではないかと感じる。被写体そのものはモノクロームとほとんど変わりないのだが、「日常」という得体の知れない怪物の生々しい存在感が、よりヴィヴィッドに、あたかも色つきの悪夢のように見る者に迫ってくるのだ。そこに写っているヒトやモノや出来事は、普段のタナトス的なあり方ではなく、むしろエロスを強烈に発散しているように思える。それを象徴するのが、彼が執拗にカメラを向けている赤い色の被写体ではないだろうか。

今回の写真集には、「日常の断片」だけでなく、1993~95年に制作・発表されたポラロイド作品(カラー)もおさめられている。「光の挑発」、「Elegy」、「NORMAL LIFE」、「SPOT」の4作品だが、そのうち「SPOT」だけが、ほかの作品とは「少々趣を異にしている」のだという。須田は、1980年代の半ばに「三面記事にひっそりと載せられるような事件」に興味を抱き、それらの記事をスクラップしていた。「SPOT」は、その「事件現場」に出かけて、「ポラロイドのピンホール」で撮影した写真群だ。それらを見ていると、次第に背筋が寒くなってくる。「事件現場」に残滓のように漂う禍々しい気配が、ぼんやりとした画像からじわじわと滲み出てくるように感じるのだ。

2018/04/29(日)(飯沢耕太郎)

『ジェイン・ジェイコブズ─ニューヨーク都市計画革命─』

ジェイン・ジェイコブスのドキュメント映画である。彼女はモダニズムの都市計画を批判し、市民運動を牽引した著述家である。強引な手法で再開発を遂行したロバート・モーゼスと彼女を対照的に描く構図は、アンソニー・フリント『ジェイコブズ対モーゼス──ニューヨーク都市計画をめぐる闘い』(鹿島出版会、2011)とほぼ重なるが、やはり映像ならではのインパクトが楽しめる。例えば、チャールズ・ジェンクスの著作『ポスト・モダニズムの建築言語』の冒頭で、モダニズムの死として象徴的にとりあげられた《プルーイット・アイゴー団地》の爆破、そして同様に失敗したほかの団地がダイナマイトで構造上の重要な箇所が破壊された後、自重で崩れていくシーンが続く。またジェイコブズやモーゼスが実際にしゃべる様子も初めて目撃した。前者はわかりやすく聴衆に語りかけ、後者はふんぞりかえって偉そうにしており、悪役のイメージが増幅される。

この映画のプロデューサー、ロバート・ハモンドは、ニューヨークのハイラインのNPOを設立し、その取り組みによってジェイン・ジェイコブズ・メダルを贈られた人物である。廃止された高架の線路をパブリックスペースに転用し、マンハッタンを南北に縦断する楽しい歩行の体験をもたらしたプロジェクトだ。なるほど、彼女の思想を受け継ぎ、歩行者のためのストリートを現代的な手法で実現したものである。映画では、マンハッタンを南北に切り裂くローワー・マンハッタン高速道路の計画阻止のエピソードがクライマックスとなるが、ジェイコブズは公聴会で逮捕されたものの、その事件によってかえって英雄となり、中止に持ち込み、モーゼスの終わりの始まりとなった。このとき高速道路の両側に凄まじい断面パースによって巨大建築が連続するドローイングも制作されていたが、ル・コルビュジエのパリ中心部の都市計画と同様、実現されなくて良かった暴力的な建築である。

ともあれ、この映画は当時の貴重な映像とともに、20世紀における都市論の転回点を改めて学ぶのに絶好の作品と言える。なお、原題は「CITIZEN JANE」であり、孤独な大富豪の生涯を描いた名作「市民ケーン」をもじったものだろう。

2018/04/30(月)(五十嵐太郎)

梁丞佑「人」

会期:2018/04/16~2018/06/10

写大ギャラリー[東京都]

昨年「新宿迷子」で第36回土門拳賞を受賞した梁丞佑(ヤン・スンウー)は、1996年に韓国から来日し、2000~06年に東京工芸大学芸術学部写真学科、および同大学大学院で学んだ。今回、母校の写大ギャラリーで開催された個展には、在学中に同大学の在校生、卒業生(卒業後12年以内)を対象とするフォックス・タルボット賞を受賞した「無国籍地帯」(1998~2000)と、その後撮り続けてきた「人」(2002~2017)のシリーズから、計69点が出品されていた。

新宿・歌舞伎町界隈にカメラを向けた「無国籍地帯」、横浜のドヤ街、寿町の住人たちを粘り強く撮影した「人」の両方とも、いまや古風とすら言える直球勝負の路上スナップ写真である。モノクロームへのこだわりも徹底している。だが、けっして古臭い感じがしないのは、梁の眼差しが人や街の生命力の根源に真っ直ぐに向けられ、その本質をしっかりと掴み取っているからだろう。傷、空洞、ささくれが目につく光景を写し取っていくアプローチにまったく迷いがないことが、写真から気持ちよく伝わってくる。

香港出身のERICもそうなのだが、アジア出身で、日本で活動する写真家たちのほうが、日本社会の光と闇を丸ごと鷲づかみにするような作風を身につけているのは驚くべきことだ。だが逆に日本の写真家たちのなかにも、これくらいの厚みと強度のある路上スナップの撮り手があらわれてきてほしいものだ。

2018/04/30(月)(飯沢耕太郎)

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小林マコト「東京鋭角地」

会期:2018/04/25~2018/05/01

銀座ニコンサロン[東京都]

面白い目のつけどころの作品だった。1953年、長野県松本市生まれで、東京在住の小林マコトが撮影し続けているのは、「鋭角地」に建つビルである。「鋭角地」という言葉が小林の造語かどうかは知らないが、じつに的を射たネーミングだと思う。日本の都市の土地事情によって、二股に分かれた道と道の間の細長い空間に建てられた横幅のない建築物は、どこにでも目にすることができる。だが、小林に言わせれば、「東京の場合は地価が高いためか、その角のギリギリまで使って建物を造るケースが他の地域より多い」のだという。展覧会場には、それらを撮影した写真、62点が並んでいた。

小林の撮影・プリントのスタイルは、実直で衒いがないもので、デジタル一眼レフカメラに21ミリのレンズを装着し、あくまでもシャープなピントで、きっちりと建物の細部まで撮影し、真四角にトリミングして展示している。壁ごとにレイアウトを変え、大小の写真を飽きずに見させる工夫も破綻がない。また、会場には全部で600カ所以上におよぶという撮影場所を、赤丸で表示した地図も掲げられていて、それを見ると「鋭角地の建物」が山手通り、環状7号線、中央線沿線などに集中しているのがわかる。つまり、それらの建物の分布が、そのまま東京という空間の特質、構造を指し示しているということだ。

今回の展示はとてもうまくいっていたと思うが、撮り方や被写体の幅が、やや狭すぎるようにも思う。より広がりのある「写真による都市論」に発展していきそうなテーマなので、もっと多様な視点、方法論で撮影していく必要があるのではないだろうか。なお展覧会にあわせてPlace Mから同名の写真集が刊行された。本展は会期終了後、大阪ニコンサロン(5月31日~6月6日)に巡回する。

2018/04/30(月)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス│2018年5月

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

ローカルメディアの仕事術:人と地域をつなぐ8つのメソッド

編著者:影山裕樹
著者:幅允孝、山崎亮、多田智美、原田祐馬、原田一博、成田希、小松理虔
発行:学芸出版社
発行日:2018年4月27日
定価:2,000円(税抜)
サイズ:四六判、ソフトカバー、252ページ
装丁:UMA/design farm

地域に根付き、多様な人をつなぎながら、継続するための考え方とノウハウ。全体像からディテールまで1プロデュース2編集3チームづくり4デザイン5ウェブサイト運営6取材&インタビュー7文章の書き方8写真の撮り方を、エキスパート達が実例で解説する。初めてつくる人にも経験者にも、必ず気づきのある現場からの学び

アッセンブリッジ・ナゴヤ2017|ドキュメント

編集・発行:アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会
発行日:2018年3月
定価:非売品(ウェブサイトより閲覧可能)
サイズ:A5判、ソフトカバー、96ページ
デザイン:中西要介、溝田尚子

たくさんの写真のほか、音楽企画については出演者と音楽プログラムディレクター・岩田彩子との対談を、アート企画については4つのレビューとディレクターエッセイも掲載。さまざまな視点からフェスティバルを振り返っています。
ドキュメントはウェブサイトの「アーカイブ」からご覧ください。

関連記事

2017年12月15日号キュレーターズノート「アッセンブリッジ・ナゴヤ 2017」(吉田有里)

KYOTOGRAPHIE 2018 Catalogue

発行:一般社団法人KYOTOGRAPHIE
発行日:2018年4月14日
定価:2,000円(税抜)
サイズ:A4判変形、ソフトカバー、184ページ
アートディレクション&デザイン:塩谷啓悟

京都で毎年春に開催され、今年で6年目を迎えた日本でも数少ない国際的な写真祭「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」2018年度のカタログ。展示作家・作品を網羅的に紹介するだけでなく、京都の各所に点在する展示会場が持つ背景や、会場構成を務めたデザイナーのコメントなど、テキストも充実。

「トラベラー:まだ見ぬ地を踏むために」図録

発行:国立国際美術館
発行日:2018年1月21日
定価:2,500円(税抜)
サイズ:B5判変型、ソフトカバー、224+64ページ(2冊組)
デザイン:木村稔将

1977年に開館した国立国際美術館は40周年を迎えますが、これを記念する特別展を開催します。40組以上の国内外のアーティストにより、時間、歴史、記憶の中に集積されてきたものを多角的に切り取ることで私たちの社会の姿を浮かび上がらせるとともに、今後の美術館の可能性を探ります(※展覧会は終了済み)。


MATAZO meets creators

発行日:2018年4月11日
サイズ:A4判、ソフトカバー、72ページ
デザイン:中田卓志、鈴木カヨ(LUDWIGROOVER)

4月11日〜5月5日にEBiS303 イベントホール(東京・恵比寿)で開催されている「Re 又造 MATAZO KAYAMA」展(※展覧会は終了済み)において、デザイナー・写真家・詩人の3名のクリエイターによる、又造オマージュ作品の制作を「美術手帖」が企画。展覧会会場、公式ブック、特番「加山又造を巡る旅」(テレビ東京)にて連動した展開を行いました。今回、作品を制作したのは、デザイナー・井上嗣也、写真家・金川晋吾、詩人・水沢なおの3名。過去に会田誠や村上隆など多くの現代美術家に影響を与えてきた日本画家・加山又造を、別のジャンルのクリエイターがフォーカスすることで、どのように作品世界が広がるのか。展覧会会場と、公式ブック内で発表しました。


バベる!─自力でビルを建てる男

著者:岡啓輔
発行:筑摩書房
発行日:2018年4月18日
定価:2,200円(税抜)
サイズ:四六判、ソフトカバー、288ページ
ブックデザイン:佐藤亜沙美(サトウサンカイ)

2005年、着工。現在も建設中。200年もつコンクリートで、「蟻鱒鳶ル」をつくる男の意志と記録、そして未来。

関連記事

2017年04月15日号フォーカス「ようこそ、藤森王国へ──「藤森照信展 自然を生かした建築と路上観察」」(岡啓輔/井関悠)

2018/05/15(artscape編集部)

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