2018年12月01日号
次回12月17日更新予定

artscapeレビュー

2018年07月01日号のレビュー/プレビュー

JAGDA新人賞展2018 金井あき・花原正基・福澤卓馬

会期:2018/05/24~2018/06/26

クリエイションギャラリーG8[東京都]

現在、第一線で活躍するグラフィックデザイナーの多くが、過去にJAGDA新人賞を獲っている。1983年に創設されたJAGDA新人賞は、年鑑『Graphic Design in Japan』出品者の中から、毎年、今後の活躍が期待される有望なグラフィックデザイナーに贈られる賞だ。グラフィックデザイナーの登竜門と言われるだけあり、現在、その名があまり知られていなくても、受賞者は10年後、日本を代表するグラフィックデザイナーのひとりとなっている可能性が高い。そういう意味で、注目したい賞のひとつである。

「JAGDA新人賞2018」には、金井あき、花原正基、福澤卓馬の3人が選ばれた。本展はその3人の受賞作と近作の展示である。金井はコクヨのインハウスデザイナーで、同社のライフスタイルショップ「THINK OF THINGS」や、デザイン賞「コクヨデザインアワード」などのアートディレクションを手がけた経歴があり、これらのパッケージやツールなどが中心に展示された。一覧すると文具メーカーらしい賢さや品のよさを備えつつ、キャッチーさも併せ持ったデザインであることが伝わる。一方、資生堂の宣伝部に所属する花原は、企業広告や企画展ポスターなどを中心に展示していた。女性を対象にした美への訴求が前提ではあるが、そこには女性への媚びはあまり感じられず、むしろ端正なクリエイションが際立っていたのが印象的だ。

展示風景 クリエイションギャラリーG8

福澤はデザイン会社のドラフトに所属するアートディレクターで、同社のブランド「D-BROS」の商品開発をはじめ、他企業の広告のアートディレクションを手がけている。その一例としてキリンビバレッジのお茶の体験施設のロゴやツールなどが展示されていた。やはりデザインの正確さとキャッチーさを備えていて、ブレがない。全体を通して、3人とも企業とうまく仕事をしているという印象を抱いた。グラフィックデザイナーの仕事は、当然だが、クライアントがあってこそ成り立つ。よい仕事をするには、自身の能力も然りだが、何より理解あるクライアントに恵まれなければならない。その点で、受賞者たちのクライアントである日本の企業に対しても、世界に誇れるクリエイションの高さを感じる展覧会だった。

展示風景 クリエイションギャラリーG8

公式ページ:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/201805/201805.html

2018/05/31(杉江あこ)

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平田晃久展 Discovering New

会期:2018/05/24~2018/07/15

TOTOギャラリー・間[東京都]

まるで建築家の頭の中を覗いたような展覧会だった。最初のフロアには無数のスチールパイプが縦横無尽に走り、そこに建築模型が絡みつくようにしてたくさん載っていた。それは複雑にこんがらかった思考のようにも見えるし、うごめく何かの細胞のようにも見える。これは建築家の平田晃久が過去10年間に取り組んだ国内外の建築作品と現在進行中のプロジェクトを、コンセプト別に体系化した展示「思考の雲」だった。このフロアだけでは収まりきらないかのように、それは中庭まで増殖し、勢いを放っていた。壁面には平田の建築哲学が記されており、「新しい自然」「新しいかたち」「新しいコミットメント」の三つに章立てされていた。そこで気になったキーワードのひとつが「からまりしろ」である。

平田は以前より「建築とはからまりしろをつくることである」というコンセプトを打ち出してきた。「からまりしろ」とは、無論、平田が考えた造語である。おそらく「絡まり」と「代」を意味するのだろう。「代」とは糊代や縫い代というように、何かの余地を指す。つまり「からまりしろ」とは建築にさまざまなものが絡まることにより、あらたな再発見があることを示している。いったい何が絡まるのか? それは主に人間の生活や社会活動、また動植物であり、広く捉えれば周囲の環境も含まれるのだろう。平田は建築を「広義の生命活動」と捉えている。建築に人々が集まり、それを利用し、また自然風土にさらされるなかで、建築はどんどん風貌を変えていく。まるで一種の生態系のように。そうしたさまざまなものが絡める場を提供するのが、建築の役割ということなのか。

平田の代表作である公共施設「太田市美術館・図書館」や、住宅・ギャラリー「Tree-ness House」はまさに「からまりしろ」によって、人々の生き生きとした活動が実現した建築だ。上階のフロアで流れていた映像を見ても、それはひしひしと伝わる。若くて、柔軟な感性に触れられたよい機会となった。

展示風景 TOTOギャラリー・間 3階 ©Nacása & Partners Inc.

公式ページ:https://jp.toto.com/gallerma/ex180524/index.htm

2018/06/01(杉江あこ)

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takeo paper show 2018「precision」

会期:2018/06/01~2018/06/03

スパイラルホール3階[東京都]

インターネットやデジタルデバイスの急速な発達によって、いま、紙はオールドメディアとなりつつある。しかし電子書籍が普及する一方で、紙の書籍がなくなることがないのは、やはり紙そのものに物質としての魅力があるからに違いない。紙の専門商社、竹尾が主催する竹尾ペーパーショウは、実に4年ぶりの開催で、わずか3日間の会期とはいえ大盛況だった。紙の可能性や未来を信じ、紙を愛してやまない人々の熱気がそこにはあった。

竹尾ペーパーショウは、毎回、さまざまなクリエイターが参加することでも話題を集めている。今回はアートディレクションをグラフィックデザイナーの田中義久が務め、会場構成を建築家の中山英之が務めた。テーマは「precision」で、ファインペーパーが持つ「精度」を意味する。ファインペーパーの開発に携わったクリエイターや製紙メーカーもさまざまだ。例えばテキスタイルデザイナーの安東陽子がデザインした「紙布」は、文字通り、紙と布との中間領域にあたる作品だった。紙を細く割いて撚り合せて糸をつくり、それを織った紙由来の布なのである。さらにそれを一定幅に割いてリボンにし、刺繍を重ねてレースのような状態に仕上げていた。テキスタイルデザイナーらしい独特の発想に驚くと同時に、紙が進出できる新たな領域を見た。

またプロダクトデザインを中心に活躍するDRILL DESIGNは、ハレの場に使える「段ボール」をデザインした。これは段ボールの表裏の紙にファインペーパーを用い、中芯に鮮やかな色紙を用いた作品だ。DRILL DESIGNはこれまでに木材と色紙を交互に積層した新しい合板「Paper-Wood」を用いた家具をデザインするなど、既存の無味簡素な素材に新たな可能性を見出してきた。美しい木口という点で、ハレの「段ボール」と「Paper-Wood」の家具は共通している。またインターネット通販が発展したことで、段ボールの需要がこれまでになく伸びていると聞く。贈答や祝事で品物を贈る際にも、運送会社を使うことが当たり前になったいま、ハレの「段ボール」の需要はきっとあるに違いない。紙がオールドメディアだなんていうのは戯言なのか。探れば、紙が活躍できる分野がまだ残されていることに気づかされた。

展示風景 スパイラルホール階段踊り場[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

安東陽子《紙と布の協働, あいまいな関係》[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

DRILL DESIGN《ハレの段ボール, その成型》[撮影:山中慎太郎(Qsyum!)]

公式ページ:http://www.takeopapershow.com/

2018/06/01(杉江あこ)

M&Oplaysプロデュース『市ヶ尾の坂──伝説の虹の三兄弟』

会期:2018/05/17~2018/06/03

本多劇場[東京都]

竹中直人の会による初演から26年、描かれる物語はすでに失われた風景のなかにある。1992年、田園都市計画で変わりゆく市ヶ尾。和洋折衷の一軒家に住む三兄弟(大森南朋、三浦貴大、森優作)は近所に住む美しい人妻・カオル(麻生久美子)を慕っていて、ことあるごとに家に上げてはよもやま話に花を咲かせている。カオルの夫の朝倉(岩松了)や家政婦の安藤(池津祥子)までもがたびたび訪れるうち、それぞれが抱える事情や欲望が見え隠れし──。

岩松了の作品はしばしば「嘘」のモチーフによって貫かれている。偽りの関係と言ってもよい。あるいは手に入らぬものの代理。三兄弟のカオルへの思慕は恋情と今は亡き母への思いとがない交ぜになったものだ。だからこそ三兄弟の振る舞いは奇妙に子供っぽい。そこにカオルの子への思いが絡み合う。5歳になる義理の息子・ヒロシとうまく関係が結べないカオルもまた欠落を抱えている。

冒頭で語られる柿の実とヘタのエピソードは示唆的だ。ヘタに隠れるくらいに小さかった実は、気がつけばヘタよりも大きくなってしまっている。親子が互いに対等に思いを交わす瞬間は訪れない。三兄弟とカオルとの関係が危うくも魅力的なのは、本当の親子としては得られない対等な愛の交流の瞬間をそこに見てしまうからだ。それは当然、近親相姦的な欲望に近づくことにもなる。

物語の終盤、カオルがついたひとつの嘘が明らかになる。三兄弟は動揺し、誤って彼女にお茶をかけてしまうが、彼女はなお嘘をつき通そうとする。ヒロシと最後によい思い出ができたというその嘘を、あったことにしようとするように。それは三男・学の願いでもあった。

三兄弟の亡き母の浴衣に着替え、2階から降りてくるカオル。彼女の足が見えたかと思うと明かりは消え、舞台は終わる。その瞬間、三兄弟は嘘と知りながら、そこに確かに母の姿を見ただろう。嘘が見せる幻は、しかし現実にはあり得ないからこそハッとするほど美しい。

公式ページ:http://mo-plays.com/ichigao/

2018/06/02(山﨑健太)

ミラクル エッシャー展 奇想版画家の謎を解く8つの鍵

会期:2018/06/06~2018/07/29

上野の森美術館[東京都]

エッシャー生誕120年記念展。出品作品はすべてイスラエル博物館の所蔵品という。それは今回の出品作品がエッシャーのコレクターであるチャールズ・クレイマーが同館に寄贈したものだからで、おそらく彼はユダヤ人だろう。ではエッシャーは? 彼の恩師のド・メスキータはナチスによってアウシュヴィッツに連行され処刑されたが、そのときエッシャーは恩師の自宅に散乱した作品を集めて美術館に預けたとか、戦後エッシャーはアムステルダム国立美術館で開かれた「ナチスに協力しなかった作家の展覧会」に出品したとか、反ナチズムの姿勢はうかがえるが、ユダヤ系かどうかは書かれていない。まあ人種に関することなので詮索するつもりはないけれど、その辺の関係が少し気になった。

出品作品は、初期の聖書主題や広告の仕事を除けば知られているものが多く、いまさらつべこべいうこともないので、ひとつだけ展示に関して疑問を。それは、作品の展示位置が高めなこと。身長165センチのぼくの目線では作品の中心線がちょうど真正面に来るので、高さはだいたい160センチくらい。これは成人男性の平均である身長170センチか、それ以上を想定した高さではないか。3、4メートルもあるような大作ならば見上げる位置に展示してもいいが、比較的小さな画面では高すぎで、これじゃあ女性や子供は見にくいだろう。背の低い息子が見たがっていたので残念だ。

2018/06/05(村田真)

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2018年07月01日号の
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