artscapeレビュー

2009年10月15日号のレビュー/プレビュー

米田知子「Rivers become oceans」

会期:2009/09/05~2009/10/03

ShugoArts[東京都]

米田知子の、バングラディッシュ・ビエンナーレ(2008)出品作からピックアップした新作展。南の国の風景や人物を題材にしているためだろうか。これまでの彼女の作品とはやや肌合いが違う。
1971年の激しい独立戦争の記憶が作品の背景にあり、戦争やサボタージュに参加した市民のポートレート、現在のダッカで撮影されたスナップなどが展示されている。そして、それらを包み込み、押し流していく自然の力の象徴として水や河のイメージが配置される。これまでの作品のように、練り上げられたコンセプトによって、細部まで緊張感を保ってきっちりと構成されている写真はむしろ少なく、ゆるく柔らかな空気感があらわれているものが多い。インクジェットプリントを、壁に直接貼付けた展示については、賛否両論があるだろう。たしかに作品一点一点の強度は落ちるが、全体としては気持ちよく心を満たす眺めになっている。バングラディッシュ・ビエンナーレの展示風景の資料写真を見ると、もっと写真の数が多く、壁全面にちらばっているようなインスタレーションだった。ギャラリーの天井がやや低いので、限定された数しか展示できなかったのが残念だ。昨年の原美術館での回顧的な展覧会を通過して、米田の関心の幅が、地域の枠を超えてさらに広がりつつあることがよくわかった。

2009/09/17(木)(飯沢耕太郎)

宮本隆司「草・虫・海」

会期:2009/09/18~2009/10/17

TARO NASU[東京都]

宮本隆司は、ある日、勤務先の神戸芸術工科大学のキャンバスの地面に、ウグイスとスズメバチの死骸が落ちているのに気づいた。それを拾い上げたとき、ふと印画紙の上に置いて光を当て、フォトグラム作品にすることを思いつく。
夏の間、セミ、蝶、蟻、蚊などの昆虫の死骸を集めては、フォトグラムを作り続けた。縦位置の画面に虫の影が垂直に並べられ、どこかモニュメントを思わせる雰囲気を醸し出している。
「Kobe 2008 bugs 」と名づけられたこのシリーズが、1995年の阪神・淡路大震災の記憶を踏まえた鎮魂のイメージとして作られているのは明らかだろう。それは同時に展示されていたフォトグラム作品「Grass」が、同じ年に起こったもうひとつの大きな出来事、オウム真理教のサティアン跡に生えていた草を印画紙の上に置いて制作されていることからもわかる。歴史を個人的な営みによって照射しようとする視点が、これらの作品にはある。
とはいえ、そのやり方は、決して声高で押し付けがましいものではなく、慎ましやかでさりげなく、しかもチャーミングだ。虫たちが原寸大の大きさに留まっていること(蟻や蚊はほんの小さな点だ)と、フォトグラムの自然のフォルムを忠実に、だが実に細やかに写しとる力が相まって、静かな、説得力のある祈りの形に昇華されている。宮本にとっては、大作の間の息継ぎのような仕事だが、これはこれで魅力的だった。

2009/09/18(金)(飯沢耕太郎)

小林のりお「アウト・オブ・アガルタ」

会期:2009/09/15~2009/09/28

新宿ニコンサロン[東京都]

小林のりおは1990年代の末から、主に自分のウェブ・サイトで作品を発表するようになった。その軽やかに浮遊する写真表現は、多くの写真家たちに刺激を与え続けてきたのだが、彼自身はギャラリーや美術館での展示にも、パソコンの画面とは別な表現の可能性を感じているようだ。特にデジタルカメラやプリンターの進化で、プリントのクオリティは数年前に比べて格段に上がっており、展示にも自信を深めている様子が伝わってきた。
今回の「アウト・オブ・アガルタ」(2006~09)のシリーズは、青いポリバケツ、コカコーラの空き瓶など、身近な事物や光景をやや寄り気味に撮影したものが中心で、くっきりしすぎるほど鮮やかな色味とテクスチャーでプリントされている。タイトルの「アガルタ」には幻の地底王国という意味がある。小林の思惑では、楽園から遠く離れたかに見える現在の世界においても、網膜を強烈に刺激する人工楽園のイメージを呼び起こすことができるということだろう。小林は、やや逆説的な意味合いを込めて「デジタルリアリズム」という言葉を使っているのだが、たしかにそこには、いま世界はこのようにしか見えようがないというリアルさがある。
何枚か、水に落ちて死んでいる蛾や甲虫を撮影した写真があり、いやおうなしに宮本隆司の「Kobe 2008 bugs」のシリーズを想い起こした。「明るい無常」とでもいうべき感覚が、両者に共通しているように思える。

2009/09/19(土)(飯沢耕太郎)

サンテリ・トゥオリ展「命のすみか──森、赤いシャツ、東京」

会期:2009/09/09~2009/09/27

スパイラル[東京都]

森を写したスチル写真に動画を重ねて見せたり、幼児が服を着る動作を延々と映したり。こういう作品を好きになれないのは、森とか幼児とかだれも文句を言えない素材に頼るだけで中身がなく、思わせぶりでウザイからだ。時間のムダ。

2009/09/19(土)(村田真)

UNEASINESS IX

会期:2009/09/14~2009/09/19

信濃橋画廊、信濃橋画廊5[大阪府]

芦谷正人、岩澤有徑、大澤辰男の3名のアーティストによって2001年から継続して開催されているというグループ展。今回はゲストとして西村郁子が出品していた。西村はこれまで、わざとシミのように染めを施した布や、細かい模様をシルクスクリーンプリントした布を用いたインスタレーション作品や版画を発表してきた。今展では、シルクスクリーンのレース模様が重なる写真作品や、紫色のヴェルヴェット生地を使った平面作品を発表。葛藤、戸惑い、後悔、もどかしさなど、言葉ではなかなか伝わりづらい心の襞のような、繊細な感情や感覚を表現するその作品は、ネガティヴな思いもまるごと包み込む柔らかな印象がありいつもどこかホッとさせられる。本展の作品もまた一見スマートなのだが、かといってクールではない。心地よい温度を感じるところが魅力的だ(写真は同展会場風景)。

2009/09/19(土)(酒井千穂)

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