2010年5月1日号:号で見る|美術館・アート情報 artscape

2018年08月01日号
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artscapeレビュー

2010年05月01日号のレビュー/プレビュー

ままごと『スイングバイ』(作・演出:柴幸男)

会期:2010/03/15~2010/03/28

こまばアゴラ劇場[東京都]

舞台床にはところどころラインが引かれてあって、「スポーツでもしそうだな」と思っていたら12人の役者たちの足元は運動靴、開演間際にウォーム・アップを始めた。スーツ姿の柴幸男が本作のテーマは仕事であると観客に向けて語り出す。その後、四方八方から次々と役者が交差して勢いよく書類を受け渡し続けるシーンに移った。〈会社の仕事〉なるものはスポーツのようにチームワークが求められ、スポーツのように業務の意味が希薄なたんなる運動である、そう表現しているように見えた。ところで、ここ(舞台上)はビルの中という設定。今日は入社式。階は「2010年3月22階」。日付が階となっているというだけではなく、例えば「300万階」へ下がれば、そこには人類の祖先のごとき生き物がいるというように、このビルは人類史を階層化している。そこで社員たちが勤しむのは社内報(人類史)の制作(ただし社内報は些細な事項の積み重ねで誰も読まない)。柴に似た新入社員が軸にはなるものの、12人の人間関係はそれぞれ等しくデリケートに描かれる。ただ、その描写の仕方は単線的ではなく切れ切れ、舞台脇の柴の鳴らす合図で短い場面が次々とスピーディーに切り替わり、不規則につなげられてゆくので、最初、それぞれの人間関係はわからないことだらけ。それでも、劇が進み次第に情報が増えることで、ジグソーパズルみたいに徐々に関係のありさまは明瞭になってくる。こうした物語の語り方へ向けた柴らしいアプローチが演劇の可能性を大いに広げている、そうあらためて確認させられた。ラスト、再び業務のようなスポーツのような書類の受け渡しゲームが始まった。空虚な労働のさまは、労働の批判と同時に柴の(父親世代ならば自明であった)労働への憧れともみてとれた。

2010/03/22(月)(木村覚)

第36回人人展

会期:2010/03/14~2010/03/24

東京都美術館[東京都]

1974年に中村正義や山下菊二、星野眞吾らを中心に結成された人人会。本展は同会が主催する36回目の展覧会。団体展にありがちな因襲的な気質や窮屈な束縛感とは裏腹に、なんでもありの作品が立ち並び、見ていてじつにおもしろい。妖怪のような奇妙な生物を描いた大野俊治やF1のような流線型のフォルムで自動三輪車を作り出したLUNE、人間の横隔膜を精緻に描き出した亀井三千代、軽妙洒脱な墨絵を描いた古茂田杏子など、それぞればらばらな作品ながらも、密度が濃い。なかでも伝説のハプナーにして「ビタミン・アート」の提唱者で知られる小山哲生は、マリリン・モンローの顔をモチーフにした絵を十数枚発表したが、その顔面を微妙にデフォルメしながら最終的に骸骨まで描ききる展開の過程がおもしろい。セックス・シンボルとしてのマリリンが内側に抱える闇をえぐり出すような小山の手つきと視線が恐ろしくも感じられる絵だ。

2010/03/22(火)(福住廉)

マイ・フェイバリット──とある美術の検索目録/所蔵作品から

会期:2010/03/24~2010/05/05

京都国立近代美術館[京都府]

美術館の収蔵品目録で「その他」に分類されている作品群。特定のジャンルに収まり切らないそれらにこそ、実は大きな可能性が秘められているのではないか。本展はそんな前提に立って構成された館蔵品展だ。出品作品は、オブジェ、映像、インスタレーション、写真、デザイン、絵画、版画、印刷物などバラエティー豊か。作家リストを見ると、M・デュシャン、K・ヴォディチコ、W・ケントリッジ、宮島達男、森村泰昌、やなぎみわら、過去に同館で展覧会を行なった人物がずらりと並んでいた。「観客一人ひとりがそれぞれのマイ・フェイバリットを見つけてください」。それが本展の表向きのテーマである。一方、もうひとつのメッセージはほかならぬ学芸員に向けられている。「収蔵品を分類し美術史に組み込むことで、作品本来のポテンシャルを削いではならない」と。研究者が自己批判精神をもって自らの在り方を検証することこそが本展の本質である。

2010/03/23(火)(小吹隆文)

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平野知映 個展

会期:2010/03/23~2010/03/28

立体ギャラリー射手座[京都府]

展示室の奥には3つの球体が並び、それぞれに厚化粧をした女性の顔が投影されている。球体の周囲には皆既日食のダイヤモンドリングを思わせる光の輪が輝き、さらに中央の球体のてっぺんからは一筋の光の放射も。そして厚化粧の女性たちはスキャットでホルストの『木星』を合唱している。なんだこれは? とあっけにとられるものの、作品から放射されるパワーに感化され、徐々に楽しくなってくる。一見変てこだが淀みがなく、ポジティブなパワーに満ちた作品だった。

2010/03/23(火)(小吹隆文)

神村恵カンパニー『385日』

会期:2010/03/25

世田谷美術館[東京都]

世田谷美術館の高い高い天井のエントランスホールが会場。舞台の端には、美術担当の小林耕平による6角形と4角形を組み合わせた木製の構築物が立っている。荷物を背負った神村恵が現われると「そうそうそう……」など誰かに(自分に?)話しかけながら、言葉とは無関係のことを身体はしている。ある瞬間、小さなものを握って、上体を後ろから前へ振り向く、と同時に前向きの上体から残された足下に落とした。声や体やものを不断に交差させて起こる些細なズレ、そのリズム。そうした「こと」が神村の身体の周囲だけではなく、舞台のあちこちで生まれ続ける。ダンサーの福留麻里と捩子ぴじんも荷物を背負って登場。結構強烈なコンタクトで、福留は捩子に押され倒されそうになる。時折、小林が舞台に侵入すると、巨大な紙の塊や前述した構築物や黒板、白い箱を舞台に出したり引っ込めたり位置を変えたりする。また不意に「電車が来るぞ」などと言葉を漏らしもする。小林の映像作品に似て、エントランスホールの空間にあるものすべては、刻一刻と変化するコンポジションを構成するオブジェと化している。ここではすべてがオブジェだ。3人のダンサーたちもしかり。発する声や荒くなる息や衝突の際のふらつきなどはみな、身体なるもののスペックを示す事柄として見えてくる。横並びで笑い顔をつくる場面では、なぜ笑うのかもなぜ笑い顔なのかもわからぬ不安が観客を襲う。タイトルの「385日」の1年を単位とするとちょっと多い日数が謎めいているように、舞台空間はつねに謎めいていて、「魔術的」とでもいってみたくなるような神村のつくる時間と空間(空間に関しては小林の貢献は大きいだろう)にただただ圧倒させられた。

2010/03/25(木)(木村覚)

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