artscapeレビュー

2011年03月15日号のレビュー/プレビュー

寄神くり「すぐ隣りの出来事」

会期:2011/01/09~2011/02/05

ART COURT Gallery[大阪府]

牡丹靖佳の個展と同時開催の寄神くりの個展。今展での展示の中心だった4点の大きなカーペットの作品は、細かい模様も色彩も鮮やかで全体に美しいのだが、動物や植物、テニスコート、プールなどのモチーフも細かくユニークで寓話性と装飾性にあふれ、あちこちの部分をつい凝視してしまう。意図的なんだろう、どこか間抜けだったり脈絡のつかめない不可解な要素も織り込まれていて何度見ても飽きない。私には買える価格ではなかったけれど、触りたいなあ、これが部屋にあったらなあ、どれがいいかなあ、と一緒した友人とも楽しく盛り上がった。パリと日本を行き来しながら活動する寄神の制作は日常と非日常、実用的な生活の道具と美術作品も往還する。4月に京都で開催される「京芸Transmit Program#2 転置 -Displacement-」にも出展予定。楽しみだ。

2011/02/05(土)(酒井千穂)

牡丹靖佳「馬鹿レチェと恐れミエドの会話」

会期:2011/01/09~2011/02/05

ART COURT Gallery[大阪府]

同会場での寄神くり展と同時開催の個展。個展タイトルにまず惹かれて期待も膨らんだ。解説によると、“ある二人の狂言回しによって展開する物語をベース”としているのだそう。展示はおもに油彩や鉛筆を用いた絵画や半立体の作品など。描かれた風景や鳥のモチーフ、それぞれのマチエールや手法が少しずつ連関し、全体でひとつの物語を展開する舞台装置のようなインスタレーションだ。そこに登場人物はおらず、具体的なストーリーを想像するのは難しいが、モチーフの線が曖昧になり、図と地がつながり、キャンバスの枠を出て現実空間に連続するように広がる風景のイメージが、断片的に記憶に残る夢の一場面のようでもあり意識が引き摺られる。かと思えば、その展示の途中に、バスケットボールのゴールをモチーフにした寄神の《trap》というユーモラスな作品シリーズが設置されていて、急にまったく違う次元へとチャンネルが変わり遮断されるような感覚にも。しかしかえってそれが定まらない雰囲気のあるこの人の表現のもち味を際立せるようで面白くもあった。

2011/02/05(土)(酒井千穂)

荒川望 展

会期:2011/01/24~2011/02/05

CUBIC GALLERY[大阪府]

荒川さん、といえば、和紙に樹脂を染み込ませた支持体にアクリル絵の具で花を描く作家というイメージがあったのだが、今回の発表ではそのタイプは一部で、モチーフにも以前とは印象が異なるものがあり、制作の変化を感じた。サイズの異なるパネルを組み合わせた、会場でもっとも大きな《ずっと行きたかった場所へ》は見る角度によって色の重なりや筆跡の表情が変わって見えるのだが、それは電車の車窓から眺める風景のようでじっくりと見ていると心地よい高揚感を覚える。色が溶け合い重なり、全体に薄い靄のかかったような曖昧な空気感が漂う作風は、一見、色彩もモチーフも柔和で緩やかな印象だが、今回の展示はよく見ると、流れる水の向こう側にあるものを描いているような、速度と透明感を強く感じるものも多く新たな発見をした気分。草木が芽吹く春が待ち遠しくなるような個展だった。

2011/02/05(土)(酒井千穂)

愛の秘密工作室

会期:2011/01/29~2011/02/13

HEP HALL[大阪府]

バレンタインデーも近づき、梅田もいっそう騒々しく感じられる頃に開催された「愛」をテーマにした展覧会。美術家やプロダクトデザイナー、コピーライター、雑貨デザイナーなど、業種もさまざまなアーティスト7組が参加。会場に入るとまっさきに現代美術二等兵の作品に出迎えられる。グー、チョキ、パーの絵柄を描いた《勝負パンツ》、チョコレート菓子の「小枝」でせっせと巣作りをするチョコレートのビーバー(?)《愛の巣》などに思わず「しょーもなー!」と(好意的に)笑ってしまったが、このユルい雰囲気に気持ちはがっちりつかまれた。「LOVE&PEACE」「WAR IS OVER」「LOVE IS OVER」とそれぞれに記された3枚のプラカードは木内貴志の《「PR無指定」(ジョンとヨーコと菲菲と・持つとこ付き)》という作品。「R」と「P」の文字だけがモザイク状でぼかされている。テレビドラマやマンガ、ニュース、伝説、歴史の物語などのよく知られている題材をモチーフに、マッチ棒の先に顔を描き、それぞれの恋愛模様をパロディ化した「こけしマッチ制作所」の作品群もすごい。細かな仕事もさることながらユーモアのセンスが抜群に良い。謎掛けが凝りすぎているのか、よく理解できない作品もあったが、会場に散らばるアイロニカルな下ネタやシャレ、駄洒落の数々はじつに痛快でそれぞれの機智の才気にも唸るような内容だった。

2011/02/05(土)(酒井千穂)

140年前の江戸城を撮った男 横山松三郎

会期:2011/01/18~2011/03/06

江戸東京博物館 常設展示室5階[東京都]

幕末から明治にかけての日本写真史の草創期には、ユニークな人物がたくさん登場してくる。だが、そのなかでも横山松三郎(1838~1884)は群を抜いて興味深い生涯を送ったひとりではないかと思う。択捉島に生まれ、1852年に函館に出てロシア人から写真と洋画の技術を学ぶ。その後横浜で写真師の草分けである下岡蓮杖に入門、1868年に江戸から東京へと変貌していく首都に移って写真館と洋画塾を経営した。1869~70年の日光全山撮影、71年の旧江戸城の撮影、72年の関西地方の寺社・宝物の撮影など、明治初期の写真史に残る偉大な業績を残した。一方で彼は進取の気質に富み、ゴム印画法、カーボン印画法のような新技法を実験するとともに、「写真油画」と称する彩色写真の技術を自ら発明している。その早熟の天才ぶりを見ると、まだ40歳代前半の死はあまりにも早過ぎたといわざるをえないだろう。
今回の展覧会は、その横山の代表作を周辺資料も含めて一堂に会したものである。これまでも何度か横山の作品を見る機会はあったのだが、本展は質、量ともに画期的なものだ。あらためて彼の生涯を振り返るとともに、幕末・明治期の写真表現の広がりを、実物を通じて確認できるよい機会になった。横山の作品のなかにはセルフポートレートがかなり多く含まれている。丁髷姿のういういしい自写像から、死の直前まで描き続けたという鬼気迫る表情の自画像(油画)まで、彼が相当に自意識の強い人物だったことがよくわかる。その強烈な個性が写真や洋画にどのように表現されているのか、今後はそのあたりをもっと丁寧に読み解いていく必要がありそうだ。

2011/02/06(日)(飯沢耕太郎)

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