2018年01月15日号
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artscapeレビュー

2011年04月01日号のレビュー/プレビュー

平成22年度第34回東京五美術大学連合卒業・修了制作展

会期:2011/02/17~2011/02/27

国立新美術館[東京都]

東京の主だった五つの美術大学による卒業・修了制作展。今回、もっとも注目したのは、日大芸術学部の眞間悠。横断歩道を渡るパンク少年と彼に続く鶏の行列を、淡い色彩の水彩画で巧みに描いた。双方が「鶏冠」でつなげられているのは一目瞭然だが、おもしろいのは脱力感あふれるモチーフだけではなく、それらを水彩だけの直球勝負で描いたところ。おそらく本展の広大な会場を見渡してみても、これほどストレートな水彩画はほかに展示されていなかったのではないだろうか。一見するとモチーフと手法が噛み合っていないようにも思えるが、ある意味愚直ともいえる方法論を徹底して突き詰める心意気が、パンクの魂と共振しているように見えた。

2011/02/21(月)(福住廉)

佐竹龍蔵 展

会期:2011/02/22~2011/02/27

アートスペース虹[京都府]

薄く溶いた岩の絵具を点描で積層させた、独自の画風で知られる佐竹龍蔵。以前は自画像を描いていたが、新作ではクローズアップの女性像へと画題が変わった。光を閉じ込めたかのような画肌の魅力は以前と同じだが、なぜ女性像を選んだのか、その理由はよくわからなかった。主題の必然性について、納得できるまで聞いておくべきだった。反省。

2011/02/23(水)(小吹隆文)

三瀬夏之介 個展 だから僕はこの一瞬を永遠のものにしてみせる

会期:2011/02/04~2011/02/26

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA[京都府]

1階の@KCUA1では、全幅20メートルにも及ぶ《だから僕はこの一瞬を永遠のものにしてみせる》や、サイズ可変の超大作《奇景》をはじめとする作品6点と資料が、2階の@KCUA2では、水墨画21点が展示された。関西での彼の個展としては、過去最大の規模であろう。展示を見終えて感じたのは、受容体としてのアーティストの姿。自身の記憶や経験、環境、社会など、感知するあらゆるものを呑み込み、作品へと昇華させていく。果てしない混沌の先にどんな世界が現われるのか、あるいはゴールなど存在せず、もがき続ける過程そのものに意味があるのか。いずれにせよ、三瀬への関心がますます高まったことだけは確かだ。

2011/02/23(水)(小吹隆文)

山本竜基 展

会期:2011/01/26~2011/02/26

MIZUMA ART GALLERY[東京都]

細密な自画像を描く山本竜基の新作展。《熊野歓心十界図》をモチーフとした新作《地獄図》などを発表した。前回の個展と比べると、全体的に仏教的世界観が導入されているせいか、いつにも増して「救済」のニュアンスが強く感じられた。それは自画像であるがゆえに、基本的には山本自身の「自己救済」なのだが、山本の作品がおもしろいのは、それが山本個人を超えた厚みと幅を持っている点だ。人間の誕生から死にいたるまでの道のりを図案化した絵に描かれているのは、地獄に落とされる山本や鬼に拷問を受ける山本。彼らがいちように苦しみながらも、どこか楽しげにも見えるのは、みずからのキャラクターをいくらか戯画化して描いていることに加えて、山本自身がみずからの情けなさや非力さを肯定的にとらえていることに由来しているように思われる。だからこそ、私たちはそこに自分の情けなさや非力さを見出し、ある種の救いを得ることができるのだろう。世俗を超越した神々しい神聖性ではなく、生活の俗塵がみなぎる神聖性。山本竜基が描き出しているのは、もしかしたらかつての神が死んだ後、久しく待望されていた新しい神なのかもしれない。

2011/02/23(水)(福住廉)

スーザン・ピーチ展「playing your f(l)avour」

会期:2011/01/19~2011/02/26

studio J[大阪府]

スーザン・ピーチ(Susan Pietzsch, 1969-)は旧東ドイツに生まれ、ヴィスマール大学ハイリゲンダム応用美術専門学校宝飾学科を修了、近年はコンセプチュアルなジュエリー作品やオブジェ、インスタレーションを手がける。studio Jでの3度目の個展となる今回は、砂糖で出来たカラフルなビーズのブローチや、数珠がぺしゃんこになったような形のチョコレートバーのブローチを発表した。食べられ、また朽ちていくものをアクセサリーの素材とすることは最近のピーチの関心事のひとつである。彼女はそれを通じて、富や権力、虚栄の象徴ゆえに高価な素材の持つ永久性をジュエリーに求めるわれわれの価値観を打ち破ろうとする。
もっとも、ピーチのアクセサリーはなにもかもが食物のような非永久的な素材でできているわけではない。砂糖のブローチのクリップは18金製であり、チョコレートバーのブローチは、漆によるヴァージョンもある。また今回は、チョコレートに似せた磁器製のブローチも出品された。つまり、ピーチの作品は、ジュエリーに対する素材上の転覆に留まらず、だまし絵の効果のような視覚上の転覆をも射程に入れている。砂糖菓子のブローチの高価なクリップは服に付ければ見えなくなり、チョコレートと漆のブローチを両方、胸に付けてネックレスのようにすると、なんの素材のアクセサリーなのかわからなくなる。
転覆の試みはさらに、視覚以外の感覚領域にも及ぶ。食物によるアクセサリーは身に付ければおそらく匂いを発し、雨に濡れれば溶け、お腹がすけば食べられる。つまるところ、ピーチがジュエリーに与えようとする新たな価値感とは、理性により形作られた伝統的概念の単なる否定というよりも、ジュエリーがあたかも身体の一部としてわれわれの五感を通して認識され、かつ身体のように、儚くも再生可能なものとして存在し得ることなのではないか。実際、展覧会タイトルにある(l)の字が、まさに彼女のジュエリーが「(理性的、視覚的な)好み(favour)」と「(味覚的、嗅覚的な)味(flavour)」のどちらでも楽しめることを示唆するように思えるのだ。[橋本啓子]

2011/02/26(土)(SYNK)

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