2018年12月01日号
次回12月17日更新予定

artscapeレビュー

2011年04月15日号のレビュー/プレビュー

中野成樹+フランケンズ「ザ・マッチメーカー」

会期:2011/02/25~2011/03/06

座・高円寺[東京都]

「ザ・マッチメーカー」は、四部構成の空間変化も良かったが、なにより「誤意訳」によって言葉がころころ転がっていくリズム感と笑いが心地いい。そして財布=貨幣と男女が交換していき、大団円に至る、文化人類学的な物語構造も好みである。特に原作と読み比べて、どのように変えたのかを知りたいと感じた。普段から演劇に通う習慣がないために、ほとんど予備知識もなく、観劇したが、130分を大いに楽しむ。なお、中野成樹とは、座・高円寺での劇場本をめぐる公開読書会の企画で初めてお会いした。

2011/02/28(月)(五十嵐太郎)

仏教伝来の道──平山郁夫と文化財保護

会期:2011/01/18~2011/03/06

東京国立博物館[東京都]

第1部では、インド・パキスタンのマトゥラーやガンダーラから、アフガニスタンのバーミヤン、中国西域、敦煌、西安、そしてカンボジアのアンコールワットまで、平山が取材旅行で歩いた地の仏像や装飾品、壁画の断片などを自作とともに展示。これらの品々はおそらく彼自身が現地で買い集めたのだろう、大半が平山郁夫シルクロード美術館の所蔵になっている。文化財保護を謳いながら日本に持って帰って自分の美術館にコレクションするというのもどうなんだろう。それはおいといて、注目したいのはバーミヤン大石仏が破壊される前と破壊後の姿を描いた2点の対作品。まるで使用前・使用後の比較広告みたいだが、じつは破壊前の姿も2001年3月のタリバーンによる破壊後、春の院展に間に合わせるため急いで描いたものだというから、ジャーナリスティック精神の旺盛な日本画家だったことがうかがえる。第2部では、インドから中国に仏典をもたらした三蔵法師の道行きを描いた全37メートルにおよぶ《大唐西域壁画》を公開。これは平山が奈良・薬師寺のために20年以上を費やしたライフワークともいうべき大作で、お得意の荒涼とした土色のシルクロード風景や、青い空と白い雪の対比も鮮やかなヒラヤマならぬヒマラヤの山岳風景が並ぶ大胆な構成だ。いつも感じていたことだが、今回これを見て確信したのは、平山の絵は大きかろうが小さかろうが絵葉書にしか見えないということ。要するに陳腐なのだ。だから人気があるんだろうけど。

2011/03/02(木)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00011659.json s 1232763

第5回展覧会企画公募「エラスティック・ビデオ──curated by PLINQUE」「floating view:“郊外”からうまれるアート」「Girlfriends Forever!」

会期:2011/02/26~2011/03/27

トーキョーワンダーサイト本郷[東京都]

キュレーターの育成・支援をめざした展覧会企画の公募展。といってもキュレーター志望ばかりではなくアーティストからの応募も多く、今回は44企画のうち入選した3企画はすべてアーティスト(キュレーションを行なうアーティストも含め)によるものだった。クラウディア・ラルヒャー企画の「エラスティック・ビデオ──curated by PLINQUE」は、ウィーンを拠点に活動する若いアーティスト集団PLINQUEを中心としたビデオ・インスタレーション展。いろんなビデオ作品があるなあと感心するが、それ以上とくに感想はない。佐々木友輔企画の「floating view:“郊外”からうまれるアート」は、郊外から出発したアーティストや郊外をモチーフにした作品を集めたもので、企画としてはこれがいちばん興味をそそられた。でも作品的にはものたりず、やはり「郊外」を都心のホワイトキューブのなかで紹介するには限界がある。また、松井えり菜+村上華子が共同企画した「ガールフレンズ・フォーエバー」は、「美大には女性が多いのにアーティストとして活躍する女性が少ないのはなぜか」という問いから発した女性アーティストだけの展示。松井、村上ともに1984年生まれのアーティストだが、彼女らと同世代のキャピキャピなアーティストに加え、なぜか辰野登恵子のようなベテランも混じっていて、作家選定がよくわからない。辰野のかわりに草間彌生が入っていればまだわかりやすかったのに(わかりやすすぎるか)。

2011/03/02(木)(村田真)

artscapeレビュー /relation/e_00012337.json s 1232764

三木義一「サイレント」

会期:2011/03/01~2011/03/06

企画ギャラリー・明るい部屋[東京都]

企画ギャラリー・明るい部屋のクロージングの展示は、先週の小野寺南に続いて今週は三木義一の回だった。中判の6×9カメラで撮影されたカラー風景写真が12点、等間隔に壁にピンで留められている。これまでのモノクロームの風景、ポートレートとはがらりと作風を変えてきた。聞けばカラープリントを暗室で本格的に制作するのは2回目ということで、その割には色味のコントロールがきちんとしていて、気持ちのいい作品に仕上がっていた。
住宅地、住宅造成地、海辺、道路脇のごみ捨て場のような場所など、かなり幅広く被写体を選んでいる。どことなく、1980年代に流行した「ニューカラー」の日本版を思わせるところがある。本家のアメリカの「ニューカラー」がどちらかといえば乾いていてくっきりとした風景描写だったのと比較すると、同じく日常的な光景にカメラを向けていても、日本の「ニューカラー」は湿り気を帯び、ぺらぺらのチープさが浮かび上がることが多かった。三木自身が意識しているわけではないだろうが、まるで先祖帰りのようにその空気感を共有しているのが興味深い。四半世紀の時を隔てても、日本の風景のあり方にそれほどの違いはないのだろうか。
「世界の騒がしさと/私の騒がしさと/写真の静けさと」。これは作品の横に添えられていたテキストだが、あえて心を鎮め、「静けさ」へと躙り寄っていこうとしている写真家の姿勢が、折り目正しい写真のたたずまいによく表われている気がした。

2011/03/02(水)(飯沢耕太郎)

春木麻衣子「photographs, whatever they are」

会期:2011/02/26~2011/05/08

1223現代絵画[東京都]

春木麻衣子は2010年5月~6月のTARO NASUでの個展「possibility in portraiture」から、それまでの風景中心の作品に加えて「ポートレート」を取り込んだ作品を発表するようになった。といっても、画面のほとんどが白、あるいは黒で占められている彼女の作品において、人間のイメージはそれほど大きく扱われてはいない。だが「ポートレート」という主題の導入によって、抽象度の高い彼女の作品に観客がアプローチしやすくなったことはたしかだ。
今回の展示には、ニューヨークのアメリカ自然史博物館のジオラマとそれを見る観客を題材にした「neither portrait nor landscape」(2010)をはじめとして、いくつかのシリーズが含まれているが、注目すべきは新作の「selfish portrait to you and me and others」(2011)だろう。白いガラス入りのフレームのようなもので画面が大きく区切られ、その表面に「you and me and others」の姿が映り込んでいる様子を撮影している。つまり、この作品は作家のセルフポートレートでもあるということで、これは新しい展開だと思う。「あなた─私─他者」との関係のあり方を、さまざまな形で確認していくきっかけになるのではないだろうか。
もうひとつ興味深いのは、春木の黒を基調とした作品を眺めていると、フレームのガラスに自分の顔が映っていることに気がつくことがあることだ。つまり「あなた─私─他者」の関係項のなかに「観客」も包含されてしまうということで、そのことをより強く意識すれば、さらに面白い作品が生まれてきそうな気がする。

2011/03/03(木)(飯沢耕太郎)

2011年04月15日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ