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ルーヴル美術館 ルイ14世からルイ16世までの美術工芸展示室リニューアル──王侯貴族の生活空間を再現したピリオドルーム

栗栖智美

2014年08月01日号

 約10年にわたる改修を経て、ルーヴル美術館の18世紀美術工芸展示室が、2014年6月6日リニューアルオープンした。第33展示室から第65展示室まで、2,183m2の広さの33の展示室には、2,000を超える作品が展示され、当美術館は、ルイ14世治下から18世紀までのフランス美術工芸において、世界で最も充実したコレクションを誇ることとなった。


第38展示室 Salle Le Bas de Montargis


ピリオドルーム──王侯貴族の暮らしそのままに

 太陽王と呼ばれたルイ14世の築き上げたフランス国家は、強大な権力と富を集め、世界中に名を轟かせた。その後三代にわたる王政を支えた膨大な国家財政は、次第に国民の生活を圧迫し、1789年のフランス革命の引き金となった。
 当時の王侯貴族が好んでつくらせた家具調度品は、革命で散逸したものの、1870年代のチュイルリー宮殿とサン・クルー城焼失後の取り壊しの際、そして1901年のモビリエ・ナショナルのコレクションの一部譲渡の際に、ルーヴル美術館へ大量に収蔵された。また、銀行家のイザック・ド・カモンド氏やバジール・ド・シュリヒティング氏などの個人寄贈によってコレクションはますます充実し、1960年代に美術工芸展示室がオープン、2005年の閉鎖まで多くの観光客の目を愉しませた。

 2011年に、建築家ミシェル・グータルを迎え大規模改修工事が始まる。数々の邸宅や美術館において美術工芸品の展示空間を手がけてきたインテリアデザイナーのジャック・ガルシアと、ルーヴル美術館美術工芸部門の学芸員たちによって、Period rooms(ピリオドルーム)という展示方法が採用された。ピリオドルームとは、19世紀に考案された美術工芸品などの展示方法で、当時の王侯貴族が暮らしていた空間全体を再現し、その中に彼らが使用していた、もしくは同時代の家具調度品や絵画、彫刻、美術工芸品を展示するものだ。現在、ヴェルサイユ宮殿や個人の邸宅を使った美術館、歴史博物館などで採用されている。鑑賞者にとっては、その時代の空気を理解するために最も有効な展示方法のひとつであるが、一方で、壁紙やボワズリーなど現存してないものは当時の資料をもとに複製されるので、本物の作品と複製とが入り交じる空間になってしまうという欠点もある。
 今回の改修工事では、王侯貴族の生活空間が再現されたピリオドルームと、従来のガラスケースに入れた作品展示の両方から鑑賞ができるようになった。また、ところどころに作品解説のためのマルチメディアシステムを導入し、豊富な資料をもとに当時の歴史や人物、生活様式などが音声と画像で理解できるようになっているのも嬉しい。
 35億円以上の予算をかけて完成した展示室は、シュリー翼、フランス式1階の第33展示室より始まる。大きく3つのカテゴリーに分けられており、①1660〜1725年 ルイ14世様式とレジャンス(摂政)様式、②1725〜1755年 ロカイユ様式時代、③1755〜1790年 新古典主義の順で、18世紀の美術工芸品の多様なスタイルの変遷をたどっていく。


第34展示室 Salle du Conseil d’Etat de Louis 14


 ルイ14世の執務室には、かつてフランス絵画展示室にあったイアサント・リゴーの有名なルイ14世の肖像画と、真鍮のマルケトリー(象眼細工)と金と黒の色彩が特徴的な王室お抱え家具師、アンドレ=シャルル・ブールのアルモワール(タンス)やビュロー(書き物机)などが置かれており、ルイ14世様式の力強く豪傑な作品とともに、絶対王政の隆盛期をイメージすることができる。


第41展示室 Salon de Villemaré


 ロココ様式の展示室は、ルイ15世の寵愛を受けたポンパドール夫人が好んだ、繊細で女性的な曲線を用いたコンソールテーブル(壁付テーブル)や肘掛け椅子、牧歌的な草花や動物のモチーフのタピスリーが飾られた部屋で華やかな時代の空気を感じ取り、ガラスケースに入ったシノワズリ模様のコモード(引き出しタイプの衣装タンス)や屏風などの作品を近くでじっくりと鑑賞することができる。

マルチメディアシステムで晩餐会を再現──セーヴル磁器コレクション


マルチメディアシステム 「フランス式の食卓儀礼」より


王立セーヴル磁器製作所によってつくられた磁器の展示風景


 また、この時代に正式に国王からの贈答品として製作された、セーヴル磁器のコレクションも見逃せない。パステルカラーと金色で繊細なモチーフが施された食器類。さまざまな大きさ、形があり、どんな用途に使われたのか想像するのも楽しいのだが、日本語でも解説を聞くことができるマルチメディアシステムを使うと、より当時の王侯貴族の日常を理解することができる。このシステムでは、1757年4月21日にショワジー城にて行なわれたルイ15世による晩餐会の模様を知ることができる。オードブル、前菜、サラダ、アントルメ、デザートに何を食べていたのか、どの形の食器をどのように配置していたのか、どんなマナーがあったのかなど、当時のフランスの食卓儀礼を学ぶことができるのだ。それを知ったうえでまた、セーヴル磁器の並んだガラスケースを見ると、展示されている作品が生き生きと見えてくる。


第65展示室 salle de Marie-Antoinette


 ルイ16世時代の展示室は、マリー・アントワネットの浪費家のイメージからはほど遠い、落ち着きと誠実さを表わしたような新古典様式の美術工芸品を見ることができる。ギリシャやエジプトなど古代文明にインスピレーションを得たモチーフ、幾何学模様のマルケトリーを施したジャン=アンリ・リーズナーのシリンダー式書き物机など、ロココ時代の曲線を多用したスタイルは身を潜め、理知的な直線と控えめな装飾の家具が主流となってくるのだ。

 33部屋の新しい展示空間を順に観て行くと、為政者の交代とともに家具様式の流行も変わっていくのがわかる。家具そのものの大きさや形、使われる木の材質や木工細工のテクニック、テキスタイルに使われる色味、好まれるモチーフなど、ピリオドルームの展示法のおかげで、その違いが顕著にわかるのは、学芸員や建築家の狙いどおりだろう。しかし、従来のガラスケースに入った展示方法も導入して、細部までじっくりと観ることができる反面、ガラスに光が反射してよく見えなかったり、ピリオドルームと背中合わせになっている設計で導線がスムーズでないと感じた。現地のメディアでも、この照明や導線の問題や、建築家の交代、工事の長期化、工事費が当初の発表よりはるかに上回ったことなど批判も多い。しかし賛否両論あるものの、フランスが生み出した珠玉の18世紀美術工芸品を、マルチメディアとわかりやすい展示法で鑑賞できると、このリニューアルオープンはおおむね歓迎ムードである。筆者が訪れた平日の午後も、新しい展示室に溢れんばかりの鑑賞者が訪れ、18世紀のフランス王侯貴族の生活を感嘆しながら鑑賞していた。

ルーヴル美術館 18世紀美術工芸展示室(シュリー翼1階 第33展示室から第65展示室まで)

開館時間:月・木・土・日:9:00〜18:00
     水・金:9:00〜21:45(夜間開館)

「フランス式の食卓儀礼」は、ルーヴルとDNP大日本印刷の美術鑑賞のための共同プロジェクト
「ルーヴル - DNP ミュージアムラボ」で開発された鑑賞システムです。 http://www.museumlab.jp/greeting/tml/index.html