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ルーヴル - DNP ミュージアムラボ 古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門 マルチメディア・ディスプレイ導入レポート

栗栖智美

2014年10月15日号

 2014年9月24日、大日本印刷とルーヴル美術館が共同開発したマルチメディア鑑賞システムが、ルーヴル美術館の古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門に3種設置された。当美術館への設置は今回で4度目となる。これらのシステムは、今後、来場者が古代地中海沿岸世界の傑作をよりよく理解する手助けとなるだろう。

 ルーヴル美術館の古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門は、紀元前4千年の新石器時代から6世紀ローマ帝国衰退までの作品を収蔵している。1793年に美術館が誕生したときに設けられた、最も古い部門である。19世紀にコレクションに入った《ミロのヴィーナス》や《サモトラケのニケ》像など、大理石彫刻の名作を多く所蔵した人気の展示エリアだ。しかしながら、古代ギリシア・エトルリア・ローマ世界は、地理的にも歴史的にも複雑な背景をもつため、それを把握しながら、膨大な展示作品、大理石彫刻や陶器など、多岐にわたるコレクションを鑑賞するのは難しい。当部門の主任学芸員も務めた新館長ジャン=リュック・マルチネズ氏も力を入れていたルーヴル美術館の主要部門なだけに、今回の一歩進んだ美術鑑賞を可能にするディスプレイの成果に期待が高まる。



 古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門の入り口、ドゥノン翼半地下の第3展示室に置かれたディスプレイは、古代ギリシア世界の歴史と文明の広がりを見ながら、これから進む展示室に置かれている名作の時代背景を俯瞰できる、導入装置としての役割を果たす。フランス語、英語、スペイン語、日本語の同時表記なので、多くの来館者が同時に理解することができる。4分ほどのループ映像で、視覚的にすぐにわかるような歴史年表、地図、主要作品という3つの要素のみが画面に現われ、文字情報はほとんどない。最後のクレジットの部分に、作品のタイトルや年代、置かれている展示室など細かい情報がまとめられている。
 専門的な勉強にやってくる学生や研究者は別だが、ふらりと訪れた観光客にとって、文字情報が少なくイメージで流れのわかる画面はありがたい。古代ギリシア美術に詳しくない人は特にそうなりがちだが、展示室をただ闇雲に歩くだけでは、美術史上重要な作品に気づかぬまま通り過ぎてしまうことが多い。この映像でピックアップされた作品がいつどこでつくられたのかを念頭に置きながら展示室を回ることで、その作品を見つけたときの喜びや、近づいて名品をじっくり鑑賞するきっかけになるのである。




《サモトラケのニケ》の翼を拡大


 この部門を訪れる人が必ず鑑賞したい作品のひとつが、《ミロのヴィーナス》だろう。シュリー翼の1階、第16展示室のヴィーナス像はいつも黒山の人だかりで、記念撮影スポットとなっている。そこから第14展示室まではひとつの大きな部屋となっており、クラシックとヘレニズム時代の彫刻展示室として、アフロディーテ像やアポロン像などたくさんの作品が並ぶ。何体もの大理石彫刻像が展示されているが、それがギリシア神話に出てくる神々や英雄なのはわかっても、それぞれを見分けることは難しい。
 第14室に置かれた鑑賞ディスプレイは、彫像の装身具や衣服、からだの特徴、彼らにまつわる物語をインタラクティブなタッチパネルで楽しく学ぶことができる。初期画面の彫像群から1体のイメージをタッチすると、その彫像の神話上の役割や逸話、そして識別するヒントとなる持ち物などが一目でわかる画面が現われる。多くの人が訪れる展示室ということを考慮して、ディスプレイ本体は頑丈なつくりになっており、同じ機器が並列されている。やはり文字情報が少なく、写真と簡単な文章で短時間に直感的に学ぶことができるシステムだ。この展示室に置かれている彫像が、神話のなかでどのような役割を果たしたのか、そして他のどの彫像と家族関係にあったのか、敵対関係にあったのかなど、作品を楽しく理解するうえでの有用な情報を得ることができる。



 ルーヴル美術館の古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門において、1,000点を超える充実したコレクションを誇るのがギリシア陶器。カンパーナ・ギャラリーと呼ばれる長大な展示室には、赤像式、黒像式をはじめ膨大な数のギリシア陶器が並ぶ。赤像式の壺のなかでも最も洗練された作品のひとつである《アンタイオスのクラテル》を深く理解するためのディスプレイが、シュリー翼2階第43展示室に設置された。


クラテルの音楽コンクールの主題を解説するディスプレイ


 クラテルとは、古代ギリシアでワインと水を混ぜるのに使われた大型の壷のことである。この壷は45リットルの容量があり、上部が広くなった聖杯型をしている。黒像式に代わって紀元前530年頃に登場した赤像式陶器。この作品が他を抜いて有名なのは、画家エウフロニオスのサインが入った現存する希有な作品である点と、「ヘラクレスと巨人アンタイオスとの戦い」と「音楽コンクール」という2つの主題のなかに描かれた体の表現や顔の写実主義が斬新で、革新的な点だ。戦う男の筋肉表現は、ベージュ色に薄められた釉薬を用いて細部まで正確に表現されており、髪の毛やひげの描き方など、荒い筆致や細かい点描を使い分けて2人の男を区別している。
 こうしたクラテルの機能や、図柄の特徴、修復の跡、よく見ないとわからない文字(銘)など、実際の作品を目の前にしながらタッチパネルでじっくりと知識を深めることができる。独立したガラスケースの中の作品は全角度から鑑賞することができるので、ディスプレイの図像を左右に回しながら一つひとつ確認し、作品の魅力を余すところなく感じとることができるのだ。ディスプレイの情報は細かく多岐にわたっており、人の通りが少ない展示室ということもあって、時間を忘れてこのクラテルの美しさに見とれてしまう。


今年リニューアルオープンした工芸部門新展示室に移設されたセーヴル磁器鑑賞のためのシステム


 2006年からルーヴル美術館と大日本印刷が共同で進めてきたプロジェクト、ルーヴル - DNP ミュージアムラボ。ルーヴル美術館の作品をよりよく来館者に理解してもらうためのマルチメディア・ディスプレイは、東京では10回の展覧会を通じて高い評価を得、第7回展より順次ルーヴル美術館に設置されている。これまでの「セーヴル磁器鑑賞のためのシステム」「古代エジプト美術の見方が学べるシステム」「スペイン絵画のコレクションを学ぶシステム」はすでに各展示室に設置され、どれも来館者に親しまれ、深い作品鑑賞の手がかりとなっている。ルーヴル美術館も独自に映像ディスプレイなどを設置しており、このようなマルチメディアの導入によって来館者の作品の理解度も高まっている。
 旧来の文字情報のみのパネルも、各展示室に設置されて充実していたのだが、読むのに時間がかかり、専門的な情報も多く含まれ、利用も時間と情熱のある人に限られていた。一方、このタッチパネル式のシステムは、操作も単純ですぐに使いこなすことができ、時間の少ない観光客や、作品を前に抱いたちょっとした疑問を解決したいとき、もっと深く学びたいとき、それぞれの要望に応じた美術鑑賞ができる点で利用価値が高い。
 ルーヴル美術館が長年培ってきた展示ノウハウや美術研究の成果と、大日本印刷の優れた情報技術や映像技術とが融合した鑑賞用マルチメディア・ディスプレイ。世界中から人々が集まる美術館という場において、国籍も年齢も問わず簡単に使え、作品を見ることの楽しみを実感できるシステムとして国内外から注目されている。このように、多くの来館者に美術品を深く理解する楽しさや、美術の「見る」「知る」「感じる」喜びを共有することを可能にした新しい体験型鑑賞システムが、今後も世界中の美術館で利用されていくに違いない。



ルーヴル美術館 古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門常設展示室
(ドゥノン翼半地階3番展示室|シュリー翼1階14番展示室|シュリー翼2階 43番展示室)

開館時間:月・木・土・日:9:00〜18:00
     水・金:9:00〜21:45(夜間開館)

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