2017年12月15日号
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[PR]変化する県展──清流の国ぎふ芸術祭Art Award IN THE CUBE 2017

野村幸弘(岐阜大学教育学部教授)

2017年05月15日号

「清流の国ぎふ芸術祭Art Award IN THE CUBE 2017」は、岐阜県美術展が一昨年、第69回をもって終了し、それに代わって今年、第1回目が開催されたまったく新しい形式の公募展である。本展は3年に1度開催のトリエンナーレ方式で、あいだの2年はこれまでの県展を踏襲発展させた「清流の国ぎふ芸術祭 ぎふ美術展」に一新されるとのことだ。

「身体のゆくえ」とキューブという課題


 その背景には、近年、県展が若い世代の関心を引かなくなり、応募者、および観客が年々減少しているという問題があるらしい。社会は大体70年周期で大きな変化を余儀なくされてきたと考えると、この時点で岐阜県が美術展のあり方を思い切って大きく変換したのは、英断と言えるかもしれない。

 もっとも日本の大都市圏では、横浜トリエンナーレ(2001年-)やあいちトリエンナーレ(2010-)などの国際的な現代アート展がすでに軌道に乗っており、そうした流れがようやく地方都市にも波及してきた結果とも言える。ただ、本展は単にこれら先行する美術展に追随するだけの企画に終わらず、いくつか非常に新しいアイディアを打ち出している。
 まず大きな特徴のひとつは、応募時に4.8×4.8×3.6mのキューブを使って制作するというルールと、「身体のゆくえ」というテーマが与えられていることである。たしかに現代アート展ではしばしばテーマが設定されているが、たいていディレクターやキュレーターがそのテーマに沿って出品作家を決めるのであり、今回の公募展のように企画者側からいわば「宿題」が出され、制作者がそれに答えるわけではない。したがって「Art Award IN THE CUBE 2017」では、企画者側が「キューブを通して身体(肉体、精神)について考えなさい」というように、最初に制作者側に注文をつけている点がユニークなのである。


清流の国ぎふ芸術祭Art Award IN THE CUBE 2017 会場入り口


 作品を評価する審査員の顔ぶれも異色である。この展覧会の企画委員会は、画家、彫刻家、現代美術家、美術批評家など、すべて美術関係者で構成されているものの、審査員の方は、現代アートはボーダレスであるという認識があるからだろう、画家、彫刻家、陶芸家の美術分野以外に、哲学者、小説家、作曲家、ダンサーなど、半数以上が他分野から選ばれている★1。この点も、ほかの美術展にはあまり例を見ない試みだろう。
 また今回、790点の応募書類から、審査員が15作品に絞込み(第一次審査)、その15組の作家たちが、与えられた木製のキューブを使って完成させた作品の中から受賞作を決定した後(第二次審査)、さらに約2ヶ月間、入場無料で展示するという、約1年にわたる長期のプロセスも、県主催の公募展での試みとしては、十分大胆なやり方だと思われる。

入賞作品をどう見るか


 本展覧会に選ばれた15点の作品については、制作者が自作を語るインタビュー映像がすでにネットで公開され、また審査員のコメントもガイドブックに掲載されているので、ここでは、あくまで展覧会の一観客としての私見を記すことにする。
 一般に現代アートは難解だと言われるが、先行する美術作品を参照すると理解しやすい作品もある。たとえば、森貞人の《Mimesis Insect Cube》(中原浩大賞)は、ピカソの有名な《雄牛の頭部》(1942、パリ国立ピカソ美術館)と同じ発想で作られている。ピカソが自転車のハンドルをつのに、サドルを牛の顔に見立てたように、森の作品ではメガネのリムが昆虫のはねに、アームがあしに見えた瞬間に作品が出来たにちがいない。またフランスの現代美術家エドゥアール・マルティネの精緻なメタル・アートにも非常に近似している。ただ森の作品がキューブの空間や身体というテーマにどう応えているのかについては、あまりよく分からない。天井に円形の蛍光灯が取り付けてあるので、この光に向かう走行性の昆虫の配置に粗密があるともっと効果的な表現になったのではないだろうか。


森貞人《Mimesis Insect Cube》2017


 平野真美の《蘇生するユニコーン》は、イギリスの現代美術家ダミアン・ハーストによる一連の動物の死体を用いた作品を思い出させる。その中にちょうど一角獣をホルマリン漬けにした《子どもの夢》(2008)があり、その作品との関連性を指摘することができる。ダミアン・ハーストの方は死体保存の表現だが、こちらは生命維持装置やステンレスバットが脇に置かれ、チューブ内では輸血が流れているのに、ユニコーンが瀕死の状態にあることを確認できなかったのが残念だ。こうした問題は、指先が動き、胴体が這いずる、耳のないマウスの《移動する主体(カタツムリ)》(三輪眞弘賞)についても当てはまるだろう。この種の美術作品は、今後、ロボット工学など、現代テクノロジーとのコラボレーションへと発展することを期待したい。


平野真美《蘇生するユニコーン》2017


耳のないマウスの《移動する主体(カタツムリ)》2017


 谷本真理の《この部屋とダンス》(田中泯賞)は、ダダイスト、クルト・シュヴィッタースによる《メルツバウ》★2を髣髴させる。もちろんシュヴィッタースが構築的であるのに対して、谷本はむしろその逆のエントロピーの増大(乱雑さ)を目指しているように見える。しかしながら、カオティックな空間を作ろうとしている点は、両者に共通していると思われる。
 安野太郎の《THE MAUSOLEUMー大霊廟ー》(高橋源一郎賞)は、祭壇形式や照明の使い方が、ボルタンスキーの作品を想起させる。追悼や礼拝の気持ちを引き起こさせるには、おそらくシンメトリーの構図、配置を必要とするからだろう。


谷本真理《この部屋とダンス》2017



安野太郎《THE MAUSOLEUMー大霊廟ー》2017
撮影:池田泰教


 過去の美術作品に参照物が見つからない場合は、どうするか。ひとつの方法は、作品に頻出するモティーフを取り出し、その意味を考えることである。ミルク倉庫+ココナッツの《cranky wordy things》(大賞)を見ると、睡眠中の人間の顔が映る小型のモニターが6点、上皿計りが3点で、残りのモティーフはすべて1、2点ずつしか使われていない。そうすると、この作品は睡眠と重力がテーマになっていることに気づく。実際、しばらく作品を見ていると、計りの針が急に動いたり、上皿が上がったりする。ピスタチオが机上で飛び跳ね、宙に浮いて細かく旋回する。突然、灯油缶が鳴ったり、照明が消えたりする。まるでポルターガイスト現象である。睡眠中、夢の中で無意識に発語するうわ言が、現実の事物の世界に投影されると、このように無重力的な表現になるのかもしれない。


ミルク倉庫+ココナッツ《cranky wordy things》2017


 本展のキューブは、近代の画廊や美術館のいわゆるホワイト・キューブであることに加え、外側の壁面や天井、床も含め、全部で12面の平面とその内外の空間を表現の場として使えるマルチ空間である。全15作品の中で、床を美術館自体のフロアとは別に作った作品は約半分の8点、側壁の外側も取り込んだ作品は3分の1の5点、天井を意識した作品は5点、キューブの内部を部屋、展示室、店舗、手術室など、ある特定の室内に見立てた作品は5点だった。もちろん壁面の裏表を強く意識した松本和子の《透明の対話》や中村潤の《縫いの造形》などの作品もあったが、キューブの可能性を深く探求し、それを最大限に生かした作品はそれほど多くはなかったのではないだろうか。



清流の国ぎふ芸術祭 Art Award IN THE CUBE 2017 会場風景
壁面に設置されたフレスコ画の作品は松本和子《透明の対話》、左まわりに中村潤《縫いの造形》、堀川すなお《モノについて》、水無瀬翔《DEMO DEPO イン・ザ・キューブ支店》、谷本真理《この部屋とダンス》、ミルク倉庫+ココナッツ《cranky wordy things》

異色の公募展のゆくえ


 ひと通り見終えたあと、もっとも気になったのは、15点の作品は展覧会終了後、おそらくすべて撤収されてしまう、ということだった。3年に一度の芸術「まつり」である以上、それは止むを得ないことかもしれない。「まつり」の基本は蕩尽だからである。が、その一方で、主催者である実行委員会と岐阜県は、この芸術祭の目的のひとつに「新たな才能の発掘と育成」を掲げている。だとすれば、これを今後、「まつり」と呼ぶのはふさわしくないのではないか。ここで発掘した才能を、次のステップに引き上げ、育てるための道筋を作らないかぎり、この目的を達成することはできないからである。
 最後に私案をひとつ記しておきたい。場所と予算の問題がクリアできなければ実現できないものの、3年ごとに15点のキューブ作品を選んでそれをワン・フロアとし、次の15作を2階に載せ、最終的には30年かけて10階建ての巨大なドールハウスのように構成する、そして観客が現代美術家の脳内を可視化した部屋をひとつひとつ訪問する美術館を完成させれば、3年に1度の「まつり」で終わらず、まちがいなく前例のないユニークな文化スポットになるだろう。と同時に、受賞作家の作品と批評の英語版を載せたブックレットを刊行し、欧米やアジアの画廊、美術館に送付して、海外での発表や評価のきっかけを与えるという、学芸員による地道なキュレーションとプロモーションも今後、重要な仕事になるだろう。それは、トリエンナーレ以外の年に開催する「ぎふ美術展」においても実行されることを強く望みたい。


★1──審査員は次の7名。O JUN、十一代 大樋長左衛門(年雄)、高橋源一郎、田中泯、中原浩大、三輪眞弘、鷲田清一。
★2──Artwords「メルツバウ」


清流の国ぎふ芸術祭 Art Award IN THE CUBE 2017

日時:2017年4月15日(土)〜6月11日(日)
会場:岐阜県美術館
岐阜県岐阜市宇佐4-1-22/Tel. 058-271-1313
入選作家:佐藤雅晴、柴山豊尚、谷本真理、中村潤、平野真美、堀川すなお、松本和子、三枝愛、三木陽子、水無瀬翔、耳のないマウス、宮原嵩広、ミルク倉庫+ココナッツ、森貞人、安野太郎

お問い合わせ先:清流の国ぎふ芸術祭Art Award IN THE CUBE 実行委員会
岐阜県岐阜市薮田南2-1-1(岐阜県県民文化局文化創造課内)
Tel. 058-272-8378/FAax: 058-278-2612/Email: office@art-award-gifu.jp

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