アート・アーカイブ探求

小林正人《Unnamed #7》──反重力の光「保坂健二朗」

影山幸一

2011年06月15日号

存在することで失墜しない絵画

 保坂氏は絵画というのは、二次元か三次元かよくわからない不可思議な存在であると言った。「絵画」とは何か、という問題の基点に“塗る”という行為(painting)があるとしても、「物体の形象を平面に描きだしたもの。特に、芸術作品としての絵」(「広辞苑」)と書いてあっても、的確な表現はなかなか見つからない。
 「絵というものを人類ははじめどのように描いたのだろうか。それはたぶん、足元の地面に屈みこんで、棒きれかなにかで描かれたのだ。凹凸のある地面が岩壁、ときには洞窟の奥の聖所になり、やがて垂直の壁に懸けられる枠どられたキャンバスとしての平面になるというのは、これこそまさに絵画の歴史にほかならない。つまり、床からはじまった小林正人の作品が少しづつ枠に張られながら、壁に向かってしだいに直立していくことにはそれなりの道理があるのだ」、と多摩美術大学教授の本江邦夫氏が絵画の歴史から小林作品を読み解いている(『現代日本絵画』より)。
 小林は語る。「抽象画とか具象画とかいうのではなく、絵画をものとして抽象に存在させたい。言いかえれば、存在することで少しも失墜していない絵画」(『美術フォーラム21』より)。この小林独自の存在論的命題を「卑俗的に言えばゴミはつくらないという言い方でも正しい」と保坂氏は言った。《Unnamed #7》は、存在のまとまりとして、ひとつのユニティー(一致・調和)として、重力に反しながら少しも失墜せずに生の光を発している。


主な日本の画家年表
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保坂健二朗(ほさか・けんじろう)

東京国立近代美術館研究員。武蔵野美術大学非常勤講師。1976年茨城県鹿嶋市生まれ。1998年慶應義塾大学文学部哲学科美学美術史学専攻卒業、2000年慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻前期博士課程修了(美学美術史学分野)。2000年より現職。専門:近現代美術。主な展覧会企画:『建築がうまれるとき ペーター・メルクリと青木淳』(2008)、『現代美術への視点6 エモーショナル・ドローイング』(2008)、「建築はどこにあるの? 7つのインスタレーション」(2010)など。主な共著:『戦争と美術1937-1945』(国書刊行会, 2007)、『丸山直文全作品集1988-2008』(求龍堂, 2008)、『キュレーターになる!アートを世に出す表現者』(フィルムアート社, 2009)など。

小林正人(こばやし・まさと)

画家。1957年東京生まれ。1984年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。1996年第23回サンパウロ・ビエンナーレ日本代表、1997年よりベルギーのゲントを拠点に活動、2007年広島県福山市鞆の浦のアトリエで制作、2010年より東京藝術大学美術学部絵画科准教授。主な受賞: VOCA展奨励賞(1994)。主な個展:「小林正人 絶対絵画」(鎌倉画廊, 1985)、「小林正人展」(宮城県美術館, 2000)、「MASATO KOBAYASHI A Son of Painting」(ゲント市立現代美術館〔ベルギー〕, 2001)、「Starry Paint」(テンスタ・クンストハーレ〔スウェーデン〕, 2004〜2005)、「光」(高橋コレクション, 2006)「小林正人展─この星の絵の具」(高梁市成羽美術館, 2009)、「LOVE もっとひどい絵を!美しい絵 愛を口にする以上。」(シュウゴアーツ, 2010)。主なグループ展:「サンパウロ・ビエンナーレ」(ブラジル, 1996)、「開館記念展」(ゲント市立現代美術館, 1999)、「先立未来」(ルイジペッチ現代美術センター〔イタリア〕, 2001)、「未完の世紀:20世紀がのこすもの」(東京国立近代美術館, 2002)、「天空の美術」(東京国立近代美術館, 2007)、「現代美術の展望 12人の地平線」(東京ステーションギャラリー, 2009)、「Mediations Biennale」(ポズナン国立美術館〔ポーランド〕, 2010)など多数。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:Unnamed #7。作者:影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:小林正人, 1997, 油彩・キャンバス・木, 252×230×80cm, 東京国立近代美術館蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:シュウゴアーツ。日付:2011.6.3。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 14.6MB。資源識別子:4×5カラーポジフィルム, FUJIFILM GDUII 32151 AJCCIB。情報源:シュウゴアーツ。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:小林正人, シュウゴアーツ。



【画像製作レポート】

現代作家の作品写真の借用先として、作家、画廊、美術館の3通りがある。小林正人の作品では、小林作品を取扱う画廊シュウゴアーツからカラーポジフィルム(カラーガイドなし)を無料で借用した。また同時に小林の著作権もシュウゴアーツを経て許諾を得た。本来なら《Unnamed #7》を所蔵する東京国立近代美術館からポジフィルムを借用すべきだろうが、2010年4月に萬鉄五郎の《裸体美人》を借りた際、手続きに時間と手間と代金を要したため今回は断念し、画廊の協力を得た。そして印刷会社にてポジフィルムを350dpi, 20MB(8bit)にスキャニングし、TIFFファイルに保存。1,785円。
iMacの21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によって調整後、画像の色調整作業に入る。目視により色を調整し、作品に合わせて切り抜く。Photoshop形式:14.6MBに保存。
現代美術作品のデジタル化は、作家の著作権保護期間にあり、美術館にとって著作権許諾確認作業が必要になっている。手間のかかる作業ではあるが、しかし今日、作品を見せることを職掌としている美術館が、収蔵作品の画像をインターネットに公開していないのは非合理的に見える。東京国立近代美術館には現在小林作品が8点収蔵され、そのうち油彩画の2点が公開されていた。作品を保管している国立美術館であれば、公共財としてすべての所蔵品画像をサムネイルでもよいのでスピーディーに公開、または公開できない場合は理由を明示してもらいたい。
セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって、コピー防止と拡大表示ができるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]



参考文献

本江邦夫「光の子──小林正人の新作について」『小林正人 絵画の子』パンフレット, 1992.6, 佐谷画廊
図録『現代美術への視点 絵画、唯一なるもの』1995, 東京国立近代美術館
和田浩一「横溢する明るい場所──小林正人の絵画」『小林正人展 図録』第2版, pp.8-13, 2000, 2001, 宮城県美術館
小林正人, ヤン・フート, 長谷川祐子, 和田浩一, 通訳:木幡和枝「オープン・ディスカッション〔小林正人の絵画〕」『小林正人展 図録』第2版, pp.84-93, 2000, 2001, 宮城県美術館
小林正人, ヤン・フート, 通訳:木幡和枝「小林正人展 ギャラリー・ツアー」『小林正人展 図録』第2版, pp.94-101, 2000, 2001, 宮城県美術館
Webサイト:木戸英行「小林正人展」『artscape』2000(http://www.dnp.co.jp/museum/nmp/artscape/recom/0009/fukushima/kido.html)2011.6.3, 大日本印刷
真壁佳織「小林正人 名前のない絵画」『美術手帖』第53巻通巻798号pp.121-128, 2001.1.1, 美術出版社
保坂健二朗「[作品研究]新たなる存在を宣言するタイトル──小林正人の《絵画=空》をめぐって」『現代の眼』No.526, pp.12-14, 2001, 東京国立近代美術館
保坂健二朗「[死よりも生を]と美術館は叫べるか クリスチャン・ボルタンスキーと小林正人」『美術フォーラム21』第8号, pp.103-107, 2003.6.27, 醍醐書房
鷹見明彦「画家たちの美術史 小林正人 絵画から星空までの距離」『美術手帖』第55巻通巻842号, pp.115-118, 2003.12.1, 美術出版社
Webサイト:保坂健二朗「眼を開けるのは、天使に出会うため」『ShugoArts』2004(http://www.shugoarts.com/jp/kobayashitext3.html)2011.6.3, シュウゴアーツ
Webサイト:d「小林正人 星の絵の具」」『Livinity』2004.10.17(http://livinity.jugem.jp/?eid=43)2011.6.3, d
保坂健二朗「すばる文学カフェ[ひと]小林正人」『すばる』pp.200-203, 2005.3.1, 集英社
本江邦夫「小林正人──明るさについて」『現代日本絵画』pp.90-101, 2006.12, みすず書房
荒木 和「小林正人(画家)2007年11月2日」『現代の眼』No.568, pp.5-6, 2008, 東京国立近代美術館
奈良美智・高嶺格・保坂健二朗, 構成:代島治彦「アウトサイダー・アートへのまなざし。あこがれと戸惑いと、ときどきコンプレックス」『アウトサイダー・アートの作家たち』大西暢夫:写真, ボーダレス・アートミュージアムNO-MA:編, pp.118-131, 2010.3.10, 角川学芸出版
Webサイト:保坂健二朗「アートから考える建築アーカイヴの未来」『ARTandARCHITECTURE REVIEW』2010.5(http://aar.art-it.asia/u/admin_edit1/z7dS1p3JHQgkYGfvPioc)2011.6.3, アートイット
保坂健二朗「Interview」『100人で語る美術館の未来』福原義春:編, pp.199-205, 2011.2.25, 慶應義塾大学出版会
Webサイト:Thomas Caron「小林正人 STARRY PAINT」『ShugoArts』(http://www.shugoarts.com/jp/kobayashitext4.html)2011.6.3, シュウゴアーツ
Webサイト:古谷利裕「描く力/明るさの滞留/内在性(小林正人の絵画について)」『無名アーティストのWildLife』(http://www008.upp.so-net.ne.jp/wildlife/kobayashi.html)2011.6.3, 古谷利裕
Webサイト:「小林正人」『ShugoArts』(http://www.shugoarts.com/jp/kobayashi.html)2011.6.3, シュウゴアーツ

2011年6月

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