2018年10月15日号
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アート・アーカイブ探求

郭煕《早春図》還流する自然の生気──「塚本麿充」

影山幸一

2018年09月15日号

郭煕《早春図》1072(北宋・熙寧5)年、絹本墨画淡彩
一幅、158.3×108.1cm、台北・國立故宮博物院蔵
© National Palace Museum / DNPartcom 無許可転載・転用を禁止

一千年前の墨エネルギー

一枚の風景画に畏れを抱くほどの巨大な自然のパワーを感じた。屹立した厳しい山容と複雑に入り組んだ谷、滝壺にはとめどなく水しぶきが上がっているにちがいない。とどまることなく動く風や水。遠方には川が見える。天空に湧き出る雲にも似た山や岩は、黒々として不気味だ。「中国絵画の最高傑作、東アジア絵画の最高峰」という一文が『美術の力』(宮下規久朗著、光文社、2018)に書かれていなければじっくりと見入ることはしなかったかもしれない。欧米のアート情報に敏感であっても、隣国中国の美術には縁遠かったことにハッとした。

世界の四大文明(中国・エジプト・メソポタミア・インダス)のなかで、唯一中国文明だけがいまも維持されている。中国の水墨画と言えば、これまで画僧の牧谿(もっけい、生没年未詳)や宮廷画家であった夏珪(かけい、生没年未詳)らの優しい画風で満たされていたようだ。しかし、畏怖さえ覚えるこの水墨画は大画面の迫力で墨のエネルギーが強い。徐々に細部が見えてくると雄大な景観をドローンに乗って浮遊している気分になってくる。とげとげしい奇妙な形の樹木に霧がかかり静寂で幻想的だが、滝が流れ山の麓には人々の姿が見えて生活感もある。墨の濃淡を活かした陰と陽の空間表現は、ダイナミックかつ繊細な中国絵画の神髄のように思えてきた。いまから一千年前、日本の平安時代に制作された作品という。中国の画家、郭煕(かくき)の《早春図》(台北・國立故宮博物院蔵)である。

東京大学東洋文化研究所の塚本麿充(まろみつ)准教授(以下、塚本氏)に《早春図》の見方を伺ってみたいと思った。塚本氏は、大和文華館で学芸員をしていた2008年に日本で初めて李郭系山水画の世界を紹介した『特別展 崇高なる山水─中国・朝鮮、李郭系山水画の系譜─』を企画。それは北宋時代(960-1127)の宮廷画家であった郭煕が、五代時代(907-960)の文人画家である李成(りせい、919-967)を受け継いだ、山水画の一様式を展示した展覧会であった。また塚本氏の著書『北宋絵画史の成立』(中央公論美術出版、2016)では、郭煕の《早春図》を巻頭カラーページに掲載し、《早春図》について探究されている。東京・本郷の東京大学にある東洋文化研究所へ向かった。


塚本麿充氏

アジアを知らなくする社会システム

昆虫の標本展が開催されていた東京大学総合研究博物館に隣接した東洋文化研究所。研究室のドアをノックしたところ後ろから塚本氏が現われた。塚本氏は、たたみ一畳ほどの《早春図》の実物大複製品を、研究室に掛けて準備をしてくれていた。

1976年福井県福井市に生まれた塚本氏は、家が古美術商を営んでいたため、古物に囲まれた日常だったという。祖父は漆作家で梅澤隆真(1875-1953)の弟子、柴田是真(ぜしん、1807-1891)の孫弟子にあたる。小学校の頃から仏像が好きだったという塚本氏は、中学・高校生を対象とした博物館の体験講座に参加し、火おこしやしめ縄づくりなどの実践が面白く、後日「おじさんみたいになりたいのだけど、どうしたらいいの」と、博物館の学芸員を訪ねて聞きに行った。学芸員は「美術史か、考古学の方へ行ったほうがいい」と言い、「何が好きなの」と尋ねられたので「仏画か、仏像を研究したい」と答えると「東北大学の有賀先生か、九州大学の平田先生」と教えてくれた。塚本氏は両校を受験し、東北大学の美術史に入学した。

大学へ入ると視野が広がった。特に集中講義で東京大学の小川裕充(ひろみつ、1948-)先生に初めて見せていただいた中国の水墨画にはびっくりしたと言う。「2つ驚いたことがありまして、ひとつは《早春図》の複製画でしたが、絵のすごさというか、その場に漂う気がすごかった。心をわしづかみにされてしまった。こんな絵がこの世の中にあるんだということ。もうひとつは、こんなにすごい絵の存在をいままで誰も教えてくれなかったということ。この2つ目のびっくりは、結構大事なことです。僕たちは、多くの古美術や美術品に触れていたつもりだった。しかし、その世界は誰かがつくった世界だった。隣の中国のことさえよくは知らなかった。私はこれを『アジアを知らなくする社会システム』と呼んでいますが、システムとしてアジアを教えていない。どんどん知らなくなって中国や、アジアに関しては暗黒のようなイメージが広がる仕組みが社会に存在することに気づき、日本美術の研究より、中国美術の研究のほうが面白いと思った。作品が面白いというのもあるが、社会認識的な広がりにも関心がありました」と塚本氏は述べた。

画論『林泉高致集』

中国の北宋時代[表1]を代表する郭煕は、中国絵画史のなかでも最も影響力のあった画家のひとりである。前半生は不明だが、1000年頃に黄河北側の黄土高原が広がる河陽温県(現:河南省温県)に生まれた。70歳頃に北宋第6代皇帝・神宗(しんそう、1048-1085)の信任により宰相となった王安石(おうあんせき、1021-1086)の新法改革を契機に都の開封(かいほう)に上ると、神宗の寵愛を受けて宮廷画家となった。


表1 中国と日本の時代区分

郭煕が描く大画面の山水画は、都市の障壁を埋め、北宋に新興した士大夫(したいふ)たちの鑑賞を満足させる媒体となる。北宋の王朝が追求してきた宮廷コレクションの保存・公開施設である「三館秘閣」の活動と結びつき、皇帝と宮廷の殿閣を飾るにふさわしい画家としての地位を郭煕は獲得した。皇帝は、高麗からの来貢(らいこう)に郭煕画を下賜し、朝鮮半島では李郭系の山水が大流行した。しかし、1085(元豊8)年に若き皇帝であった神宗が38歳で崩ずると、北宋第8代の皇帝となった神宗の息子である徽宗(きそう、1082-1135)は、宮廷から郭熙の絹本山水画を取り外し、雑巾として使用させたという。

郭煕の絵画作品《早春図》と、郭煕の子である郭思(かくし)が編纂した山水画の画論である『林泉高致集(りんせんこうちしゅう)』は歴史に残り、作品と理論がセットとなって後世の中国絵画へ大きな影響を与えていった。『林泉高致集』には、北宋の画家の自然観、山水画の技法、地方画風を集大成させた総合様式など、《早春図》の技法とともに書かれており、山水は常に“気”(生命)を帯びて生きていると郭煕がとらえていたことがわかる。

明代末に文人であった董其昌(とうきしょう、1555-1636)は、文人画(士大夫の画風)を絵画の最高の様式として「南宗(なんしゅう)画」と命名し、それに対して「北宗(ほくしゅう)画」(院体画〔宮廷画院の画風〕)を唱え、中国画の系譜を二派に分けて『画禅室随筆』に書き残した。李成・郭煕に由来する華北系の李郭派は力強い構成が特徴の北宗画、董源(とうげん、生没年未詳)・巨然(きょねん、生没年未詳)に由来する江南系の董巨派は柔らかい筆跡が特徴の南宗画に分類された。

李成に私淑していた郭熙は、山水画の二手法(透視遠近法★1・基本構図法★2)、二原理(構成原理★3・造形原理★4)を確立していった。人物画が世界の絵画の中心であることが多いが、中国美術史家の小川裕充氏は、中国では北宋時代以降、山水画が絵画の中心であり、《早春図》は「人類史上最古の統一的な透視遠近法的手法を採る作品であることにこそ、何よりも重要な本質が存する」(小川裕充『美術史論叢』19、p.69)と述べている。

★1──「空気遠近法や色彩遠近法と並ぶ、透視図法的な遠近法、あるいは透視図法に準ずる遠近法の意である。(略)言い換えれば、画面上下辺に平行な直線を任意の高さに引くと、それより上には空が広がり、下には地面ないし水面が望める地平線となる」(小川裕充『特別展 崇高なる山水』図録p.8)

★2──一水両岸、両水一岸、一水一岸の三構図。早春図は一水両岸構図を2つ用いている。

★3──「天象や地形、人物や草木・鳥獣、建物や橋梁・船舶など、個々の表現素材を第一次的な要素とし、それら複数の表現素材から構成される一定面積を占める素材空間を第二次的なそれとし、それら複数の素材空間から構成される相当の面積を占める絵画空間を第三次的な要素としつつ、透視遠近法により構築される空間に基本構図を踏まえつつそれらの諸要素を適宜配置して、より高大な画軸や長大な画巻などを構成してゆく、簡潔このうえない原理である」(小川裕充『特別展 崇高なる山水』図録p.9)

★4──「子供から大人まで、誰もがもつ視覚的な連想能力、すなわち山と問えば川と答えるような言語的な連想能力に対して、雲を見れば雲ではなく山と見る視覚的なその能力を駆使して、透視遠近法空間に基本構図を踏まえつつ適宜配置される山容や岩塊などの個々の表現素材を多様かつ自然に画き出すことを可能にする、極めて単純かつ明快な原理である」(小川裕充『特別展 崇高なる山水』図録p.9)

【早春図の見方】

(1)タイトル

早春図(そうしゅんず)。英題:Early Spring。

(2)モチーフ

木、山、滝、川、岩、霞、人、犬、舟、建物、空。

(3)制作年

北宋、熙寧(きねい)5年。1072年。郭煕70歳くらいの作品。

(4)画材

絹本墨画淡彩。着色は染料。

(5)サイズ

縦158.3×横108.1cm。一幅。

(6)構図

画面の中央を交点として十字線を引き四分割すると、絵の主眼が見えやすくなる。縦の線に沿って山が聳え、左側は視線を奥へ誘い、右側は山と靄で視線を遮っている。横の線より上部は神仙の世界、下部には人々の生活がある。また前景の中央部の双松を中心として、右に枯木、左に常緑樹を配して三角形をつくっているが、この双松から中景の松、後景の松へと樹高が一、二分の一、四分の一と小さくなる透視遠近法となり、《早春図》以後、伝統山水画の規範となった。中国絵画の遠近法「三遠(さんえん)★5」を用いた重層構築的な空間構成。

★5──中国山水画における3つの基本的な視点のこと。下から高い山を見上げる「高遠」(仰角視)、近山から遠山を眺望する「平遠」(水平視)、山の前側から山の背後までをのぞむ「深遠」(俯瞰視)をいう。唐代(618-907)に始まったとされ、郭煕の画論書『林泉高致集』で説かれている。

(7)色彩

黒、灰、青、朱。青味のある墨、赤味のある墨など、墨の特長を生かして的確に墨の濃淡を使っている。滝の水の部分のみが絹の地色と思われる。

(8)技法

木炭で全体のあたりをつけ、三遠と合わせた緻密な透視遠近法により、早春のしっとりとした神仙風景を描いた。入道雲のように描かれた雲頭皴(うんとうしゅん)と呼ばれる岩と、蟹の爪のような蟹爪樹(かいそうじゅ)と呼ばれる枯樹[図1]の描法が特徴的である。楼閣は、定規を使って直線を引く界画(かいが)という手法で描かれている。岩や谷、樹幹と梢など、描く対象物に応じて筆や墨を使い分け、淡墨を重ね塗りするなど描き方も変える精緻な筆墨技巧。

図1 蟹爪樹(《早春図》部分)

(9)落款(※鑑蔵印の解説参照)

左側中段に「早春 壬子秊 郭煕畫」の署名と「郭煕筆」の朱文方印。壬子(みずのえね)は煕寧5年(1072)にあたる。文字が未熟なところがポイント。次の時代から絵を描く人は文人になってくるため、文字が上手になってくるが、郭煕は職人のため文字が下手だった。右上には後世、清代の6代皇帝・乾隆帝(けんりゅうてい、1711-1799)によって書き足された七言絶句が墨書されている(樹纔發葉溪開凍 樓閣仙居最上層 不借桃花聞點綴 春山早見氣如蒸)。

(10)鑑賞のポイント

画面の右手が東で、左手が西、正面側が南で、奥側が北という中国絵画の法則がある。東(右手)に昇った太陽が、左下の水面を明るく照らしている。右手の山陰の滝から落ちてきた水面は、暗く幽玄で冷たく澄んでいる。長い冬が終わり、もの皆萌え出る春が始まっており、風雪を耐え忍んできた漁夫の一家にも春が訪れようとしている。楼閣を目指す旅人や、天秤で荷物を担ぐ女が見え、子どもを連れ幼子を抱く母の姿には母性を感じる[図2]。人間の営みを一つひとつ詳細に描き込みながらも、壮大な宇宙感を表わす。当時の国風や人民の倫理秩序を象徴しているという解釈もあるが、圧倒的な崇高感は、大自然の気の端的な表現から起こる。画面に吸い込まれていくような雄大な大気表現は、小さな人事をも包み込み、不可視で巨大な自然の秩序の存在を観者に抱かせる。黄土丘陵地帯の山東省出身の李成が描く平遠形式と、深い谷や巨山の地・陝西(せんせい)省出身の范寛(はんかん、950頃-1031)が描く高遠形式、温暖多雨の江西(こうせい)省出身の董源の緩やかな淡墨を集大成した郭熙。その画風を宮廷絵画様式として李郭派の本質的な表現とした。中央に聳える主山を皇帝とし、皇帝を中心とする安寧な理想世界を、幻想と現実を合わせて生き生きと描き出したスケールの大きい北宋絵画の傑作。現存唯一の郭煕の真筆であり、中国山水画史に名を残す国宝の絵画作品である。

図2 幼子を抱く母(《早春図》部分)

鑑蔵印

「乾隆御覽之寶」「乾隆鑑賞」「石渠寶笈」「三希堂精鑑璽」「宜子孫」「養心殿鑑藏寶」「石渠繼鑑」「嘉慶御覽之寶」「宣統御覽之寶」「宣統鑑賞」「無逸齋精鑒璽」「明昌御覽」「司印(半印)」「真賞」「珍秘」「丹誠」「琴書堂」「都尉耿信公書畫之章」「公」「信公珍賞」「宜爾子孫」「東平」「阿爾喜普之印」「御賜忠孝堂長白山索氏珍藏」「九如清玩」「也園珍賞」「道濟書府」「仲雅」「善卿」「肅齋」(Webサイト:『國立故宮博物院』より)。

※《早春図》に押印されている歴代所有者の鑑蔵印について塚本氏の解説。

本作には「明昌御覽」印が押され、北宋を離れ、その文化を摂取した金の章宗(在位1190-1208)の内府に収蔵されたと考えられる。その後は明の「司印」半印があり、明太祖の第三子である晋王朱棡(1358-1398)の「道濟書府」印があるため、この頃には明内府を経て晋王府へ移ったのであろう。その後一度民間に出たと考えられ、明末から清初にかけて書画骨董を扱って江南諸地を巡った呉其貞(安徽新安人、〔1609〜12?-1678〜81?〕)の膨大な筆記『書画記』巻六には「識八小楷字曰早春壬子年郭煕畫」として「春雪図絹畫二大幅」が記され(人民美術出版社本)、康煕十一年(1672)には南京の陳師仲のもとにあった可能性が高い。その後再び北京に上り、清初の功臣であった耿昭忠(1640-1686)の琴書堂、索額図(?-1703)の収蔵を経た。索額図には二人の子がいたが、その次子阿爾吉善(?-1708)が本図の印章の「阿爾喜普」である可能性が指摘されている。阿爾吉善兄弟は康煕四八年(1708年に康煕帝より死を賜るため、その後多くの書画とともに清宮に入ったのであろう。『石渠宝笈』初編・貯養心殿・巻七(乾隆十年〔1745〕)に著録され、現在に至る。
──塚本麿充『特別展 崇高なる山水』図録(p.169)。

永遠の未完成

《早春図》の下方には、自分たちの生活しか見えていない庶民の世界が描かれている。左下には、おばあちゃんとお母さんと2人の息子。右下には漁をしているおじいちゃんとお父さん。親子孫三世代が共に暮らす「三世同堂」の幸せな家族の様子が表わされている。旅人は、科挙(かきょ)に合格した士大夫かもしれない。庶民から抜け出して社会を担っていく。士大夫が上がって行く先には世界の中心の須弥山(しゅみせん)がある。郭煕は画論『林泉高致集』のなかで主山は皇帝の姿と記している。右の建築物が宮廷であり、そこから水が流れ、庶民の暮らしを潤している。皇帝から庶民へと循環するイメージである。

一般に、絵画の芸術性というのは、画面の向こう側にあるが、中国絵画は画面のこちら側(鑑賞者)にイマジネーションをつくらせると言う塚本氏。絵の気と人とが感応して作品は完成する。北宋時代から南宋時代の10〜13世紀にかけて中国では写実が完成に近づき、抽象画へと向かった。西洋が写実を20世紀まで追求してきたのに比べ、1000年ほど中国は早く抽象画が生まれているという。また中国の絵画は、作品の後ろや余白に題跋★6が記されて、その歴代の所有者が感想を書き重ねていていく特徴があり、永遠の未完成が中国絵画なのだという。

また、塚本氏は「《早春図》は郭煕の心の像を映したのではないか。そうでないならば、これほど生き生きとは描けない。そしてこの《早春図》はオフィシャルな特別な絵であり、宮廷の壁に掛けて鑑賞するために大画面となっている。郭熙はとりとめのない墨の筆跡に、具体的なモチーフを描き込んでいくことで山水画に変化させており、部分と全体の対比が上手で、合理的な空間表現の達成が見られる。郭煕は早春の光景として、右上から靄がかかってきて、光にも見えるように描いた。これはおそらく朝の風景だと思う。春の朝、東から太陽が昇り、靄が晴れていくところを描いている。動く気の流れ。山水画はすべて気からできている。郭煕の発見は視覚だけでなく、皮膚感覚などの知覚だった。気というのは雲のように動いており、《早春図》は永遠に動いているように感じる」と語る。

★6──題は書画の巻頭や余白に書く短文であり、多くは書画に対する感想が書かれる。跋は書画の末につける文章。

蘇ってきた山水画

李郭派作品は、日本が最大の保有国になっているという。李郭派とそれに連なる明代の浙派(せっぱ)や、清代の袁派(えんぱ)、朝鮮王朝の山水画へと李郭派は伝承されていった。東洋山水画の原点のひとつとも言われる李成の代表作《喬松平遠図(きょうしょうへいえんず)》が、三重県の澄懐堂美術館に所蔵され、郭煕唯一の真筆《早春図》は、中華民族の文化資産を保管する世界四大博物館のひとつ台湾の台北・國立故宮博物院に保存されている。

日本では奈良時代から中国絵画が収集され、室町時代を中心に伝来した中国絵画を「古渡り」、江戸時代に伝来した明清画を「中渡り」、明治以降に伝来したものを「新渡り」と呼ぶ。

1235年、京都・東福寺を開いた臨済宗の僧・円爾(えんに、1202-1280)が南宋へ渡り、無準師範(ぶじゅんしはん、1177-1249)という臨済宗の禅僧から法を嗣いだ。その無準師範の弟子が牧谿だったと塚本氏。日本人の円爾と牧谿は兄弟弟子であり、円爾は中国の寺院でたくさん水墨画を見て日本へ持って帰ってきたという。ところが僧侶のため宮廷絵画である《早春図》のような李郭系山水画はまったく見られなかった。そのため私たち日本人の見ていた中国絵画は、南宋時代の諸大家や浙派を個性化した雪舟(1420-1506?)や、東山御物の絵画、南宗画など一部になったという。

塚本氏は「《早春図》が世界に発見されたのは、戦後台北の國立故宮博物院のコレクションが公開された1960年代以降。それまでは郭煕の名前だけが知られ、確証のもてる郭煕作品は誰も知らなかった。1960年にジェームス・ケーヒル(James Cahill)というアメリカ人研究者が國立故宮博物院で所蔵品の写真を撮り、北宋絵画を分類し始めてわかってきた。台北の國立故宮博物院にあったということは、清の皇帝が持っていたということなので、《早春図》の存在はわからなかった」と語った。

人々の営みと自然の形象を通して、目に見えない気というものの荘厳さや壮大な宇宙感を漂わせている《早春図》。一千年前の山水画が蘇ってきた。改めていま、中国美術を見直す必要があるのかもしれない。



塚本麿充(つかもと・まろみつ)

東京大学東洋文化研究所東アジア第二部門東アジア美術研究室准教授。1976年福井県福井市生まれ。1999年東北大学文学部史学科東洋・日本美術史専攻卒業、 2001年同大学大学院文学研究科歴史科学専攻東洋・日本美術史博士課程前期修了、2001年4月同博士課程後期入学後、中国・南京師範大学美術学院(2001.9〜2003.8)、国立台湾大学芸術史研究所に留学(2003.9〜2004.8)。2005年財団法人大和文華館学芸部部員、2010年東京国立博物館研究員、2011年東北大学博士(文学)取得、2015年より現職 。専門:中国美術史。所属学会:美術史学会。主な受賞:第21回國華賞展覧会図録賞(『崇高なる山水展』、2009)、第24回國華賞(「皇帝の文物と北宋初期の開封」〔『美術研究』、2012〕)、第7回三島海雲学術賞人文科学部門(『北宋絵画史の成立』、2018)。主な編著書:『崇高なる山水──中国・朝鮮、李郭系山水画の系譜展』(図録、大和文華館、2008)、『中国書画探訪──関西の収蔵家とその名品』(共著、二玄社、2012)、『北京故宮博物院200選展』(図録、東京国立博物館、2012)、『台北 國立故宮博物院──神品至宝展』(図録、東京国立博物館、2014)、『北宋絵画史の成立』(中央公論美術出版、2016)など。

郭煕(かくき)

中国の宮廷画家。生没年未詳(1000頃?-1090頃)。河南省河陽温県の出身。字は淳夫(じゅんぷ)、新法の改革(1069)によって神宗に召され、新しい政庁や寺などの壁面に大規模な山水画を描いた。李成・范寛の画風を受け継ぎ、蘇軾や黄庭堅などの文人に支持され、李郭派として後世にも影響を与えた。郭煕の言葉を息子の郭思が山水画論『林泉高致集』としてまとめた。主な作品:《早春図》。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:早春図。作者:影山幸一。主題:世界の絵画。内容記述:郭煕(Guo Xi)《早春図(Early Spring)》1072(北宋・熙寧5)年、絹本墨画淡彩、一幅、縦158.3×横108.1cm、台北・國立故宮博物院蔵。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者: 台北・國立故宮博物院、(株)DNPアートコミュニケーションズ。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop形式18.8MB(300dpi、RGB、 8bit)。資源識別子:LOCK_K2A000053N000000000PAA.tif(20.0MB、300dpi、RGB、8bit、カラーガイド・グレースケールなし)。情報源:(株)DNPアートコミュニケーションズ。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:台北・國立故宮博物院、(株)DNPアートコミュニケーションズ。



【画像製作レポート】

《早春図》の画像は、DNPアートコミュニケーションズ(DNPAC)へメールで依頼した。後日、URLの記載があるDNPACのメールから作品画像をダウンロードして入手(20.0MB、300dpi、RGB、8bit、カラーガイド・グレースケールなし)。作品画像の掲載は1年間。
iMac 21インチモニターをEye-One Display2(X-Rite)によってモニター画面を調整する。《早春図》の画像と、複数の書籍の作品写真とを比較しながら色彩調整を行ない、絵の縁に合わせて切り抜いた。墨のグラデーションによる深遠な表現である墨画淡彩であるだけに、カラーガイド・グレースケールがあった方が色彩の精度が上がると思う。絵画作品のデジタル画像には、300dpi、TIFF形式、カラーガイド・グレースケールつきなどの基準があるとよいのではないでしょうか。
セキュリティを考慮して、高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」を用い、拡大表示を可能としている。



参考文献

・山岡泰造「水墨画に関する一考──郭煕の早春図と林泉高致について」(『哲学研究』44(9)第515号、京都哲学会、1970.7、pp.37-64)
・新藤武弘「台北・故宮博物院の范寛と郭煕──原色版(8)秘蔵」(『芸術新潮』25(2)通巻290号、新潮社、1974.2、pp.124-130)
・曽布川寛「郭煕と早春図」(『東洋史研究』第35巻第4号、東洋史研究会、1977.3、pp.625-650)
・小川裕充「唐宋山水画史におけるイマジネーション─潑墨から『早春図』『瀟湘臥游図巻』まで(上)」(『國華』第1034号、國華社、1980.6.20、pp.5-17)
・小川裕充「唐宋山水画史におけるイマジネーション─潑墨から『早春図』『瀟湘臥游図巻』まで(中)」(『國華』第1035号、國華社、1980.7.1、pp.35-45)
・小川裕充「郭煕筆 早春図」(『國華』第1035号、國華社、1980.7.1、pp.14-19)
・小川裕充「唐宋山水画史におけるイマジネーション─潑墨から『早春図』『瀟湘臥游図巻』まで(下)」(『國華』第1036号、國華社、1980.7.20、pp.25-36)
・鈴木敬「『林泉高致集』の『画記』と郭煕について」(『美術史』109号、便利堂、1980.11、pp.1-11)
・小川裕充「『院中の名畫』──董羽・巨然・燕肅から郭煕まで」(『鈴木敬先生還暦記念 中國繪畫史論集』吉川弘文館、1981、pp.23-85)
・小川裕充「中国 山水画百選 郭煕 早春図」(『東方』No.105、東方書店、1989.12、p.12)
・河野道房「中国絵画の空間表現──大観的山水画の虚と実と」(『芸術の理論と歴史』思文閣出版、1990、pp.334-342)
・河野道房「中国の鑑賞論──絵画論を中心に」(『美学』第160号、美術出版社、1990.3、pp.36-46)
・小川裕充監修『故宮博物院 第1巻 南北朝〜北宋の絵画』(日本放送出版会、1997)
・『芸術新潮』49(9)通巻585号(新潮社、1998.9)
・小川裕充「北宋の絵画」(『世界美術大全集・東洋編 第5巻 五代・北宋・遼・西夏』小学館、1998、pp.87-95)
・ジュディ・オング『ジュディの中国絵画っておもしろい』(二玄社、2000)
・小川裕充「中国山水画の透視遠近法──郭煕のそれを中心に」(『美術史論叢』19、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部美術史研究室、2003.2、pp.63-71)
・『別冊太陽』日本のこころ124号(新潮社、2003)
・塚本麿充「古物がつくる社会:中華の宝、台湾の誇り──國立故宮博物院八〇周年『大観──北宋書画、汝窯、宋版図書特展』参観記」(『LOTUS』第27号、日本フェノロサ学会、2007.3、pp.38-41)
・小川裕充『臥遊 中国山水画──その世界』(中央公論美術出版、2008)
・図録『特別展 崇高なる山水─中国・朝鮮、李郭系山水画の系譜─』(大和文華館、2008)
・塚本麿充「『崇高なる山水展』:李郭派山水と東アジア世界」(『明日の東洋学』No.24、東京大学東洋文化研究所附属東洋学研究情報センター、2010.11、pp.1-3)
・曽布川寛監修『中国書画探訪 関西の収蔵家とその名品』(二玄社、2011)
・塚本麿充「日本絵画の源流 中国の絵画」(『東洋美術をめぐる旅 東京国立博物館 東洋館』平凡社、2013、pp.74-75)
・塚本麿充「中国絵画史における『人格』と『かたち』──呉彬『山陰道上図巻』と価値評価の構造」(『「かたち」再考 開かれた語りのために』平凡社、2014、pp.277-299)
・竹浪遠『唐宋山水画研究』(中央公論美術出版、2015)
・塚本麿充「『日本が見た中国』という誤解の系譜」(『美術手帖』No.1032、美術出版社、2016.1、pp.97-103)
・塚本麿充「第6章 中国 I書画」(『東洋美術史』武蔵野美術大学出版局、2016、pp.177-207)
・塚本麿充『北宋絵画史の成立』(中央公論美術出版、2016)
・山本英史『中国の歴史〈増補改訂版〉』(河出書房新社、2016)
・宮下規久朗『美術の力 表現の原点を辿る』(光文社、2018)
・Webサイト:荒井雄三「中国絵画史ノート 宋時代 郭煕と『林泉高致』」(『琴詩書画巣』)2018.8.25閲覧(http://www.geocities.jp/qsshc/cpaint/china8.html
・Webサイト:塚本麿充「〔崇高なる山水─中国・朝鮮、李郭系山水画の系譜─展によせて〕日本人と郭煕山水」(『季刊 美のたより』No.164、2008.10.11、大和文華館)2018.8.25閲覧(http://www.kintetsu-g-hd.co.jp/culture/yamato/shuppan/binotayori/pdf/164/2008_164_2.pdf
・Webサイト:「宋 郭煕 早春図 軸」(『國立故宮博物院』)2018.8.25閲覧(https://www.npm.gov.tw/exh100/treasures/jp/img7_1.html
・Webサイト:「書画典蔵資料検索系統 宋郭煕早春図 軸」(『國立故宮博物院』)2018.9.7閲覧
http://painting.npm.gov.tw/Painting_Page.aspx?dep=P&PaintingId=47




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2018年9月

  • 郭煕《早春図》還流する自然の生気──「塚本麿充」

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