アート・アーカイブ探求

押江千衣子《オアシス》──普通の自然に意識を向ける「大島賛都」

影山幸一

2009年05月15日号

普通のあり方

 幼稚園のころから学校の先生になりたいと思っていた押江は、絵は好きだったが大学でも画家になろうとは思わず、大学院卒業時に初めて画廊で作品が売れて驚いたそうだ。押江は、1969年大阪府枚方市に生まれ育った。1995年京都市立芸術大学大学院を修了し、2001年にタカシマヤ美術賞、VOCA賞、京都市芸術新人賞を受賞した。2003年には作品集『目をすます』を刊行した後、文化庁の新進芸術家海外留学制度によりベルギーに2年間滞在している。2008年は大原美術館の美術家滞在制作プログラム「ARKO」に参加した。匂い立つような色彩の植物画がシンボルの女性画家である。
 《オアシス》は、2001年に「タカシマヤ文化基金設立10周年記念 タカシマヤ美術賞展」のために描かれたものだ。「犬の散歩をしながら、開発されていく風景がいつまでもあるわけではないと思った。人にとってはどうでもいい草花、雑草でも、私にとってはままごとをしていた思い出のある雑草。睡蓮はずっといいと思っていた。草花を育ててみようというところから《オアシス》は始まった。今までは採ってきた草花を手にもって描いていたが、睡蓮は手にもてないので水と葉の関係を観察することになった。目に写るものを全部描いていたら絵にならない。描くところと減らすところを考えていた。光のあたり方で色も変わるので写真に撮って参考にして描いた。目の前にあるのは一瞬。一瞬だけが現実。どんどん変わっていく現実を絵に写し取っていくというのは、難しい。だけど切り取られた写真のようにはしたくない。画面の中で植物が生き続けられたらいいなぁという思いがある。画面に余白が多いのも完成せず、いつでも動き出せる状態でいてほしいとのことから。描くことと育てることは似ている気がする」と《オアシス》について押江は述べた。
 押江は、自分に取って大事なものを描いていけばいいと思ってきた。人間がさぼっていても植物は四季に応じて変化して、普通に生きている。押江に取っての絵は普通の生活の中から出てこなければいけないと言う。自分に正直にやれているか、いつも悩みながら描いている。大島氏は、押江について植物を描くという根源的で普通のあり方をしていると見ている。

指先から生まれる

 《オアシス》が収蔵されている西新宿に位置する東京オペラシティアートギャラリーは、1995年12月、民間事業者6社により設立された東京オペラシティ文化財団によって運営管理されている美術館である。1999年9月にアートギャラリーが開館し、20世紀以降のアートを中心に年4回ほど企画展が開催されている。東京オペラシティコレクションは個人コレクター寺田小太郎氏が「東洋的抽象」や「ブラック&ホワイト」などのテーマで収集した絵画、版画、彫刻など約2,600点から成り、日本の抽象絵画を代表する難波田龍起の作品を数多く収蔵している。大島氏は、自ら造園家でもあり、自然をこよなく愛する寺田氏の感性と押江の作品は大いに触れ合うところがあったのだろうと言う。
 縦227.3×横324.2cmの大画面、睡蓮の葉は人の顔より大きく、金魚も30cmくらいに描かれているはずだから、《オアシス》の前では虹色に包まれる幸福感のようなものを味わえるかもしれない。押江作品の緑色の奥深さに引き込まれ、全身で体験する絵だと思った。画集やWebでは体験できない。画面左側に葉が多く、右側は赤い花一輪がポイントでバランスを取っており、緑色から黄色への滑らかなグラデーションでも押江の緑色は冴えて見える。寡黙でありながら動じない強い生命力を秘めた緑色。マットな表面ながら、植物の潤いを感じさせる輝きのある透明感は、水蒸気も描こうとしているのか。緑色に親しみを感じるのが人間だとすれば、その色の源は命を育む水につながりそうだ。透明な水を豊かな色彩に変えて、押江はこれからも指先で絵を描いていくはずである。


主な日本の画家年表
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【画像製作レポート】

 作品の収蔵先である東京オペラシティアートギャラリーのポジフィルムは、西村画廊のデュープということから、西村画廊の4×5カラーポジフィルム(カラーガイド付き)を借用してデジタル画像を製作した。今回は初めてプロラボに出してみた。依頼してから2日、20MBで2,100円。Web用ということで300dpi・RGB各色8bitでフラットベッドスキャニングとなった。個人でのデジタル化との違いがPC画面で認識できるだろうか。おそらくこのレベルでは大きな違いはない。デジタル画像を製作する時間と安心感を買ったと思えば妥当なところと思う。作品集を基にiMac21インチ液晶ディスプレイで目視よって、デジタル画像をカラー調整した。多彩な色は実物を見ながら正確に調整したいが、今回は手許にある作品集に近付けた。Photoshop形式・15.6MBに画像データを保存。セキュリティーを考慮して、画像には電子透かし「Digimarc」を埋め込み、高解像度画像高速表示Flashデータ「ZOOFLA」によって拡大表示できるようにしている。
[2021年4月、Flashのサポート終了にともない高解像度画像高速表示データ「ZOOFLA for HTML5」に変換しました]




大島賛都(おおしま・さんと)

サントリーミュージアム[天保山]学芸員。1964年栃木県小山市生まれ。1991年英国国立イースト・アングリア大学美術史学部卒業。オックスフォード近代美術館インターン、国際交流基金非常勤、フリーランス通訳・翻訳などを経て、1997年東京オペラシティアートギャラリー、2004年より現職。「プライム:記憶された色と形」(2000)、「リュック・タイマンス展」(2000)、「ダグ・エイケン展」(2002)、「ジャン・ヌーベル展」(2003)、「ガンダム─来るべき未来のために展」(2005)、「インシデンタル・アフェアーズ うつろいゆく日常性の美学」(2009)などを企画。

押江千衣子(おしえ・ちえこ)

画家。1969年大阪府生まれ。1995年京都市立芸術大学大学院修了。2003年文化庁新進芸術家海外留学制度によりベルギーに2年間滞在。2008年大原美術館の美術家滞在制作プログラム「ARKO」に参加。主な展覧会:個展(ギャラリーすずき, 1992)、個展(INAXギャラリー2, 1995)、「心を癒す植物─アート・ボタニカル・ガーデン」(目黒区美術館, 1996)、「NICAF ’99」(東京国際フォーラム, 1998)、「プライム─記憶された色と形」(2000, 東京オペラシティアートギャラリー)、「VOCA展2001」(上野の森美術館, 2001)、個展「旅の空」(西村画廊, 2003)、「MOTアニュアル2003 days おだやかな日々」(東京都現代美術館, 2003)、「森の中で」(田辺市立美術館・熊野古道なかへち美術館・和歌山県立美術館, 2007)、個展「In the Forest」(西村画廊, 2008)。主な受賞歴:タカシマヤ美術賞、VOCA賞、京都市芸術新人賞を受賞(すべて2001)。作品集:『目をすます Through Clear Eyes』(求龍堂, 2003)。

デジタル画像のメタデータ

タイトル:オアシス。作者:クリエイト, 影山幸一。主題:日本の絵画。内容記述:押江千衣子, 2001年制作, 縦227.3×横324.2cm, オイルパステル・油彩・キャンバス。公開者:(株)DNPアートコミュニケーションズ。寄与者:西村画廊。日付:─。資源タイプ:イメージ。フォーマット:Photoshop, 15.6MB。資源識別子:4×5カラーポジフィルム, Kodak EDUPE 121, 0133。情報源:西村画廊。言語:日本語。体系時間的・空間的範囲:─。権利関係:押江千衣子, 西村画廊, 東京オペラシティアートギャラリー

参考文献

三田晴夫「美術 天衣無縫のイメージつむぐ 押江千衣子展」『毎日新聞』2000, 2.15(夕), 毎日新聞社
図録『プライム:記憶された色と形』2000.5.27, 東京オペラシティ文化財団
降旗千賀子「豊潤な影─ささえる色・緑」図録『色の博物誌・緑─豊潤な影』2001, 目黒区美術館 『新美術新聞』「VOCA賞に押江千衣子さん」2001, 1.11/21合併号, 美術年鑑社
大西若人「ひと 指で描く絵で受賞相次ぐ画家 押江千衣子さん」『朝日新聞』2001, 1.23, 朝日新聞社
図録『VOCA展 2001 現代美術の展望─新しい平面の作家たち』2001.2, 日本美術協会・上野の森美術館
西澤美子「タカシマヤ文化基金 美術賞に押江千衣子さん、畠山耕治氏」『新美術新聞』2001, 2.11, 美術年鑑社
図録『群馬青年ビエンナーレ’01』2001.7.20, 群馬県立近代美術館
大島賛都「〔女性的なるもの〕と〔男性的なるもの〕との間の謎めいた断層」『収蔵品展013 寺田コレクションの女性作家たちを中心に』2002, 東京オペラシティアートギャラリー
図録『A★MUSE★LAND 2002 ハッピィ・バディ・ディ』2002.3.27, 北海道立近代美術館
図録『タカシマヤ文化基金設立10周年記念 タカシマヤ美術賞展』2002.1.16, 高島屋
図録『MOTアニュアル2003 おだやかな日々』2003.1, 東京都現代美術館
押江千衣子『目をすます』2003, 3.20, 求龍堂
図録『みどりのちから 日本近現代絵画にみる植物の表現』2003.4.12, 群馬県立館林美術館
『芸術新潮』「花、風景、ヌード 押江千衣子の三段跳び」p.96-p.99, 2005.4.1, 新潮社
林洋子「〔なんでもない、静かな、ふつうの風景〕を求めて」『美術手帳』通巻882号, p.175-p.178, 2006.6, 美術出版社
『新美術新聞』「大原美術館ARCO2008」2008, 4.10, 美術年鑑社
図録『OSHIE Chieko In the Forest』2008.5.13, 西村画廊

2009年5月

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