トークシリーズ:「Artwords」で読み解く現在形

[シリーズ6:“音”の現在形]聴くこと、見ること、知覚すること──音=楽=アートの現在形

畠中実/金子智太郎2013年12月15日号

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5. 批評の動向

畠中──ちょっと聞いてみたいのは、サウンド・スタディというものが、サウンド・アートの実践に影響したり、先行したりすることはあるのでしょうか。たとえば、あるメディア論が書かれたことによって、あるサウンド・アートの動向が生まれたというような例はありますか。ジョナサン・スターン★71の《MP3: The Meaning of a Format》(Duke University Press、2012)という本があり、デジタル化した音の文化を考えていますが、その後、データ音楽はどのように影響を受けているのかとか。かつて、メディア論がアートを触発するということはありました。たとえばマーシャル・マクルーハンは、ナム・ジュン・パイクやジョン・ケージに大きな影響を与えました。パイクは生涯グローバル・ヴィレッジを実現しようとしていたのだとも言えます。

金子──マクルーハンのメディア論のなかでも、グローバル・ヴィレッジが誕生するという主張はいわゆる大きな物語でした。現在サウンド・スタディがそうしたメッセージを発信しているとは思えません。ケージは確かに60年代以降さかんにマクルーハンを参照しますが、それは50年代からいわばマクルーハン的な作品をつくっていたからでした。現在のサウンド・アートとサウンド・スタディの関係はその頃よりも相互的で同時進行的になっていると感じます。先にあげたラベルやリクト、それからセス・キム=コーエン★72、フランシスコ・ロペス★73ら、自作の解説にとどまらない文章を書くアーティストがいます。日本でも大友良英さんの著作や角田俊也★74さん、杉本拓★75さん、吉村光弘★76さんの『三太』(2006- )がありますね。

畠中──2000年以降の動きに影響を与えたものには、キム・カスコーン★77による2000年の論文「失敗の美学(The aesthetics of failure: 'Post-Digital' Tendencies in Contemporary Computer Music)」がありますよね。ラップトップ・ミュージック以降の「グリッチ」の美学が、同時代的な動向として理論化されました。

金子──カスコーンの論文はそれに先立つオヴァルや刀根康尚★78さんらの作品の理論化という印象もあります。グリッチという手法は、自動生成に対する関心とソフトウェアの制限に対する反発という、一見相反する欲求から生まれてきました。あらためて考えると、かつてサウンドスケープ理論における『世界の調律』(平凡社、1986)や、デジタル映像においてレフ・マノヴィッチの『ニューメディアの言語』(みすず書房、2013)がそうだったような、2000年代のサウンド・アートを先導する理論の代表的著作というものはあまり思いつきません。
 ただ、最近畠中さんから教えていただいた、台湾で出版された林其蔚の『超越聲音藝術:前衛主義、聲音機器、聽覺現代性』(藝術家出版社、2012)は、音を使う漢字文化圏のアーティストにすごく影響を与えているそうで、面白いですね。

畠中──見出ししか読めませんが、本文中に出てくる固有名を見る限り、現代音楽、前衛音楽、サウンド・アート、そして今の状況に至るまでを貫いた、網羅的な本に思えます。

金子──辞書的に項目が立てられているわけではなくて、教科書のようにひとつながりで書かれていますね。網羅的な著作があまりなかったから、貴重な存在に感じるのかもしれません。リクトの『サウンド・アート──音楽の向こう側、耳と目の間』(フィルムアート社、2010)が邦訳されて、日本でも多少なりとも概観が見えてくるようになりましたが。

畠中──あれは、1960年代以降のニューヨークの動向という局所的な場所からのパースペクティヴで書かれているように思います。

金子──日本におけるサウンド・アートに関する議論は、それこそ『インターコミュニケーション』や、インディペンデントなものでは大谷能生★79さんの『EsPresso』、針谷周作★80さんの『salon』、Headzの『ヒアホン』などに批評の蓄積がありました。佐々木敦さんの一連の著作もそのようなものだと考えています。インターネット上のコンテンツなどもそうでしょう。

畠中──今、新しい芸術論がなかなか書かれない時代なのではないでしょうか。これまでの感性ではなかなか良いとかおもしろいと思えないようなものを突きつけられることが多くなっていますが、それに対して、誰かが理論、とまでいかなくても、見解を示してもらえるといいですね。もちろん、いろいろなことがある、ということしか言えないということも真実だとは思います。芸術一般の同時代の動向として、これはおもしろい、現在的だと思っても、それをどう言い表していいかわからない。また、なかなか他の人の見解を読むこともむずかしい。ある時代の動向に対する存在論が必要で、自分も機会があればものしていこうと思いますが、なかなか頼まれないと書かないので(笑)。まあ、ことあるごとに見解を書いていきたいとは思っています。

金子──歴史研究がその代わりを果たしているのかもしれないですね。資料のアーカイブ化が一段と進み、過去に対する認識の塗替えが現在に新しい視点をもたらすというかたちで。身の回りの音響メディアは数年前まで、録音は録音、通信は通信など、それぞれの機能ごとに分かれていた。でも、テクノロジーが生まれかけの段階では、そうではなかったことが資料を通じて見えてくる。デジタル化によって、そうした未分化のテクノロジーのあり方が復活してきたとも考えられる。こういう認識が同時代の作品や映像にどう落とし込まれていくのかを見ていくのが個人的には楽しみです。19世紀まで戻らなくても、数十年前のことでも忘れられてしまうので。

★71──Jonathan Sterne:著書に『The Audible Past: Cultural Origins of Sound Reproduction』(Duke Univ Pr.、2003)、『MP3: The Meaning of a Format(Sign, Storage, Transmission)』(Duke Univ Pr.、2012)。
★72──Seth Kim-Coen:アーティスト、ミュージシャン、批評家。http://www.kim-cohen.com/ 著書に『One Reason to Live: Conversations About Music With Julius Nil Julius Nil』(Errnat Bodies Pr.、2006)、『In the Blink of an Ear: Toward a Non-Cochlear Sonic Art』(2009)。
★73──Francisco Lopez:1982- スペインの実験音楽家。サウンド・アーティスト。昆虫学者でもある。1990年代より、環境音を素材とした音楽制作を続けている。
★74──つのだ・としや:1964- 「フィールド録音と平行してインスタレーションを制作を行なう.1994年に佐藤実と共に「WrK」設立,運営.1996年「ソニックパーセプション vol.3」(川崎市市民ミュージアム)、1999年 MUSIQUE EN SCENE Jerome Joy "Collage Juke Box" プロジェクト(リヨン現代美術館/フランス)などに参加.1997年CD作品「extract from field recording archive #1」発表(ICC ONLINE ARCHIVEより)。
★75──すぎもと・たく:1965- 日本のギタリスト。「ループライン・スギモト・シリーズ」、宇波拓、大蔵雅彦との「室内楽コンサート」を千駄ヶ谷ループラインで、「杉本拓作曲シリーズ」を明大前キッド・アイラック・アート・ホールで企画。レーベル「slubmusic」を主宰し、自身の作品のほか、宇波拓、木下和重、ラドゥ・マルファッティ、アントワン・ボイガーなどの作品をリリース。2007年より佳村萠(ヴォーカル)とのデュオ「さりとて」の活動も続けていて、これまでに2枚のCDを自主レーベル「Saritote Disk」から発売している。[杉本拓ウェブサイトより]
★76──よしむら・みつひろ:1973- マイクロフォン/ヘッドフォンによって実験的なサウンドを生み出す日本の音楽家。
杉本拓、角田俊也と、音を言葉をめぐる批評フリーペーパー『三太』を編集発行。
★77──Kim Cascone:1955- アメリカの電子音楽作曲家、その先駆者。実験的なサウンド・音に関心のある人々のためのメーリングリスト「マイクロサウンド」を主宰。関連項目として、artword内、金子智太郎「グリッチ」を参照。
★78──とね・やすなお、1935- 日本の前衛美術作家、音楽家。1960年代「フルクサス」に参加するほか、小杉武久、塩見允枝子、武田明倫、水野修孝らと即興音楽集団「グループ・音楽」を結成。ハイレッド・センター、チーム・ランダムなどにも関わる。
★79──おおたに・よしお:1972- 評論家、音楽家。著書に『ジャズと自由は手をとって(地獄に)行く』、(本の雑誌社、2013)『散文世界の散漫な散策 二〇世紀の批評を読む』(メディア綜合研究所、2008)、『東京大学のアルバート・アイラー──東大ジャズ講義録・キーワード編』(共著、2009)他。
★80──はりや・しゅうさく:日本の電子音楽作曲家、編集者。メディア・プロジェクトSALON「SALON」編集ディレクター。ウェブサイト「Unsorted」主宰。

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畠中実

1968年生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員。90年代末より国内外における同時代の電子音響表現を紹介。2...

金子智太郎

1976年生まれ。東京藝術大学等で非常勤講師。専門は美学、聴覚文化論。日本美術サウンドアーカイヴ主催。最近の仕事に論文「環境芸術以後の日本美...

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