デジタルアーカイブスタディ

三菱UFJリサーチ&コンサルティング 太下義之氏に聞く:2014年はデジタルアーカイブ元年──誕生20年目の拠点と法律

影山幸一

2014年02月15日号

東アジア文化都市と創造都市

日本では、韓国・中国の博物館が連携し「東アジアデジタルアーカイブ」を構築する動きが一時ありました。アジア近隣諸国との連携の必要性、可能性をどのようにお考えですか。

太下氏──2014年から“東アジア文化都市”という 事業が始まるが、これはEU統合前の1985年から始まっている“欧州文化首都”(図)という文化事業を範としている。“欧州文化首都”は、大きな目的が二つある。ひとつは、EU統合があることを念頭に置きながら、ヨーロッパ文化の共通性を互いに確認していこうというもの。毎年個々の都市をEU全体の首都として設定し、そこで一年間文化イベントを行なう。観光的にも促進効果がある。二つ目の目的は、文化の多様性を確認し、お互いの文化を尊重しようというもので、この「文化多様性」は文化政策の分野でも重要な概念となっている。この二つの相反する目的をもった“欧州文化首都”が単なる文化イベントではなく、“都市が変化するための触媒”“都市の長期的文化発展戦略”などとも言われ、とてもうまく機能しており、いま現在では欧州各国が文化首都の誘致合戦になっている。そのことを踏まえて、東アジアでも同じことをやろうと、鳩山由紀夫元首相が提唱したのが“東アジア文化都市。政権は交替したが、有能な日本の官僚のみなさんが粛々と韓国・中国と調整し、いよいよ実施という時期に、領海問題などで両国と政治的な緊張関係に突入してしまった。首相会談もできない状況下、経済でもWin-Winの関係づくりは難しく、文化の役割がますます大きくなるなかで、“東アジア文化都市”が開催される。初年度にあたる今年2014年は、3カ国同時に行なう。日本は横浜市、韓国は光州広域市、中国は福建省の泉州市。2015年からは中国、韓国、日本と1年ごとに各国を順番に回って開催していく。次の日本開催は2017年、その次が2020年。もし、中国、韓国との間の政治的緊張が高まってしまい、最悪のケースとして武力衝突のような事態が起こってしまえばこの事業は中止されるかもしれない。逆に言うと、2020年まで問題なく開催が継続され、オリンピックも開かれることになれば、結果論として東アジア3カ国において大きな緊張関係が生じなかったということになる。私は2020年まで“東アジア文化都市”が続いたとしたら、それは文化交流の貢献が極めて大きかったということとなるので、その場合、「東アジア文化都市」はノーベル平和賞ものではないかと思っている。“東アジア文化都市”の目的も“欧州文化首都”と同様に二つの目的がある。ひとつは、漢字で情報を伝達することや、米を食べることなどの文化的共通性の確認。一方で文化的な多様性は尊重していくことが二つ目の目的。そういった意味で“東アジアデジタルアーカイブ”も構築へ動き出せば面白いと思う。


欧州文化首都のWebサイト

横浜市といえば「ヨコハマトリエンナーレ2014」が開催されますが、“東アジア文化都市”との関連はありますか。

太下氏──“ヨコハマトリエンナーレ2014”は“東アジア文化都市”の特別事業として位置付けられている。

札幌市は2013年11月にユネスコ(国連教育科学文化機関)の「創造都市(メディア・アート部門)」に認定され、国際的に注目度が高まっています。創造都市とはどのような概念なのか。また今年開催される「札幌国際芸術祭」との関連はあるのでしょうか。

太下氏──都市の活力が、どこから出てくるのかというと、そこで働き暮らす人々の創造性から。つまりクリエイティビティが大事で、そこからクリエイティブな産業や文化表現が生まれてくる。この概念を創造都市と言う。ユネスコは、世界の文化創造都市を認定する新たな仕組み“創造都市ネットワーク”をつくり、2004年に開始した。文化と言っても幅が広いため、①文学 ②映画 ③音楽 ④クラフト&フォークアート ⑤デザイン ⑥メディア・アート ⑦食文化、という7つの分野を対象に、芸術文化面で特色ある都市に対し“創造都市(クリエイティブ・シティ)”という称号を与えている。世界では現在41都市が認定されている。すでに日本でも名古屋市と神戸市がデザイン都市、金沢市がクラフト&フォークアート都市として認定された。札幌市は、市内にIT企業の集積地“サッポロバレー”があり、ここに「初音ミク」を生み出したクリプトン・フューチャー・メディア社も立地している。また、雪まつりには雪像にCG映像のプロジェクションマッピングを投影するなどのイベントのほか、2008年にはデジタルカルチャーについて多角的に検討する国際会議“iCommons Summit(通称、アイサミット)”を開催するなど、札幌市にはIT分野に力を入れてきた経緯がある。今年2014年は“創造都市さっぽろ”の象徴的な事業として“札幌国際芸術祭2014”が開催される。

文化力で地域を活性化させた代表的な地域を教えて下さい。

太下氏──近年では“欧州文化首都”が代表的な事例として挙げられる。2000年以降で開催された都市では、例えばフランスのリール。もともとはフランス北部の工業地帯で絹織物が盛んな都市だったが、産業が斜陽化。地域が疲弊するなかで、“欧州文化首都”に向けてインフラ整備が始まり、高速列車ユーロスターの発着駅もできることになった。駅前には広場がつくられ、草間彌生さんの大きなオブジェが置かれ華やかになるなど、一年間かけてさまざまなイベントを開催するなかで、市民も観光客が楽しそうにしている姿を見て、自分の街の魅力に改めて気付き、価値を再発見した。その結果、いろんな変化が起こってくるが、これを一回で終わらせてしまってはもったいないという、3000年まで続けていきたいと“リール3000”というアート・プロジェクトが生まれ、隔年でイベントを実施している。その背景として、文化に対する出費はけっして浪費ではなく、未来への投資だという価値観が生まれているのである。またリールの近隣都市にあるランスに2012年12月ルーヴル美術館の分館「ルーヴル・ランス」がオープン。これも、“欧州文化首都”がきっかけだった。リールが“欧州文化首都”を実施しているとき一般市民のために、市役所には地域のミュージアム所蔵作品のほか、ルーヴル美術館所蔵作品も借りて展示した。当初ルーヴルは作品の貸し出しに消極的だったようだが、市民には大好評だった。作品の管理もまったく問題がなかった。ルーヴルにとってはちょうど分館の建設場所を探していた時期でもあったため、信頼のあったリールに近いランスがルーヴルを誘致することができた。

美術作品やアート・プロジェクトが、地域社会に貢献できることとして特に注目する活動はありますか。

太下氏──現代美術に関するものは、いわゆる普通の作品という概念ではないものが多い。プロセス自体がアートとなったときに、既存の美術館の在り方は大きく変わっていかざるをえない。なお、アーティストのなかには、作品が社会的な機能として使われることに抵抗がある人もいると思うが、社会的に使われることで存在感が消えてしまうような作品であればもともと力がなかったということだろう。2011年米国の有名なNPO「デジタルメディアと学習コンペ」理事Cathy N. Davidsonが「The New York Times」のブログ記事(2011.8.7)で語った“現在、小学校に通学している65%は、おそらくいままだ存在しない仕事に就くだろう”という一文がある。社会構造が変わり、産業も変わり、職業も変わっていく。そうすると教育を変えていかないと、変化に対応できずに人類は滅びてしまう。誤解を恐れずに言えば、いままでの教育は、全員が同じ作業をこなすための工場労働者型の教育でよかった。しかし、これからは自分でクリエイティビティをもって、未来を切り開いていく人が相当数増えないといけない。アートのもっているクリエイティビティは、未来の社会に親和性が高く、また機能する可能性も高い。イノベーションの本質は技術だけにあるのではなく、新たなものの見方にこそある。教育のなかで、アートを教えるのではなくて、アートのもっているクリエイティビティを子どもたちにどうシェアしていくのかが重要になってくる。

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