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時空間の位相が浮かび上がるミュージアム
歌田明弘
 
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連載/歌田明弘

 札幌に行く用事があり、北大の校内をぶらぶら歩いていたら、総合博物館で125周年記念の展示をやっていたので入ってみた。北大は、昨年が125周年にあたるそうで、昨年9月から北大の歴史と研究成果を披露する展示をしている。たいして期待もせずに入ったのだが、予想外におもしろく、またミュージアムというものの存在を考えさせられることになった。
 展示は3部構成になっていて、1階の入ってすぐは北大の歴史のセクションで、クラーク博士の農学校設立以来の歴史がたどられていた。これは想像どおりのものだったが、その奥の「学術テーマ展示」は、パネルやモニターを使って、北大がやっている最先端研究をわかりやすく概説していた。
 3階も展示スペースになっていて、こちらは、学術資料展示とのことで、エレベーターを降りると、古ぼけた整理棚に無造作に骸骨がおかれているのをまず目にしてびっくりさせられたのを手始めに、各種の鉱物の標本がずらっと並び、さらに巨大な恐竜の骨格が復元されて何頭も屹立している。1階は明るく改装された展示空間になっていたが、3階は理学部の研究室も残っていて、古い研究室をそのまま展示スペースに使っている。古色蒼然とした雰囲気をかもしだしていた。
 科学博物館といえば、お台場にできた日本科学未来館はこのところ注目を集めているし、かかった経費も北大の総合博物館とは比較にならないものであるにちがいない。また、東大の総合研究博物館は、コンピュータ学者の坂村健氏が加わっていることもあって、先端的な情報装置を使った展示で有名だ。
 それらと比べると、北大の総合博物館には派手な特色といったものは感じられない。しかし、1階のテーマ展示では、生命科学や環境、深海や氷河、火山の研究など一般にも興味をひきそうなものが並んでいて、とくに印象的なのは、北方の地にある大学ゆえの研究であることがはっきりと感じとれることだ。北大は地球環境の中でどのような位置にあり、それゆえにこの研究をやっているのだということが説明されている。つまり研究の動機付けがはっきりしているのだ。こうしたことを東京の博物館から感じることはめったにない。なぜそこにその展示があるのか、とくに科学博物館となればいよいよ無国籍で、地理的な要素と無関係な抽象的存在であるかのようだ。北大の展示は、イントロの部分が北大の歴史であったこともあり、農学校として始まった研究教育施設が、21世紀のいまゲノム科学に行き着き、またその一方、氷河や火山、深海など北方の自然環境にたいする研究をおこなっているということが、時間の厚みを通して伝わってくる。
 このところユビキュタスなコンピュータ環境ということが、広告に使われるまでに一般化しはじめた。携帯電話に代表される持ち運びが容易な端末によって、いつどこででもネットワーク化されたコンピュータ空間にアクセスできる状態のことをいうわけだが、これは、日常生活がコンピュータ環境によって「囲まれる」ことを意味するわけではない。 
 マーク・ワイザーという人物がユビキュタス・コンピュータというコンセプトを打ち出した理由はむしろその逆で、情報空間を現実空間にリンクさせ開くことを考えていた。コンピュータの前に閉じこめられるのではなく、そのときその場所にふさわしい情報との接し方を可能にするというのが、ユビキュタス・コンピュータである。ユーザーがいる場所にしたがって情報を得ることができるようにしたいというわけである。
 ミュージアムはコンピュータ空間ではないが、ひとつの情報空間であるにはちがいない。ミュージアムは、世界を限られた空間に閉じこめるのではなく、ミュージアムを包む時空間を感じ取らせるものでなければならない。そのようなことができたミュージアムは、かけた費用の多寡にかかわらず、印象的な展示空間を作ることができる。ユビキュタス・コンピュータのコンセプトを提唱したコンピュータ技術者は、情報のそうした生理学を知っていたのだろう。そして、北大の総合博物館は、期せずして、そうした次世代の情報空間のあり方を暗示するものになっていた。



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