1908年にパリで設立され、1913年まで存続した映画製作会社フィルム・ダール(Film d'art )。芸術映画社という名前からもわかるように、大衆娯楽としてしか認知されていなかった映画に高品位な味付けを加え、洗練された客層の開拓を狙った。当時映画俳優の名前がクレジットに出ることも珍しかった状況のなか、サラ・ベルナールはじめコメディ・フランセーズの役者たちで映画を製作することは野心的な試みであった。『ギーズ公の暗殺』(1908)『オイディプス王』(1909)『ユリシーズの帰還』(1909)などの古典演劇を取り上げ、アナトール・フランシスをはじめとする当代一流の演出家が演出に腕を揮った。『ギーズ公の暗殺』の音楽はカミーユ・サン=サーンスが書き下ろしたものである。だが、映画技術および映像言語の改良にはそれほど熱意は注がれず、カメラは固定され、舞台をそのまま撮影した印象を与える。アメリカのプロデューサー、アドルフ・ズーカーが買いつけ、アメリカで公開したベルナール主演『エリザベス女王』(1912)は、興行上の好成績をおさめた。気を良くしたズーカーは、「有名な演劇を有名な俳優で(Famous
Players in Famous Play)」を座右の銘に、長編物語映画製作に着手し、1巻もの(約10分)がほとんどだったアメリカ映画に3、4巻からなる長編ものの可能性を開いた。
(石田美紀)
|