ロシア・アヴァンギャルドの中でも特異な位置を占めたメーリニコフの小展覧会で、出品されたものは模型、それにヴィデオである。特異といったのは、ヴィデオに登場するメーリニコフのモノグラフの著者フレデリック・スターもいうように、新組織、運動体がつくられていった革命直後の時期に、彼が組織的に実質的に一匹狼であっただけでなく、アヴァンギャルドの主流であった機能主義的なアプローチとはひどく異質な部分を抱え込んでいたからでもある。ロシア・アヴァンギャルドにはモダニズムの皮を一枚剥けば、極めてロシア臭の強い人物が何人かいるが、メーリニコフはその代表格である(ヴィデオの中で息子もいっているように、メーリニコフはイコン=聖像の徒弟修業をしてからデザインの道に入った)。その概要は今回の模型展を通しても充分窺うことは可能である。
模型は当時のオリジナルではなく、モスクワやドイツのいくつかの大学でつくられた新しいものである。つくられたものは、実現した建物(メーリニコフはロシア・アヴァンギャルドでは例外的に多く建てた建築家ではあったが)ばかりではなく、ソヴィエト・パレス、グリーン・シティ、コロンブス・モニュメントなどコンペの落選案もある。グリーン・シティの各建物など、透視図程度しか残されていなかっただろうから、正確な再現とはいいかねるが、イメージを伝えるには充分だ。時代的にも初期から30年代迄網羅して、この建築家の殆どの作品が概観できることは有難い。30年代になるとメーリニコフはいわゆるスターリン様式と近い、アルカイックなモニュメンタリズムを身に纏っていくが、そのフェーズも見ることが出来る。同時に出版されたカタログには各々の作品についてメーリニコフ自身が行ったコメントも付せられており、便利なインデックスとなっている。メーリニコフ独特のスタイルをもったオリジナル・ドローイングが見れないのは残念だが、それはカタログにある程度掲載されており、実物の方も過去にセゾン美術館のロシア・アヴァンギャルド関係の展覧会などでいくつかが展示されているので、ここは良しとしなくてはなるまい。
紙の模型のために、質感(重量感)のようなものの再現には限界があるとしても(綺麗になりすぎ?)、メーリニコフのデザインはとりわけ立体的な造形性が強いので、模型で見られることは有難い。私は実物では5つほど見ているが、現状が必ずしもオリジナルの状態ではないこともあって、今回の模型でなるほどと思うところもある。しかも代表作であり、かつ室内のデザインも重要な自邸やルサコフ・クラブなどでは、インテリアを示した模型と外観模型とが両方つくられている点など、大変親切なプレゼンテーションである。ただ、自邸は、モダンなテクノロジーどころか、伝統的な木工の技術とユニークなパターンの煉瓦積みの組み合わせでつくられているが、ここのところまでは今回踏みこめていないのは残念だった。丹念に見ようとする人であれば、カタログ片手にひとつひとつを参照することがベスト、というところ。質感に関しては、コンピュータ技術の発展でますます洗練の度を強める(現場ではそうとは限らないが)現代のデザインと比べると、むしろメーリニコフのデザインは如何にも手仕事的なローテクを厭わないという趣が濃厚だが、ここまでプレゼンテーション出来ていたら更に理想的だった。
スケール感を伴った迫力という点では、概ね100分の1程度の模型なので、やや物足らなさも残る。多分ドイツ側主導の展覧会だったのだろうが、日本でつくられた動画のコンピュータグラフィクスがあるので、これらの併映をしたら更に興味は重層されただろう。ただ、それを補完するためということかもしれないが、ギャラリー間の中庭スペースには、楔型が二つ向かい合う形のパリ博のソヴィエト館の楔型の一方を大きくスケルトン風に再現しており、これはなかなかである。総じてインスタレーションも、凝ったものではないが、悪くない。ただし、木でやったらもっとメーリニコフ風だったかもしれない。ここでも少し綺麗すぎの感は残る。