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「フィルムセンター」初のデジタル復元映画を公開中
――日本映画のデジタルアーカイブが本格的に始動

影山幸一

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影山幸一

「発掘された映画たち2003」
▲「発掘された映画たち2003」
 小津安二郎監督の生誕100年を迎え、今年後半の日本映画界は賑わいそうである。
 東京・京橋にある「東京国立近代美術館フィルムセンター」(以下、フィルムセンター)の上映企画「発掘された映画たち2003」(5月23日-7月13日)では、フィルムセンター初のデジタル復元を試みた作品が上映されている。フィルムセンターは、国内外の映画フィルムや映画関係資料を収集・保存(約3万本のフィルムなど)、調査・研究を行っている。文化遺産・歴史資料としての映画フィルムを救済・保存しようとする国際フィルム・アーカイヴ(FIAF)の正会員である唯一の国立映画機関である。その設備の整った上映ホールでは、通常1日2回、企画映画を500円程度の低料金で鑑賞できる親しみやすさもあり、座り心地のよい椅子に身を沈めて映画を味わうことができる。
 1999年、2001年に続く企画「発掘された映画たち2003」の記者発表会が上映に先駆けて5月14日(水)、フィルムセンターで行われた。1か月半ほどの上映期間中53本上映するというフィルムの内、ロシアの国立映画保存所・ゴスフィルモフォンド で発見された戦前・戦中期の日本映画33本も興味深いが、取り分け今回の特色はデジタル復元された『斬人斬馬剣(ざんじんざんばけん)』(1929年、松竹キネマ京都、監督:伊藤大輔、出演:月形龍之介ほか、18fps、35mm、白黒、無声、26分・全体の2割強部分)であろう。多くの映画ファン、研究者がその出現を待望したものの、フィルムが現存しないといわれていた幻の作品である。

 この映画の復元は決して順調ではなかった。アマチュア映画作家の寺澤敬一氏が寄贈したという9.5mmフィルム・3巻(家庭用映写機パテ・ベビーのためのダイジェスト版)の発見から完成まで約1年が経過した。当初、『斬人斬馬剣』は育映社 に依頼し、2度の復元が行われた。復元技術を総動員させ9.5mmから、オリジナルサイズの35mmへ復元を試みたものの、最大の問題であるガタつきは解決しなかった。日本映画史の伝説的な作品を甦らせるためにも、コストと技術(9.5mmフィルム直接スキャン、ウェットゲート機構〔フィルムと同じ屈折率の液体を塗布し、フィルムのキズを消す〕など)の面から思案の日々が続いた。そんな時タイミングよく情報が入ってきた。これらを解決できそうなハーゲフィルムである。

 アムステルダムにある復元専門ラボ、ハーゲフィルム映画保存社に復元を依頼した。パラ消し、キズ消し、ガタつき補正、チラつき補正などが自動修復ソフトウェア「Diamant」の成果として、発注後2か月、約500万円で復元ができた。このDiamantの自動復元ソフトは、隣り合うコマから同様な情報を取り出し修復、残存していない場合は修復ができず、同じ位置に長時間出つづけるキズのようなものを修復する場合は、創造による手作業が必要となる。しかし、今回は原則としてこのDiamantの処理のみとし、時間や予算、海外という制約があったため手作業は最小限にとどめたようである。復元はどこまで復元するのか、倫理に抵触する可能性について、問われるところであろう。

 一般にデジタル復元は、1. フィルムの各フレームをデジタルで読込む 2. デジタル・データ上でキズやフリッカーを修復 3. 35mmネガ・フィルムに出力、の3つの工程をたどる。解像度は、35mmのカラーネガでは6,000pixel(6K)の水平解像度があるといわれているが、今回は35mm時に1,828×1,371pixel、一般に2Kデータと呼ばれているオーソドックスなものにしている。そして、バックアップはDiamant処理前・処理後それぞれのデータを、ソニーDTF(Digital Tape Format)に取って保存している。

 フィルムセンターでは、今後、国内の企業と連携を取りながら国内で復元できる環境を整えて行きたいとしている。また、国内で製作・上映されているすべての映画フィルムを、文化財として保存・継承する観点から、散逸や損傷を防ぎ、積極的にフィルムを発掘収集していく方針を示した。

 文化庁から国内で製作・上映される全映画フィルムのフィルムセンターへの納入義務づけの方針が示され、「映画フィルムデジタルアーカイブ化推進事業」が本格的に始まる。アナログとデジタルのはざまである転換期といえる現在、両者の特性を熟知した世界に通用する映画保存・修復分野の人材育成が必要であろう。また映像とともに、音声を含む最良のフィルム・デジタルアーカイブ手法についての議論を重ね、フィルム・アーカイブ原則*に基づくシステムの整備を進めてもらいたい。オリジナルフィルムの収集・保存が加速し、インターネットや映画館でいつでも好きな映画を鑑賞できる機会が増えればよい。劇場映画以外のTV映画・ビデオ映画に慣れ親しんできた目にも、モニターで観るインターネット映画は新しい習慣となるに違いない。
 フィルムセンター初のデジタル復元映画『斬人斬馬剣』を一観客として鑑賞したが、スクリーンに映し出された映像はデジタル修復の跡を意識させることなく、約70年前の日本映画に没入し、堪能できた。「何でもないことは流行に従う。重大なことは道徳に従う。芸術のことは自分に従う」と語った小津安二郎監督の映画を、映画館で観たくなった。

*1.どんなものであれ過去のフィルムを放棄しない。
*2.写真化学的/デジタル的を問わず、複製・修復の際は原型に施した全技術的作業を記録する。
*3.デジタル・データを完全に保管した後も、オリジナル・フィルムを絶対に放棄しない。

■『斬人斬馬剣』デジタル復元データ
解像度 2K(1,828×1,371pixel, 35mmフィルム)
1pixelの階調 256階調(8bit)
画像ファイル形式 Targa形式
読み込み方式 グレイスケール
1フレームのデータ量 約3.1MB
総データ量 約90GB
バックアップ ソニーDTF(Digital Tape Format)
(2003年5月現在)

■参考文献
「フィルム・アーカイブの動向」『デジタルアーカイブ白書2003』p.118-119, 2003. デジタルアーカイブ推進協議会

取材協力:東京国立近代美術館フィルムセンター研究員 常石史子

[かげやま こういち]

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