|
本田明二ギャラリー4月オープン |
|||||||||
|
そうしたなか、遺族が自らギャラリーを作って作品を公開しようという動きが札幌に現れた。戦後の北海道の彫刻界のリーダー的役割を果たした本田明二(1919-1989)のギャラリーである。北海道は、中原悌二郎や本郷新、山内壮夫ら優れた彫刻家を輩出し、佐藤忠良などゆかりの深い彫刻家も少なくない。しかし、彼らの活動の中心は東京であり、北海道に根付いた活動をした最初の彫刻家が本田明二であった。素朴で野性味あふれる作風は、まさに北海道の風土が育くんだ造形といえるものである。 彼には生前、札幌芸術の森の建設の折にたいへんお世話になったうえ、1991年に芸術の森美術館で開催した回顧展を僕が担当した縁で、ギャラリー建設の案は早い段階から遺族から相談を受けてきた。公立の個人美術館でさえその運営に苦慮しているところが少なくなく、私立のものは閉館する例をいくつも知っているだけに、正直言うとこのギャラリー運営に対してかなり心配であったのも事実である。しかし、作品をこのまま埋もれさせるわけにはいかないという遺族の意志は固く、さらに、本田明二の作品の展示を手かがりにしながら、同じような悩みを抱える作家の遺族が所有する作品や、北海道に根ざした活動を続ける作家までも視野に入れて、市民の手による芸術文化の振興に努めていきたいという考えには、大いに共感できるものがあった。無理をせず、手作りのよさを生かしながら、訪れた人とのコミュニケーションのなかから、ささやかではあるが活動の輪を広げていきたいという。 単なる本田明二作品の展示だけにとどまらない、本田明二ギャラリーの目指すこうした活動は、北海道で活動することにこだわり、北海道ならではの芸術形成を追求し、次世代の芸術家の育成にも尽力した本田明二の精神をまさに受け継ぐものであろう。 住宅街の一角に新築した自宅の1、2階部分のギャラリースペースは、約60平方メートルとそれほど広くはないが、吹き抜けや、屋外の展示スペースを設けるなど開放的な空間であり、これからどのように活用されていくかとても楽しみである。 オープン予定は、没後15年目にあたる今年の4月22日。彼の命日である。
[よしざき もとあき] |
|
|||
|
|||
|