2019年06月15日号
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美術予備校

Art Cram School

美術予備校は、美術大学の受験指導に特化した教育機関である。日本の有名な美術大学は入試倍率が高く、受験には高度な実技能力が求められるため、予備校が日本の美術教育で果たした役割は非常に大きい。予備校の前身は東京美術学校(のちの東京芸術大学美術学部)の設立前から存在し、黎明期の洋画家が個人の画塾を経営して西洋画の初歩を指導していた。1896年に東京美術学校に西洋画科が設立されると、画塾は受験予備校としての性格を強め、また教授たちも美術研究所と呼ばれる予備教育施設の経営に積極的に乗り出した。第二次大戦後は、阿佐ヶ谷洋画研究所、すいどーばた美術学院などの美術予備校が新しく登場し、東京芸術大学の合格者数を競うようになった。さらに1960年代に受験生の数が急増すると、代々木ゼミナールや河合塾などの大手予備校が美大受験に参入し、美大受験産業は活況を呈するようになった。
美術予備校の教育内容は現代の美術教育史を通じて議論の的であった。高倍率の芸大・美大入試に対応するため、予備校は短期間に受験生を「芸術家」に仕立て上げる効率的かつ表層的な受験テクニックを教育しているにすぎないと批判されてきた。73年には野見山曉治による芸大入試改革も試みられたが、技術偏重の入試システムは大きく改善されなかった。その一方で、美術大学が学生を一人前の芸術家として扱い、実技指導を積極的に行なっていない現状で、予備校はデッサンや彩画などの実技の基礎技術を学べる場として、その存在を評価する声もある。また、受験生は講師や仲間の受験生と一丸となって受験に励むため、予備校には友人関係を形成する場としての意義もある。美術予備校は教育の単なる一段階を越えて、美術界全体に深く関わる存在であるといえよう。

著者: 荒木慎也

参考文献

  • 『日本近現代美術史事典』, 「美術学校・大学の予備校」, araki, 東京書籍, 2007
  • 『藝術新潮』38巻10号, 「芸大入試はどうあるべきか “石膏デッサン”の功罪」, 野見山暁治, 新潮社, 1987

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