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Art Scape
1999年8月 ヨーロッパ篇---熊倉敬聡
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8月17日 パリ
ピピロッティ・リスト展

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 パリ市立近代美術館の同展に行く。それは何か今までに私の知らぬ「官能」をもたらすものであった。ヒマラヤ・ゴールドシュタインという架空の人物のアパルトマンが、「ガレージ」から「ヨガの部屋」まで繰り広げられている。例えば「居間」には、パリのどこかの室内をそのまま持ち込んだかのように家具や小物があしらわれている。が、それはあたかも「そのまま」のようでいて、微妙に異化される。例えば、何気ない家具の裏や置物の影に「住人」の日常を映したかのようなビデオ映像が投影されている。そのさりげない異化は、「日常」の身体が単に感覚的な世界だけに還元されるのではなく、メディア的世界にも分散されていることを暗示するのみならず、このインスタレーションの空間全体を「プライベート」と「パブリック」の微妙なあわいへと差し入れる。リストの「官能」とは、おそらく、通常相対立するとされるものの間に、あたかも一匹の猫がすり抜けるがごとく、自らの身体を差し入れ、隙間を押し広げ、そして手袋を裏返すように、その差し入れた身体で空間全体を満たすことにあるのではないだろうか。そのしなやかにも波動する身体は、時に激しく、時に溶かし込むように、「公/私」「リアル/メディア」「自然/人工」「内部/外部」「目覚め/眠り」「法/違法」「文明/野生」「肉体/精神」「存在/不在」といった観念的対立を脱臼させる。

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8月18日 ミュンヘン
アルテ・ピナコテーク

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アルテ・ピナコテーク パンフレット表紙
アルテ・ピナコテーク パンフレット表紙

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 ミュンヘンに着く。アルテ・ピナコテークに行く。まとめて古い絵画を見るのは久しぶりだ。デューラーの彫塑性と緻密の拮抗。アルトドルファーのディテールへの狂気じみた執着と、それがめくるめくように画面全体を織りあげていく構成力。ヴァン=ダイクの静謐に隠された生命。ルーベンスのエロスの渦巻き・雪崩。ラファエロの奇跡的な優しさ。ムリリョの貧しさにおける無邪気の賛歌。(資本主義の勃興を背景とした)オランダ絵画による「世俗」「風俗」「風景」の発見。その中で一際異彩を放つレンブラントの精神的な光と影のドラマツルギー。

 


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