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連載「美術館教育1969−1994」概要(最終回) |
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当研究会は、CD-ROM「美術館教育1969−1994:日本の公立美術館における教育活動18館の記録」を1998年に発行しました。その内容は、各館の年報や印刷物等から教育活動のデータを収集・整理して年表化したもので、館名、カテゴリー、キーワード、年代などによる検索も可能です。
当アートスケープではこのCD-ROMのデータ概要をカテゴリー別に順次発表しています。主として26年間にわたる教育活動の動向がわかるようにまとめとめたものです。また、動向がより明瞭にわかるように全データから抜粋したデータ年表を添付し、概要と照合できるようにしました(この年表には、公開資料が揃わなかったためCD-ROM では割愛せざるを得なかった、セゾン美術館や水戸芸術館現代美術センターのデータも含めてあります)。今回は最終回で、映像プログラムを取り上げています。
これまでの13回にわたる概要は、あらためて全内容をデータ分析の論文と共に冊子として10月に刊行する予定です。
なお、次回からは今年の7月にスペインのバルセロナで開催された、ICOM大会の内容を紹介する予定です。
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映像プログラム(CD-ROMではカテゴリーNO.7に分類) |
ここで映像プログラムとして分類しているのは、映画フィルム、スライド、ビデオ、ハイビジョンなどの上映だが、内容的には映像メディアによって絵画や彫刻などの作品を紹介し、解説するものと、それ自体が作品として制作されたものに大別出来る。
先ず、映像機器の設置に関し、最も早い導入は北海道立近代美術館であった。77年の開館以来90年迄、独自に考案した「スライド・ボックス」と「ビデオ・ボックス」を展示室内に置いて常設展示室の作品の解説を適宜行ってきた。また、「額映展示」も開館以来85年度まで適宜行ってきた。
来館者が関心ある映像を選択できるビデオ・ブース(ビデオ・コーナー、ビデオ・ライブラリー)の設置が始まったのは、80年代に入ってからである。富山県立近代美術館(81)や埼玉県立近代美術館(82)、滋賀県立美術館(84)、高松市美術館(88)、横浜美術館(89)は開館と同時に導入したが、北海道立近代美術館でも89年に設置した。また、89年以降は通産省の肝煎りにより、全国の公立美術館で徐々にハイビジョンが設置され始めたが、滋賀県立近代美術館では91年に、宮城県美術館は92年、いわき市美術館や北海道立近代美術館は93年に導入している。
次いで、美術作品の紹介映画に関しては、兵庫県立近代美術館がいち早く取り組み、74年「ヘンリー・ムーア展」に関連して「映画会」を開催した。また、展覧会とは関連のない「美術映画会」も74〜77年まで毎夏3、4回実施した。翌75年には新設の北九州市立美術館が「法隆寺」他を、東京都美術館が「梅原龍三郎」を上映し、栃木県立美術館も「映画鑑賞会」で「コロー」他を上映した。これ以後、北海道立近代美術館、板橋区立美術館などでも開館当初から美術映画を紹介するようになり、こうした傾向は80年代、90年代に開館したほとんどの館で見受けられる。
上映内容と展覧会との関連に対する配慮は、兵庫県立近代美術館、東京都美術館、板橋区立美術館、富山県立近代美術館、練馬区美術館、横浜美術館において、特に意識されているようだ。
一方、作品としての映画に最初に取り組んだのも、やはり兵庫県立近代美術館であり、「アートナウ'77」に関連して「アメリカ実験映画の流れ」を開催した。次いで同年、北海道立近代美術館が「ミュンヘン近代美術展」に関連して「ドイツ前衛映画週間」を、栃木県立美術館が「久里洋二アニメーション」を催した。
この時期に特筆すべきこととしては、栃木県立美術館が映画を制作したことである。東京造形大学映像専攻中川ゼミナール教室に依頼し「暗い部屋のロミオとジュリエット」を制作し、77年に美術館で上映された。
80年代前半になると板橋区立美術館、宮城県美術館、北九州市立美術館、西武美術館、富山県立美術館、埼玉県立近代美術館、東京都美術館でも順次実験映画や名画、アニメーションに取り組み出したが、中でも板橋区立美術館、西武美術館、富山県立美術館、東京都美術館は大半を展覧会と関連させて上映している。また、北海道立近代美術館では81年より実験映画をシリーズで紹介する「フィルム・アート鑑賞会」を催し'94年度までに24回実施してきた。
開館以来映像作品の紹介に力を入れてきた宮城県美術館でも、83年から実験映画のシリーズ「日本の映画シリーズ(2回目より、日本の映像作家シリーズと改称)」(87まで4回)や「ドイツ映画の流れ」(84〜85、20回)を開催するとともに、「みやぎ映像フェスティバル」(84)や「自主制作アニメーション」(84〜90、10回)、「世界のアニメーション」(85、8回)を実施してきた。
この時期に、各館で実験映画や名画、アニメーションを盛んに上映するようになった背景として、スタジオ200とイメージ・フォーラムの存在が重要な役割を担っている。
また、親子を対象とした映画会が開催されるようになったのも、80年代前半である。北海道立近代美術館では81〜87年まで毎年「サマー・ミュージアム映画会」を催し、板橋区立美術館でも85年「親と子におくるクリスマスシアター」を実施している。
80年代後半には、実験映画や名画、アニメーションの上映はかなり一般化するとともに、韓国映画やアフリカ映画、弁士つき活動写真などとともに、ほとんど人の目に触れる事のなかった映像作品を紹介する館も出てきた。例えば、開館以来独自な活動を目指してきた目黒区美術館では88年、「美術館時代が掘り起こした作家達展」と関連して、現代美術の作家によるフィルム作品を紹介する「現代美術としての映像表現」を12回にわたって紹介した。また、北海道立近代美術館では'89年より「映像フェスティバル」シリーズを開始し、第1回目として「映像実験の100年−映画の誕生」を開催した。
90年代には、特撮映画やクイア・シネマを取りあげるなど次第にマニアックになってきている一方、上述した北海道立近代美術館に引続き、板橋区立美術館の「日本のアニメーション史」(91)や高松市美術館の「動く絵展」(92)のように映画を歴史的に振返って見る動きとともに、埼玉県立近代美術館が「アダムとイブ」展に関連して実施した「性の磁場/ADAM and EVE in Videos and Films」(92)や「『うつすこと』と『みること』に関する実験的上映会」(94)のように、今日的なテーマによって映像作品を見直す試みが出てきている。
ビデオ・アートにいち早く注目したのもやはり兵庫県立近代美術館であり、「アート・ナウ'76」に関連して「ビデオ・アート」を上映した。それから80年にスタジオ200と共催で「日米ビデオアート展」を開催している。開館以来、ビデオ作品にも積極的に取り組んできた宮城県立美術館は、81年の「ビデオ・アート入門」を皮切りに、シリーズで「海外のビデオ作家(88よりビデオアートシリーズ 海外のビデオ作家と改称)」(81〜91まで57回)や「日本のビデオ作家(88年よりビデオアートシリーズ 日本の作家と改称)」(81〜91まで52回)を開催してきた。
次いで、北九州市立美術館や富山県立近代美術館が取り組み始め、北海道立近代美術館では83年から「ビデオ・アート鑑賞会」(94まで、9回)を催してきた。また、埼玉県立近代美術館は84年に、兵庫県立近代美術館と共催で「国際ビデオ・アート展」を開催している。
この時期にビデオアートが盛んに紹介された背景として、ビデオ・ギャラリーSCANの存在がある。
80年代後半になると、栃木県立美術館や新設の名古屋市美術館が、さらに90年代には、世田谷美術館や高松市美術館が取り組み、一般化してきた。また、ビデオアートを歴史的に見てみたり、ジェンダーなどのテーマに焦点を絞った内容が多く見うけられるようになった。
新たな動きとしては、名古屋市美術館が89年に3回シリーズで開催した「コンピュータ・グラフィックス・アンソロジー」と「ヴァーチャル・リアリティの映像」(92)が興味深い。(佐藤厚子) |
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