logo

FOCUS=最新アート・ガイド入門編
藤崎伊織
.


東京美術館・ギャラリー情報
ロバート・インディアナ「LOVE」
新宿アイランド作品
ロバート・インディアナ
《LOVE》
東京・アート環境
東京には無数のアートスポットが存在する。多くの美術館の建設ラッシュに沸いたバブル期の記憶もそれほど遠いものではないし(そして、長引く不況に苦しむ昨今でも、東京オペラシティアートギャラリーの開館やNTTインターコミュニケーション・センターのリニューアルなど、明るい話題がないわけではないのだ)、また新宿アイランドやファーレ立川のような大規模なパブリックアートも、多くの都民にとって馴染み深いものだろう。その一方では、銀座界隈を中心に営まれている貸画廊と呼ばれる日本独自のレンタル・ギャラリーも健在で、東京だけでもその数はおそらく数百に達する。これだけ数が多くては、一般のアートファンはもとより、可能な限り多くのアート作品に触れることを職業としているジャーナリストや評論家でさえも、その状況の逐一をフォローすることはおよそ不可能であろう。そこで思い切り勝手に、網羅的なアートガイドやギャラリーマップを作るのではなく、筆者がその活動に高い関心を寄せている美術館・ギャラリーを重点的に取り上げることにした。もとより、新聞社やテレビ局がバックアップするような大規模な展覧会を開催する美術館に関しては、既に無数の情報が流通しているのだから、敢えて取り上げるには及ぶまい。地味で小規模ではあるが、しかしアートシーンに強いインパクトを与えているギャラリーを選択することが、ここで筆者に与えられた仕事であると弁えているからである。

貸画廊のひしめく街[銀座・京橋]
ギャラリー小柳
ギャラリー小柳
資生堂ギャラリー
資生堂ギャラリー
資生堂ギャラリー
外観(上)、入口(下)
ミヅマ・アート・ギャラリー
ミヅマ・アート・ギャラリー
NaDiff
NaDiff
スパイラル
スパイラル
さて、東京で最も多くのギャラリーが密集するスペースと言えば銀座・京橋であるが、既に述べたように、その大半は貸画廊、主にキャリアに乏しい若手作家のためのレンタル・ギャラリーである。まだ経済的基盤の脆弱な若手に多大な出費を強いるこのシステムについては、以前から賛否両論あるわけだが、曲がりなりにもこのシステムが長年に渡って多くの作家の供給源として機能してきたこと、また画廊の側も「銀座ギャラリーネット」や「京橋界隈」のような密なネットワークを形成し、ときには企画展も開催して力量のある作家をアートシーンに押し出そうと努力を傾けてきたことには相応の敬意を払うべきだろう。もちろん、全体からみれば少数だが、このエリアにも企画専門のギャラリーは存在する。その中心的存在だった佐谷画廊が昨年に事実上閉廊してしまったのは残念だが、西村画廊、ギャラリー小柳のような特徴のあるギャラリーが今でも精力的に活動しているし、また最近リニューアルされた資生堂ギャラリーのような豊富な資金力を持つスペースの活動にも高い関心が寄せられている。

最先端アートの追求[渋谷・表参道・青山]
対照的に、多くの企画画廊で賑わっている代表的なエリアと言えば、渋谷・表参道・青山の一帯であろう。バブル期には東高現代美術館や馬里邑美術館などの華やかな現代美術展で賑わったこの街には、当時の喧騒が失われた今も、注目度の高い若手作家を前面に押し出す方針を掲げる多くのギャラリーが点在している。このエリアの持つ特有な空気は、新進作家を重点的に取り上げるギャラリー・シマダ、ミヅマ・アート・ギャラリーGallery Side2レントゲンクンストラウムなどの企画展を通じて体感することができるだろう。また、このエリアを語るに際して忘れてならないのが、最先端の海外アートの動向をいち早く紹介する、情報発信の拠点としての機能である。そもそも筆者自身が現代美術に強い関心を抱くようになったきっかけの一つが、今は美術館として巨大化してしまったが、80年代にこの地でヨゼフ・ボイスやナム=ジュン・パイクのパフォーマンスを精力的に紹介していたギャルリー・ワタリの活動であったし、そうした情報拠点としての機能は、今でもNADiffのような洋書店、スパイラルのようなオルタナティヴ・スペースへと受け継がれている。

個性派ギャラリーと新たな運営
また一方では、所在地以上にギャラリストの強い個性を感じさせるギャラリーにも一瞥を与えておくべきだろう。門前仲町の小山登美夫ギャラリーや那須太郎ギャラリー、恵比寿のオオタファインアーツハヤカワマサタカギャラリーなどがその代表格だが、これらのギャラリーのオーナーたちは、いずれも老舗で修業した後に独立、自らが惚れ込んだ特定の作家を前面に押し出そうとするアグレッシヴな姿勢で共通している。今年揃ってNICAFへの初参加を果たした、いずれもまだ若いこれらのスペースのオーナーたちが、今後どのようにして既存の運営形態や所在地の土地柄に左右されることのない方向性を打ち出していくのか、興味は尽きないし、また施設の性格としてはこうしたギャラリーとは対照的なのだが、アーティスト、キュレーター、プロデューサーなど様々な立場からアートに関わっている者が、共同運営という形態で情報を発信、「秋葉原TV」のようなユニークな企画を実現した秋葉原のCommand/NのようなNPOの活動も、今後確実に類例が増えていくことが予想される。

専門ギャラリーの強度
もちろん、狭義の「現代美術」にこだわることなく、他の領域に特化したギャラリーにも相応の関心を払っておきたい。中でも、比較的数の多い写真ギャラリーは、ツァイト・フォト・サロンのような老舗から、タカ・イシイギャラリーのような新興勢力に至るまで、その布置は随分とバラエティに富んでいる。慢性的な財政難により、日本初の写真専門美術館である東京都写真美術館の活動が停滞を余儀なくされているだけに、それを補う意味でも、これらの写真専門ギャラリーの活動には今後一層の期待が寄せられることになるだろう。
また、デザイン・建築系のギャラリーに関しては、新宿のOZONEギャラリータイセイ、五反田の東京デザインセンター、乃木坂のギャラリー・間、表参道のTN Probeなどを例にとればわかることだが、数こそ少ないものの、そのいずれもが企画立案能力の高いスタッフを抱え、そして豊かな資金力と情報発信機能を備えている点に特徴がある。これらのスペースは、展覧会のみならずレクチャーやシンポジウムなどの企画も充実しているので、そうした活動からも得ることが少なくないだろう。もっとも、筆者の個人的な実感を述べるならば、これらの専門ギャラリーを訪れる層と前述の現代美術ギャラリーを訪れる層の間には明確な断絶があり、この点に関しては、単に掛け声だけに終わらない一層のクロスジャンル化を期待したいところである。

変化の激しい東京アート
つい先日まで東京国際フォーラムで開催されていた今年度のNICAFを訪れて、一昨年の展示との違いを実感し、あらためて東京のアートシーンが目まぐるしく変貌するスピード感(そしてそれを正確にフォローすることの困難さ)を思い知らされた。何しろ、これも賛否両論喧しいが、石原慎太郎都知事の強い意向を反映する形で、アサヒビールの樋口廣太郎社長が東京都現代美術館の館長に就任するといった、ほんの数年前には考えられなかった事態が出現しているほどなのだから。しかし、映画やコンサートを鑑賞したり、スポーツを観戦したりするにも多少の木戸銭は必要であることを考えれば、ほとんどの場合入場料さえ必要のないギャラリー探訪は、実は本質的には最もつつましくて敷居の低い文化的体験であるとさえ言えよう。もちろん、ここで取り上げたのはほんの一例にすぎないが、たとえそうであっても、一人でも多くの読者が、アート系の専門誌や、あるいは『ぴあ』や『東京ウォーカー』のような情報誌を導き手として、東京のアートシーンを体感するきっかけとなるのであれば、このささやかなガイドを書いた意味があるというものである。

[ふじさきいおり 美術批評]

top
copyright (c) Dai Nippon Printing Co., Ltd. 2001