FOCUS=最新アート・ガイド入門編 |
藤崎伊織
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現在のところ、アート系のWebページは(1)美術館やギャラリーのホームページ、(2)Web上の環境が作品展示やアーカイヴに用いられた「ヴァーチュアル・ミュージアム」、(3)アーティストがWeb上に展開する「ネット・アート」、(4)展覧会や作家プロフィールなど、様々な情報が網羅された情報ページ・検索エンジンの4種類に大別できるだろう。もちろん、純粋にアートという見地に立った場合、本質的な問題を提起しているのは(2)であり(3)であるわけだが、情報の検索などでは、むしろ(1)や(4)の世話になる場合の方が多いだろうし、またそれ以前にこの分類にうまく当てはまらないHPも多々存在する。そこでこの紹介では、Webとアートの関係をトータルに考察するために、できるだけ多くの読者に資するように、アート系Webページの現状について(1)から(4)までを等しく扱うことにする。 美術館からの情報発信
もちろん、いかに展覧会の紹介などが詳細にわたるとしても、そのこと自体は以前には紙媒体によって為されていた(そして、今も為されている)ことであり、画像データのアーカイヴを構築するなどの工夫を凝らさなければ、Webの特性が生かされているとは言い難い。日本でも多くの美術館・ギャラリーで開設されているHPが、欧米のそれに対して後塵を拝しているのはまさにこの点である。その意味では、最近は他の美術館によってキャッチアップされて埋没してしまった観があるが、Web上の公募展「アート・オン・ザ・ネット」を開催するなど、早くからWeb独自の可能性に立脚した活動を展開してきた町田市国際版画美術館の先駆性は高い評価に値するだろう。なお、海外の美術館のWebに関して言えば、やはり「ウォーカー・アート・センター」「ウェクスナー・アート・センター」「PS1」といった、アメリカの現代美術系のインスティテューションが、内容の充実度という点で群を抜いているように思う。 Web独自のアートをめざして 次いで(2)及び(3)についてだが、言うまでもなくこれは90年代後半以降に急速に伸張してきた分野であり、その歴史は極めて浅い。にもかかわらず、「ヴァーチュアル・ミュージアム」や「ネット・アート」が関心を集めているのは、ひとえにこの表現が孕む無限の可能性に高い期待が寄せられているからだ。そうした可能性の一端は、例えば資生堂CyGnetへとアクセスすることで確かめられるだろう。日本ではまだ珍しいこの本格的な「ヴァーチュアル・ミュージアム」では、現在5つのプロジェクトが公開されており、観客はパソコンのSCSIポートのようなデザインのトップページから、Webを利用した様々な形態の表現へと容易にアクセスすることができる。ICCに典型的なように、「ヴァーチュアル・ミュージアム」の充実度は、どうしても現実の施設との並行関係で考えられがちなのだが、このCyGnetは対応する現実の美術館を持たないインディペンデントな「ヴァーチュアル・ミュージアム」である点でも際立っている。なお、ポピュラリティとは無縁の分野なのでここでは具体的には触れないが、学術的な研究目的で高品質な画像データがストックされたアーカイヴも、冒頭の分類を当てはめるなら、この「ヴァーチュアル・ミュージアム」に該当することになるだろうか。かつてアンドレ・マルローが写真というメディアを媒介として夢想した「空想の美術館」は、それから半世紀以上の時間を経て、恐らく彼の予想もつかなかったハイパーテクスト的な環境の中に実現されようとしているのだ。
cyber-flaneurの登場 最後に(4)の検索・情報ページだが、これは読者一般の便宜も考慮して、日本語サイトに限定してごく手短に紹介するにとどめたい。検索そのものは、もちろんYahoo!やInfoseekといった一般の検索エンジンでも可能なわけだが、「アートなび」のようなアート系の検索エンジンを用いれば、さらに精度の高い検索をすることができる(日本の美術館・ギャラリーのHPが欧米のHPに対して劣っている理由の一つは、この検索機能の差にある)。展覧会やワークショップ・イヴェントなどのアート系情報一般に関しては、このartscapeのように全国的な規模で情報を網羅しているHPも存在するが、首都圏の展覧会に関しては、オンラインマガジンrealtokyoが提供する情報もまた、精度と信頼性の高いものである。海外の情報に関しては、もちろんある程度の英語力が必須要件だが、とりあえずYahoo!のような検索エンジンからエントリーすれば、いずれ有用なHPにたどり着けるに違いない。 かつてヴァルター・ベンヤミンは、パリの市街を自由に闊歩する高等遊民を「散策者」(flaneur)と呼んだ。この極めて19世紀的な都市概念が、21世紀の初頭を迎えた現在、何ともサイバー的な環境の下に再編成されようとしているのではないか――多くのアート系のWebをネットサーフしたときに得られるこの実感は、決して誤りでも誇張でもないはずである。 [ふじさきいおり 美術批評] |
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