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四国エリア 毛利義嗣
Report
高松市コミュニティ・カレッジ'98[芸術コース]
ルート・ディレクトリ――表現の「場」について
高松市コミュニティ・カレッジ'98
  5.中山ダイスケ(アーティスト)
    僕にとっての場所。 ――丸亀&東京&ニューヨーク

 以前の作品は人に向かって緊張感を突きつけていく攻撃的なもので、自分はいわば作品の側にいたのが、段々と作品を客観視するようになっていった。各作品ごとにやりたいことを決めて制作してきたが、ふり返ってみて最近気づいたのは、僕はずっと人と人との「間合い」を作品にしたかったということだ。僕の表現の場所をカテゴライズすればコンテンポラリーなファインアートということになるが、積極的に選んだわけではない。したいことがどのカテゴリーにもあてはまらず、無機質な真っ白い空間からなら作っていけると思って入ったのがギャラリーであり、気がつけばコンテンポラリーという掃き溜めのようなところにいた。だから僕にとっては表現のfieldという意味での「場所」は重要ではない。むしろ、自分が住み制作していたplaceとしての「場所」に重要性がある。
 僕は高校まで丸亀に住んでいたが、川崎展子という美術の先生に出会ったことを契機に、情報量が少ないながらも意識して表現を見るようになった。そんな中で最も興味を持ったのがテレビのCMであり、グラフィック・デザインをやろうと思って美大に進んだ。しかしそこで、グラフィックは表現の多くのカテゴリーのたった一つにすぎないことを知り、加えて職業訓練校的な授業にあまりに波長が合わず退学する。その後パフォーマンスや演劇、ビデオ編集などに関わりながら色々なものを見たが、かえって何をすればいいのか分からなくなっていく。ただ何を考えても核として残るのは、自分が表現したい側の人間だということだった。人が作ったものを見ても聴いても物足りない、ならば自分が作って見せるしかない。

 90年頃、飴屋法水という演出家と組んでスライド映像と音楽をリンクさせたショーに関わった時、どの分野にもカテゴライズできないその表現に、客も僕も震えるような感動を味わった。当時、自分の範疇でできるグラフィック的なお手軽な表現が出始めていたが、仕掛けは大変でも全身を包み込むような表現が自分に合っていると思った。その後初めてニューヨークに出かけた時にも、テリー・ウィンタースの1枚の絵に同じような震えを覚えた。しかしそれは、絵そのものではなく、それがおかれている真っ白い空間における緊張感にだった。ニューヨークではギャラリー以外にも同様の緊張感ある空間に何度も出会った。それで分かったのは、僕が作りたいのは緊張感であり、そこに何を持ってこようが最終的にはそんな「場の力」を表現したいのだということだ。演出家のような立場で、今回はこういうテーマでこんなことを感じて欲しいから必要なものはこれ、というように作品を選んでいく。だから素材は何でも使う。専門的な技術はないが、やりたいことを表現するための技術は既に浅くたくさん持っている。アイデアを考えるデッサンの幅が広いから、どんなものでも表現に取り込んでいける。

 やがてニューヨークへ招聘されることになったが、そこでは表現のフィールドが東京よりむしろカテゴライズされていた。アートが活性化されているだけにビジネスライクであり、マーケット全体が、求められているものについて非常に明確化している。そんな中で、自分のやりたいこととギャラリーの意向をどうにかすり合わせながら、98年の3月と6月に個展を行なった。最初の個展は、テーブルと1対のコーヒーカップ、床にペイントしたテーブルの影、影の中でランダムに動き回る2個のボール、を組合わせたインスタレーションで、2人の人間のコミュニケーションをテーブルの上と下の差よって表現したものだった。これに関して、思ったほど怖くはない、東京での作品から期待されたような攻撃的なものではなかったという評論が書かれた。つまりマーケットが望むカテゴリーに入らなかったわけだ。2回目の個展ではポスター大の写真作品を制作。何人かの人が各々ナイフなどの武器を持ち、にこやかな表情で互いを貫き合っているというモチーフでのいくつかのバリエーションで、人が何か道具を介して相手と関わっていくあり方を、ナイフを例えに表現したものだ。この時には前展も含めた評論が書かれ、両展を合わせて改めて評価されることになった。日本における批評はお知らせか感想文にすぎないものが多いが、ニューヨークでは批評のフィールドが確立されていて、それがアートシーンにも重要な役割を果たしている。2つの個展を通して、カテゴライズしにくいアーティストだと認めてもらえたわけで、今後も作品そのものだけでなくその流れも含めて見せていこうと考えている。

 場所(place)によって求められるものも出てくるものも違うのがアートの面白いところだ。この点ファッションや音楽や映画とは異なる。これは物理的な距離だけで決まるのではなく、例えば今のニューヨークのアートシーンにとってはアジアのアーティストの作品より西海岸の作品の方が異質に見えるというように、とても小さなローカリティが作品やアーティストに影響を与えているということだ。僕自身も、自分の表現を探す行程と、現実に住む場所を変えていったタイミングがぴったり合っている。それぞれの土地のその時の風潮が制作に大きく関与している。次の作品は道具を介さない密着した間合いをテーマに考えているが、自分がいる場所で何を体験したかということが一番影響してくるだろうと思っている。(高松市美術館/毛利義嗣編)

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