ペーパーライク・ディスプレイは、2枚のプラスティックフィルムの間に、コピー機などに用いられるトナーを封じ込めており、静電気でこれを吸着させたり、離着させることで明・暗の画像を表示する。従来の電子ディスプレイは電源を切れば表示内容も消えてしまうが、この“電子ペーパー”は電源を切っても情報はそのまま表示され(不揮発性)、必要に応じて情報を読み込み内容を書き換えることも自在にできる。
厚みは200から300μmときわめて薄く、紙にのように折り曲げたり、丸めたりすることができる。現状ではモノクロ二値画像を表示するだけだが、将来的にはカラーフィルターを用いることでカラー化も可能だ。キヤノンでは、2007年から2010年の実用化を目標とし、紙の書籍や雑誌、新聞に匹敵する、視認性と携帯性にすぐれたディスプレイを目指すという。
キヤノンと同じような電子ペーパーの実現を目指している米国の新興企業にE Ink社がある。MITメディアラボからのスピンアウトである同社では、Lucent Technologies社と提携、互いのもつ要素技術を組み合わせた電子ペーパーを開発している。メディアラボの研究で生まれた「電子インク」は、電磁力で変化する微細なカプセルの中に染料が封入してあり、それを薄いプラスティックシートのうえに印刷するもの。試作品は、大手百貨店J.C.Pennyのマサチューセッツ州にある店舗の売り場で天井つり下げ式の「看板」としてすでに導入されている。
キヤノンがペーパーライクディスプレイを発表したのとほぼ同時期、E Ink社とLucent社では、プラスティックシートに直接、制御用のトランジスタ回路と電子インクを一緒に印刷した電子ペーパーのプロトタイプを発表した。5インチ四方のサイズに数百ピクセルと解像度はまだまだだが、2003年の実用化を目指すと意気込んでいる。日米どちらの企業が先陣を切るか、などというビジネス的な憶測はさておき、少なくともあと数年でこうした革新的なディスプレイが私たちの身の回りに出現することはどうやら間違いなさそうだ。
はたして、電子ペーパーの登場は一体何を意味するのか? ディスプレイが紙のような軽さと柔軟さを兼ね備えることで、そこに表現される情報はハードウェアというある一定のサブスタンスをもった「装置」から限りなく自由になっていくような印象を受ける。もちろん、完全に物質性が消え去るわけではないが、デジタル情報は電子ペーパーという「被膜」を通して、建築やインテリア、衣服、その他さまざまなオブジェクトへと遍在していくことになるだろう。