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美術作品と著作権(3)――著作権者と使用者、それぞれの主張の間で
 

美術著作権処理の実際

約10年間美術著作権の管理業務に携わっていて、つくづく感じたことは、この仕事が、著作権者(作家や遺族)と使用者の間に入って、両者の主張の折り合う場所、言い換えれば、落とし所を、その都度の状況に応じて探していく仕事なのだ、ということです。使用内容を機械的に料金表にあてはめて使用料を徴収するだけの単純な仕事ではありませんし、日常的に生じる大小のトラブルを法律の条文や過去の判例に従って簡単に解決できるというわけでもありません。その典型的な例を次にご紹介します。

ある著名な外国作家の遺族をようやく説得して、数種類のスカーフに作品を使用することを許可してもらうことが出来ました。契約も交わし、後は、製品サンプルを事前に遺族にチェッしてもらって製品販売開始というところまでこぎつけました。ところがサンプルを見た遺族が、「色が汚いし、しかも、作品がトリミングされている。契約を反故にしたい」と騒ぎ出したのです。遺族側は具体的にどの色がどう違うかという指摘もしてきました。

私から見ると、比較的低い価格の製品の割には良い色が出ていると思ったのですが、遺族に言わせれば、たとえば、黒の上に薄いグリーンが重なっているような微妙な色調が再現できていないというわけです。トリミングに関して言えば、スカーフ製作会社が、美術館から借りたポジフィルムを使用せずに、画集の図版(トリミングされている)を複写したために起きたミスでした。紙の上に印刷するのと違い、布への複製なのだから制約があるので、大目に見て欲しいと遺族を説得しましたが、「複製の難しい素材を選んだのは自分たちではないから自分たちの責任ではない」と全く譲りません。色やトリミングの問題は、著作者人格権のうちの同一性保持権に関わる問題ですので、遺族側の主張は正当なものといえます。

一方のスカーフ製作会社は、「複雑な色調を出すために10以上の版を使って、通常よりコストをかけて努力している。これ以上コストはかけられない。いくつかの画集の図版を見ても色はまちまちだし、トリミングされていることもある。自分たちだけがどうして責められるのか」というわけです。確かに、画集の図版までは遺族は一つ一つチェックしていませんから、見本にならないような図版が存在していることも事実です。しかし、その問題をここで穿り返すと話が飛び火して余計にややこしくなってしまいます。

こうなると、同一性保持権というものがあるから、遺族の言うとおりにしなさい、と言って解決できる状態ではありませんし、だからといって、裁判で争うような問題でもありません。両者が折り合える場所を探さねばなりません。

まず、色の問題については、日本の美術館の作品も含まれていたため、実際に製作会社の担当者と一緒に原作を見に行ってみました。すると、遺族の指摘どおりに確かに色がかなり違っていることが分かり、製作会社も更に色彩を調整してみることを受け入れました。そして、不満は残るものの、遺族がどうにか納得できる色にはなりました。問題はトリミングです。色は調整可能であっても、版は既に作られているためレイアウトの変更はコスト面で困難です。これには本当に頭を抱えましたが、契約書にモノクロの作品コピーが添付されていて、そのコピーがまさに版のもとになった図版と同一のものであることに気付きました。そこで、契約書添付の図版と同じなのだから、トリミングを今更問題にするのは無理であると遺族に主張したところ、遺族側も折れ、トリミングについては不問に付すことになりました。このような過程を経て、ようやくスカーフの製作、販売が可能になったわけです。

著作権処理という仕事が、作家と使用者の主張の合意点を探り出し、一つの案件全体を終了させる役割を担っていることがお分かりいただけたのではないかと思います。

この他にも、美術作品を使用する現場では、著作権に関わる問題が日々起きています。次に代表的なトラブルの例を列挙します。

著作権に関する知識の欠如によるトラブル
たとえば、旅行のガイドブックで美術館を紹介する際に、美術館が貸してくれた作品写真をそのまま掲載し、著作権処理が必要なことを知らなかった、というようなケース。

保護期間の計算間違いによるトラブル
たとえば、戦時加算の存在を知らずに、保護期間が一律に50年間だと思っていたために、著作権を侵害してしまうケース。

著作権法の間違った解釈によるトラブル
たとえば、出版物の本文中に使用する場合、1/4ページ大以下なら、「引用のための利用」になるので、著作権の許可取得は不要、といった、未だに流布している一面的な解釈を鵜呑みにしたために、著作権を侵害してしまうケース。

私は、現在の職場で、著作権処理以外に、フォトリサーチも行っているため、以前よりも使用者側の立場が分かるようになってきました。その経験も踏まえ、また別の機会に、美術作品と著作権についてご説明したいと思います。


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