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5月12日にオープンするテイト近代美術館
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2000年が幕開けしていよいよ21世紀へのカウントダウンが始まった。日本ではY2K問題に終止していてミレニアムの幕開けがあまりお祭り気分に染まれなかったといえそうだ。もし、アメリカのような好景気であれば馬鹿騒ぎに興じることができたかもしれないし、ヨーロッパのようなクリスチャンの国々なら洒落た気分で過ごせたかもしれないけれど、Y2Kのために今年はいつもよりさらに静かな年始を迎えたといえるだろう。さて、2001年が新世紀の始まりとすれば今年は世紀末という考えるのが普通だが、私が思うには、ミレニアムはやはり新千年紀となる祝祭のためのスペシャル・イヤーなのであって、世紀末はすでに終焉していて、あとは新世紀を迎え入れるための前夜年を楽しく過ごそうというニューセンチュリー・イヴと考えたい。だから、こんなに、限られた人類にしか体験できない千年に1度の祝祭を1年がかりで体験しようというヨーロッパ人の考えには賛成である。そこで、あまり細かいことは気にせず思う存分に楽しんでみたらいいのではないかというのが持論である。
ミレニアムに合わせたアートの祭典はヨーロッパに集中している。千年王国のヨーロッパが数多くのフェスティバルを開催するのは当たり前といってしまえばそれまでだが、それでもアートに関連したことがイヴェントがたくさんあるのは楽しい。ここでは、いくつかミレニアム・イヴェントを紹介するので、今年ヨーロッパに行こうとしている人には参考になればと思う。
まず、なんといってもロンドンは、ミレニアム・ドームなどという大掛かりなものをブチ上げて千年祭のリード権を取得しようとした。しかし、実際のドームの中身は見えてこないし、決してグッドデザインとはいえないテント張りの普通のパヴィリオンだ。1850年に“ザ・エキシビション”という世界初の万国博覧会を開催した誇り高い国家として、どうしてもミレニアムという大祭典にはリーダーシップを見せておきたかったのだろう。その意気込みと努力に敬意を表して、せっかくだからロンドンにいったら覗いてみるのも良いだろう。
しかし、それよりも本年の最大級の目玉は、バンクサイドのテイト・ギャラリーの開館ではないか。100年の長い切望の歴史を経て、ようやくイギリスにも近代美術館が落成するのである。先進国でありながら、しかも最大級のミュージアムの宝庫であるイギリスが今日まで近代美術館を持たずに来たのは、七不思議といえるかもしれない。テイト・ギャラリーが設立された1897年には、テイトはナショナル・ギャラリーの分館としてオープンし、イギリス美術振興および現存作家の育成のための現代美術館の役割が中心だった。もちろん、現在でもその基本方針に変わりはないが、コレクションの数量も増えつづけ、イギリス美術と近・現代の作品を分離する必要がでてきた。世界の中でも、イギリス美術をもっとも大量に系統的にコレクションをしているのは、テイト・ギャラリーといえるだろう。ミルバンクにある現在のテイト・ギャラリーはさらに増築してイギリス専門館として3月24日にリニューアル・オープンされる。オープン企画として『ラスキン、ターナー、ラファエロ前派』といったイギリス美術ファン必見のプログラムが組まれている。
バンクサイドに5月12日に新しくオープンするテイト近代美術館は、スイスの建築家ヘルツォーク&ドムーロンによるリニューアル・デザインだ。戦後に建てられた火力発電所跡を改築して美術館にするという再開発プロジェクトである。ミレニアム・ファンドという特別な国家予算から5千万ポンド(1兆円)という巨額が当投じられている。その他、アーツ・カウンシルからも125億円が出資されていて、その上にミルバンクの増改築費用を合わせると、なにしろとんでもない資金がうごめくプロジェクトだということだけは理解できるだろう。
さて、近代美術館のエントランスに広がる吹き抜けのスペース(奥行152×高さ30m)は世界中の美術館でも最大級になると言われている。屋上にはガラス壁に覆われた明るい空間ができあがり、夜間にはテムズ河沿いに照明で浮き上がるようになっている。広大な敷地面積には、付帯施設としてカフェや野外彫刻などが陳列されて一大芸術施設が出来上がる予定である。美術館本体のみならず、美術館のための地下鉄が急ピッチに開通しようとしているし、美術館前のテムズ河を渡る歩行者専用の橋も建設される。また、ふたつのテイトを繋ぐシャトルバスやレンタ・サイクルなどの実施など、建物だけではなく、交通アクセスや利便性にもかなりの力を入れている。つまり、美術館が単にオープンするというだけではなく、そのエリア事体が再開発され発展していくように都市計画ができあがっているのである。
イギリスでは、現代美術が受け入れ難いとか、近代美術館が21世紀にようやく完成される事実など、アートに対する保守的な点は否めない。しかし、その代わり、やるときはきちんとしたものを最大限の努力で完成させてしまうという底力が備わっている。単なる箱物行政では決して創りえないような充実した美術館を設立することができるのである。しかも入場無料(特別展を除く)なのだ!!!日本では決してマネのできない文化行政である。
1992年に新美術館構想が発表されて以来、ず〜と待ち焦がれていた私としては、この完成を絶対に見なくてはならないという義務感さえ感じているのである。ちょうどこの発表がされた時期は、テイトのセント・アイヴス分館が完成する頃であって、テイト・ギャラリーの戦略的発展事業をまざまざと思い知らされたことを今でもはっきりと覚えている。ひとつの美術館がここまで大きく素晴らしい発展を遂げるという事実は、美術館運営について少しでも興味があれば知っておくべきケース・スタディになるはずである。もちろん、単純に新ギャラリーを見学したり、膨大なコレクションを鑑賞するだけでもよいのだ。100年という歳月のなかで収集された作品のみごとな内容にただただ魅了されされることに間違いない。開館特別展はルイーズ・ブルジョワで巨大エントランスホールに新作を制作する。ピカソの「泣く女」やマーク・ロスコの幻のフォーシーズン連作などの傑作をみるだけでも価値あることだろう。
さて、ヨーロッパ大陸では、ヨーロッパ文化指定都市※ という毎年持ち回りで1都市選出されて、そこでアート・フェスティバルが開催されるのだが、今年はミレニアムということで、特別に9都市が1度にアート・フェスティバルを開催する。それらを巡るだけでもかなり充実したミレニアム・アート・イヴェントということになるが、私の推薦はフランスのリヨン・ビエンナーレである。すでに5回目になる当ビエンナーレは1991年から行われているが、今回はミレニアムに相応しい大型アート・フェスティバルに変貌するということなのだ。しかも、総合ディレクターは、フランス・アート界のドン、ジャン・ユベール=マルタンである。いったいどんなビエンナーレになるのかワクワクしてくるではないか。
昨年のヴェネツィア・ビエンナーレで、ハラルド・ゼーマンによって20世紀末から新世紀へのブリッジを見ることができ、今後のアートの可能性や方向性が打ち出されたといえるだろう。しかし、今度はポンピドーセンターなどの主要な舞台で現代美術をリードしてきたマルタンによって、大掛かりな20世紀総括と21世紀への明確なヴィジョンが公開されようとしている。これは、やはり見逃せないアート・フェスティバルである。
さて、フランスではリヨンだけではなく、パリのポンピドーセンターのリニューアルオープンやアヴィニヨンでもミレニアム・フェスティバルが開催される。リヨン・ビエンナーレもモダン・ダンスのフェスティバルが並行して行われるが、こちらもダンスやシアターなどのパフォーミング・アーツが豊富に盛り込まれている。もちろん、「ヴィジョン・オブ・ビューティー」という大がかりな展覧会が開催され、現代美術や建築などのヴィジュアル・アートも同時に紹介されるので、余裕があればアビニョンもチェックしたい。
また、ノマド式ビエンナーレとしてヨーロッパの各都市を移動しながら開催している“マニフェスタ”が、今回はスロヴェニアで6月23日から9月24日まで開催される。毎回4人の国際的キュレーターが選抜されて、彼等によってヨーロッパ全土から多彩な若手作家がチョイスされる。ヨーロッパ統一をアートによって実現させようという画期的なビエンナーレである。今回は、フランチェスコ・ボナミ(シカゴ)、オレ・ボーマン(ロッテルダム)、マリア・ウラヴァヨハ(ブラティスラヴァ)、キャスリン・ロンバーグ(ウィーン)がキュレーターとして活動している。マニフェスタをみることで、東欧の作家やまったく無名の作家などの掘り出し物に出会えるのがなかなか嬉しいことなのだ。
ヨーロッパのアートフェスティバルを巡るとするには、できれば、ヴェネツィア・ビエンナーレのように大物をみるだけではなく、リヨン・ビエンナーレやマニフェスタなどの地方のアート・フェスティバルはチェックしておきたい。それらを注目し、微細にいたるまで確認することで、現代美術の深みや流れがはっきりと見えてくるのだ。ヴェネツィアのような大物だけを見てると2年に1度のお祭りや見せ物的刺激物の見学のように感じてしまいがちだが、実はこうした小型のアート・フェティバルで余震は充分に感知できるのである。時間がなくても、資金が乏しくてもぜひとも果敢に挑戦してもらいたいミレニアムにおける重要アート・イヴェントといえそうだ。
さて、これらを見学するというのも今年の大きなイヴェントなのだが、私自身も数 多くのイヴェントや展覧会を抱えている。国内外のさまざまな場所で神出鬼没に行わ れるので、もし遭遇したらぜひとも覗いてみてもらいたい。桜の季節の春にはフランス・ドキュメンタリー作家ブリジット・コナードの上映会+トークが東京 と京都で開催される。彼女のアーティストたちのポートレートは、温かみのあるパー ソナルな視点で記録されている。作家と観客の距離がこんなにも身近に感じられるの は彼女自身がアーティスト達との壁を取り払っているからである。ルイーズ・ブルジョワを丹念に記録した自宅での5年に亘るドキュメンタリーは必見。
夏には、ノルウェーの鬼才ブジャルネ・メルガードの来日予定。現在、日本に惚れ込んでしまってどうしても来日したいという作家本人の希望を叶えてあげようと、東京でのアーティスト・イン・レジデンスをオーガナイズ。滞在中には、複数の展覧会企画も考案中。今年の彼は、リヨン・ビエンナーレ、スカンジナビア・ビエンナーレやストックホルム現代美術館やボン現代美術館のグループショーなどの多数の展覧会参加が続く超人気者なのである。
秋には、パリ郊外での若手日本人作家5人(喜多順子、東恩納裕一、古川弓子、田中功喜、林佐織)によるグループショー『東風』をオルタナティヴ・アートスペース“ROOM”で開催。この展覧会のためにキュレーターとして私自身がパリで滞在しながらフランスの超新鋭の若手作家をリサーチする予定。
さらにその後も、イギリスでのジャパン・フェスティバルやスコッティシュ現代美術展などの企画が目白押しで続くが鬼が笑うのでこの辺で切り上げよう。なにしろミレニアムはとても楽しいというのだけは、分かってもらえたのではないかな。 |