わが国において、「アートマネジメント」の名称を用いた講座が最初に開講されたのは、1991年3月に(社)企業メセナ協議会と国際交流基金の共催によって実施された「アートマネージメント特別講座」のようであり、このことからアートマネジメントという概念はごく最近わが国に導入されたものであることがわかる。
その後、90年代にかけて、アートマネジメントの名を冠した講座や研修が、大学等高等教育機関(以下「大学」とする)をはじめとして国や地方自治体、民間など様々な主体によって数多く開催されており、アートマネジメント教育がひとつのブームのような状況となっている。
このうち大学においては、91年4月に慶應義塾大学において開講された「アートマネジメント講座」を幕開けとして、以下のように、アートマネジメントに関する講座が各大学において開設されている。
また、最新の動向としては、今年度4月に開学した静岡文化芸術大学において、全国初の「文化政策学部」が創設されており、同大学の学長に就任した東京大学名誉教授の木村尚三郎氏は、「アートマネジメントができる人材を文化政策学部で育てる(日本経済新聞、1999年12月21日)と語っている。
2.大学のアートマネジメント教育において何が問題となっているのか
このように、全国の大学においてアートマネンジメント講座の開設が続く一方で、それらの課題・問題点も徐々に浮かび上がってきており、以下のように、大きく3つの点を指摘することができる。
■単なる座学ではダメ
第一の課題として、現状ではほとんどの講座が「座学」であるが、今後のアートマネジメント講座においては、単なる座学だけではなく、より実際的なマネジメント(事業や組織の運営)を体験できるようなプログラムが必要である点があげられる。
例えば、文化施設における実地研修を授業の一環として行なうほか、地域の文化団体や文化イベントなどでのボランティア活動も単位として認定するなど、「書を捨てて街へ出る」ための仕組みづくりを検討してもよいのではないか。
実際、こうしたことに既に取り組んでいる大学もあり、例えば昭和音楽大学では、「小出郷文化会館」(新潟県)を学外での実習先としており、会館の自主事業の手伝い(コンサートの裏方、チケットセールス、講演会の準備など)を体験する内容となっている。
また、くらしき作陽大学では、「すみだトリフォニーホール」(東京都)における事業(コンサート)にアートマネジメント・コース専攻生を参加させ、実地でのホール研修を行っている。
その他、仮に座学を実施するにしても、例えば米国のビジネス・スクールなどで用いられている「ケースメソッド」(★1)と呼ばれる教育方法を導入するなど、さまざまな展開を検討すべきであろう。
★1 実際のケース(事例)を教材として、自分がそのケースに関わっているとしたらどのような判断を下すのかを中心テーマに討議するという教育方法
■定番となる「教科書」がない
第二の課題は、アートマネジメント教育の“教科書”となるような適切なテキストがないため、アートマネジメントについての共通の概念がないままに、それぞれの講座ごとにまちまちの教育が実施されていることである。
アートマネジメントは学際的かつ実際的な新しい学問分野として脚光を浴びたが、残念ながらその認知度は依然として低いのが現状であり、わが国の現状に対応した、アートマネジメント教育の体系を確立することが喫緊の課題となっている。
現在、文化経済学会内の自主研究会や研究者有志によって、アートマネジメント教育の体系化とアートマネジメントのテキストを作成するための検討が続けられているようであるので、その成果に期待したい。
また、各大学(各講座)の講義内容やカリキュラムについて情報交換することを通じて、アートマネジメント教育に関する“暗黙知”を“形式知”に変換していく努力が関係者には求められる。
■アートマネジメント教育の目標が不明確
第三の課題としては、アートマネジメント教育だけの問題ではなく、大学教育全般の課題でもあるが、教育を通じてどのような人材を育成しようとしているのか、という目標があまり明確ではないという点があげられる。
アートマネジメント教育の内容を勘案して考えると、芸術家を育成することを目的とするのではなく、アートと社会(コミュニティ)をリンケージさせる実務家を育成することが主たる目的となるものと考えられる。
その趣旨に鑑みると、(アートに関連する職業であるかどうかに関わらず)実務経験がある社会人を対象として、アートと社会の関係を考え、アートの社会化について学ぶ場としての大学院課程があってもよいのではないだろうか。
3.アートマネジメント教育が大学と地域とをリンケージする
国土庁の『大学等の立地と地域における期待・効果等に関する調査』(平成7年2月)によると、新増設・移転により大学等が立地した市町村が、当初期待していた効果にとしては、「地域の文化環境の向上」が最も期待が高く、次いで「生涯学習体制の整備」となっている。
このような地域(市町村)の期待に大学が実際に応えていくため、アートマネジメント教育という “社会性”の高い学問の特性を活用することが有効な手法なのではないだろうか。
そして、アートマネジメント教育を通じて、以下のようなさまざまな主体とのリンケージを地域において構築していくことにより、結果として、地域に開かれた大学としての役割を担っていくことができるものと考えられる。
■大学教育と地域文化施設とのリンケージ
高度経済成長期からバブル経済の時代にかけては、全国至るところで文化会館やホール・劇場などの建設が続々と行われ、まるで“ホール建設ラッシュ”とでも呼べる状況がみられた。
しかし、ハード面の整備は進んだものの、その中で芸術文化を制作するソフト(運営システム、人材など)が同時に整備されなかったため、“ハコモノ(文化)行政”または“多目的ホール=無目的ホール”“ハード偏重”という批判も一方で沸き起こったことは周知の通りである。
そのような中、従来のハード偏重に対する反省を踏まえ、全国の公立文化施設においては、文化事業の企画・制作や文化施設の管理・運営に関する業務、すなわち、「アートマネジメント(芸術の経営管理)」を担当する専門スタッフの育成に対する要請も同時に高まってきている。このような背景のもと、文化施設職員に対してのアートマネジメントに関する再教育を各地域における大学が担い、一方で、学生が文化施設において文化事業の実務的な面に関する研修を受ける、というかたちで大学と文化施設が連携して、双方にメリットのあるアートマネジメント教育を展開するというアイデアも考えられる。
■大学と芸術文化団体とのリンケージ
今後、各芸術文化団体が助成金や補助金などの様々な資金を調達するにあたっては、各団体がきちんとマネジメント(組織経営)されていることが前提条件となり、同時にマネジメント能力の向上を通じた自助努力の必要性も高まってきている。
そこで、例えば、アートマネジメント講座のケースメソッドにおいて、ある芸術文化団体を「生きた教材」として取り上げるとともに、団体サイドも 「ただで」経営のアドバイスを受けることができる、という双方にメリットのある連携のアイデアも考えられる。
■大学と市民社会とのリンケージ
そもそも文化事業というものは観客や聴衆がいなければ成立しないのであるから、芸術文化支援においては、一見遠回りなようであるが、鑑賞者の養成(マーケットの醸成)こそが実は最も重要な課題であると言える。
そこで、現在は芸術にあまり関心がない人を対象として、「なぜアートに関心がないのか?」「なぜ文化施設に来てくれないのか?」などの視点から、アートに親しむことについての阻害要因を真剣に検討していくことが極めて重要な課題となる。
具体的には、シンポジウムやワークショップの開催など、一般市民がアートに対する理解をより一層深めることができるようなアウトリーチ(★2)活動を展開し、潜在的なアートファンを掘り起こして、新しいマーケットを開拓することが必要であろう。
従来は行政が自らこのような施策を実施していたが、例えば、理工系の研究室においては、行政から研究や事業を受託するケースがあるため、これを参考にして、上記のような市民へのアウトリーチ活動を大学が行政から事業受託し、アートマネジメント講座の一環として、取り組むというアイデアも考えられる。
★2 文化施設に来ることができない人々や現状では文化にあまり関心がない人々を対象として実施される教育普及活動のこと
4.おわりに:アートマネジメント教育の未来へ向けて
アートマネジメント教育の考え方が地域に普及するということは、社会全体のアートに対する需要を創造・開拓されるとともに、「自分たちが本当に望む芸術文化とはどのようなものなのか」という問題を市民が自ら考える契機ともなる。
そして究極的には、このような展開を通じて、どのような芸術文化を支援していくのかを自分たちの権利と責任において判断することのできる成熟した市民社会を実現化していくことも期待される。
そのためにも、アートマネジメント教育を単なる一過性のブームで終わらせるのではなく、また、単なる欧米の模倣ではない日本型のアートマネジメント教育が早期に確立されることが強く期待されていると言える。