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『トゥルーマン・ショー』――神のいる不自由、いない不自由について
                              
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北小路隆志

 ぼくの足下にいま一匹の雌猫が横たわっている。旅に出るからしばらく預かってくれと友人に頼まれ、まんざら知らない仲でもない彼女と同居することになった。唯一厄介なのは毎夜の散歩につきあわされることだ。この猫が特別に臆病なのかどうか、とにかく単独で外出することができない。周辺には野良猫が数匹いるし、慣れない土地で行方不明になっても困るので、30分ほどの散歩に一緒に出かける。外に出るのがそんなに怖いのならずっと部屋にいればいいのにとも思うが、それが難しいらしいのだ。たとえば、別の友人の猫はカゴの鳥のように狭い部屋のなかでずっと暮らしている。猫の方から積極的に外出したがらないようだ。それがいわゆる“飼い猫”ということだろうが、そうした猫は家の外の世界を知らないまま一生を過ごすことになるのだろう。一方、ぼくが預かってる猫はかつて外を自由に闊歩した経験をもつがゆえに、カゴの鳥状態でいることに耐えられない……。こうして猫たちは、とりあえず三つか、四つのタイプに類型化される。一生、家という人間的な領域で暮らすことを余儀無くされる、あるいは選択する猫、飼い猫だけれど外に出る権利を何とか維持しつづけようとする猫、時おり人から餌をもらうこともあろうが、外で生きて死ぬであろう野良猫……。
trueman  ジム・キャリー主演のハリウッド映画『トゥルーマン・ショー』を見ながら、ぼくが思い浮かべたのは、たまたま現在は自分の部屋で暮らす雌猫が所属する世界についてだ。トゥルーマンという名の男がいる。誕生して以来、結婚し、保険会社に勤務する現在にいたるまでの全ての時間をカメラで撮られ、24時間生中継でテレビ放映されているが、彼はその事実を知らない。彼が暮らすのはアメリカ合衆国に所属するらしい平凡な街だが、実は巨大なドーム状のスタジオ内にあり、そこで彼が出会う人々は皆、映画やTVドラマのエキストラのような存在なのだ。やがて最新テクノロジーを駆使して完璧にコントロールされていたかのような疑似世界、つまりはトゥルーマンの「世界」が綻びを見せはじめる。何とかその綻びを取りつくろおうとするTV関係者と、正体不明の衝動に駆られたようにその「世界」から脱出しようとするトゥルーマンのあいだの戦いが、以下に展開する物語の中心だ。
 そう、ぼくにはトゥルーマンが飼い主の隙をついて外の世界に脱出したがる飼い猫のように見えたのだ。飼い主たちは彼を一生カゴの中に閉じこめようとするが、ここでの「監獄」は苦難に満ちたものではない。ただ、もし飼い猫が外の世界の存在を知ると事情は変わってくる。全く影の見出せないパラダイスのような街が、その時点で、外出を禁じられた監獄の様相を呈しはじめるだろう。外に出なければならない。たとえそこがこの街みたいな天国ではないとしても……。
 『トゥルーマン・ショー』では、テレビの敏腕プロデューサーがオーウェル的なビッグブラザーとして、あるいは「神」として、愛すべき飼い猫であるトゥルーマンを見守り、ある場所へ導こう(とどめよう)とする存在として描かれる。つまりここではベンサム=フーコー流一望監視システムの残滓があり、メディア社会=権力批判の映画としては少しばかり脆弱にすぎる。ただし想像しよう。猫は飼い主たちの計略をかいくぐり、外の世界に出ることでより自由になるのだろうか?
 日々の生存闘争に追われ、平均寿命では飼い猫をはるかに下回るであろう野良猫が飼い猫より自由で幸福であるとあなたは断言しえるだろうか? トゥルーマンが決死の覚悟で敢行する“大海原”への船出は、海がある段階で切断されて滝のようになだれ落ちると信じる人も多数存在した時代を生きたコロンブスらの航海に似ている。そしてその想像上の(ドームの)壁=滝を越えて、世界の外部に到達したとき、確かに冒険者たちは満足や勝利感を味わうだろうが、そこもまた新たな監獄(世界が球体で、有限であること、そして「外」にも退屈な日常が拡がることの認識)の端緒なのだ。テレビ関係者(神)の計略を暴くトゥルーマンは、外にも世界があることを知る飼い猫や、世界を一周するとまた生まれ故郷に戻ることを知る大航海時代の冒険者たちとほぼ同じ立場にたどり着くかのようだ。
 自由であることが過酷な監獄を意味し、監獄にとどまることが自由を意味するかもしれないし、神のいる不自由が神のいない不自由に交代するだけなのかもしれない……。真夜中に散歩に連れ出すことが義務となったぼくがはたしてお前より自由で豊かな世界観を持ち合わせていると断言できるのかどうか、いま足下に横たわる猫に問い質してみても、まともな返事は当然のことながら返ってこない。
写真提供:UIP

トゥルーマン・ショー

1998年11月14日〜ロードショー公開
問い合わせ:Tel. 03-3248-1771 UIP

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