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日独テクノサミット……椹木野衣
10月16、17、18日の三日間にかけて、ドイツ文化会館と青山スパイラルホールで、ドイツから研究者と音楽家を招き、パネル・ディスカッションとコンサートが開かれた。

 これは、現在のテクノカルチャー全般について、日本とドイツとの交流をはかろうというもので、コンサートにはドイツからトーマス・ケーナー、カールステン・ニコライ、オヴァルことマーカス・ポップ、そして日本からクリストフ・シャルル、池田亮司が参加。ディスカッションは四部構成で、ドイツからディードリヒ・ディーデリヒセン、メルツェデス・ブンツ、トム・ホラート、アンネ・フィリップ、アルミン・メドッシュ、日本からは佐々木敦、野田務、陣野俊史、岩井俊雄らが招かれ、わたしもパネル2に参加した。

 16、17日の二夜にわたって開かれたコンサートは、初日に比べて音響が改善されたという二日目を見たが、スパイラルホールは立ち見の余地もないほどの超満員。あらためて現在、この手のエレクトロ系テクノに対する興味が広く持たれていることを実感した。

 今回もっとも注目を集めたのはオヴァルであろう。たしかに、オヴァルの試みは、従来のテクノともアンビエントともノイズとも異なる音の世界を探求するものであり、その荒々しさ、美しさ、繊細さは、それらの区分の意味を失わせるほど個性的だ。終盤に展開されたクリストフ・シャルルとのコラボレーションもすばらしいアイデアの交換があったように思う。けれども、まちがいなくこの日のハイライトを担ったのは、ドイツからの来客ではなく、日本から参加した池田亮司であったように思う。最小限のパルスから始まり、そこにリズムを分厚く重ねるのとも、即興的に装飾を折り込むのともまったく異なる池田の音響世界は、可聴周波数帯域と音の倍音成分に対する研ぎ澄まされた感覚の産物だが、これほどまでに視覚的かつ立体的な音の世界を立ち現わす池田の力量には、あらためて驚くべきものがあった。これに対して、カールステン・ニコライの四打ちを基調としたシンプルなアシッドハウスに延々とミニマルな映像が絡み付くのは、クラブならさておき、正直言ってこういう場ではちょっと苦しいものがあった。また、トーマス・ケーナーは、音こそ予想通りのすばらしい出来であったが、映像はサイケデリックの域を出ていない。

 もっとも、それぞれの出来不出来はともかく、これらはいずれも従来の<テクノ>という言葉で括るにはとうてい無理のある広がりを持つものばかりで、ダンス・ミュージックとしての色彩は薄い。かといって、かつてのインテリジェント・テクノ(これもいま考えればずいぶん人をバカにした名称だが)、いわゆる「ベッドルーム・テクノ」ともちがって、音の構造はきわめてフォーマリスティックで、また、視覚芸術との接点も多く、一種の音響彫刻ともいえる側面を多く備えている。いずれにせよ、デュッセルドルフ、ケルン、フランクフルトといったラインラント地方では、この手の音の需要は日本からは想像もつかないくらい厚く、また、クリエイターもまた、さまざまな発表の機会を持っている。日本も今後ますます、こうした分野で活躍する作家が増えることが予想できるが、そのためにも、大学や美術館はこれらの動向に対してもっともっと敏感に反応しなければならないように思う。

 一方のパネルだが、わたしは初日に開かれた二つのセッション、「テクノと社会――日本とドイツのクラブシーン」「音・身体・メディア――テクノをめぐる言説」を見たが、特にパネル1では、日本とドイツとのあいだにある溝がはっきりと浮かび上がり、最後までコミュニケーションらしいコミュニケーションは見られなかった。わたしが基調報告を行ったパネル2については見た人の判断を仰ぐしかないが、現場でシーンを地道に支えてきた日本側の参加者が状況の厳しさを繰り返し語るのに対し、ドイツ側はアカデミックな社会学用語でテクノと資本との関係を論述するといったふうで、両者のあいだには最初から接点が見当たらない感じであった。多くのひとは、日本からの参加者のあまりに悲観的なトーンに失望したかもしれないが、他方で、これは端的な事実であり、衒学的な学術用語や楽観的な未来ヴィジョンを安易にテクノに託するような論調でなかったことは、かえってことの本質を浮き彫りにしたように思うし、また、カルチュラル・スタディーズの単なる応用ととれなくもないドイツ側の社会学的アプローチが現実をとらえているとも思えなかった。会場からは司会者の責任を追及する意見もあがったが、むしろ、この溝を出発点に議論を組み立てることがあってもよかったかもしれない。

 「テクノ」のような音楽に対して、こうしたパネルディスカッションを持つことに意味があるのか、という話もよく耳にするが、意味云々以前にそうした機会が皆無である現状を思うと、そういう場が持たれたことは、たとえ十分にディスカッションがつくされなかったとしても、非常によいきっかけであったように思う。ましてや、エレクトロ音楽の状況がますます旧来のダンス・ミュージックとしての「テクノ」を逸脱する様相を示した今回のコンサートとあわせて考えれば、今回の試みはひとつの出発点として十分に評価できるように思う。また、リアルタイムで開かれつつあるこうした状況に対して積極的なアプローチを見せた慶応大学の姿勢は、残念ながら他の大学にはなかなか見られないものであることもつけくわえておく。


Experimental Express 1998
会場:スパイラルホール
公演:10月16日、17日
問い合わせ:HEADZ Tel.03-3770-5721

テクノカルチャース1998

シンポジウム「テクノカルチャー/ネットカルチャー」

会場:ドイツ文化会館ホール
開催:10月17日、18日
問い合わせ:ドイツ文化センター Tel.03-3584-3201

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