SPIRAL TVのオープニングの夜、ヴァネッサ・ビークロフトのパフォーマンスが行なわれた。彼女のパフォーマンスは、流行の化粧を施した一群の若い女性が、同じようなコスチュームを身に纏い、金髪のカツラを被って登場したり、そのグループのなかにヌードの女性を交えるといった構成になっている。そして、このような均一な外見のために姉妹のように似通ってしまった彼女たちは、疲れてやむをえない場合以外は身体を動かさないというスタティックで単調なポーズを取り続け、一か所に数時間止まる。
このパフォーマンスに、荒木経惟とのフォトセッションを加えた本邦初演のショウには、物見高い観客が多数集まった。最初荒木とのコラボレーションがあると聞いて、私は、女性をモティーフにしているとはいえ取り扱い方の異なるアーティストを組み合わせることに一抹の不安を覚えた。つまり、ビークロフトのフェミニスティックな性格の作品に、荒木のセクシュアル・アビューズとも受け取れるエロティシズムをぶつけることは、この試みを失敗に導くのではないかと思ったのだ。しかしこの日の荒木は、ビークロフトのパフォーマンスそのものには介入せず、その周りを忙しく行き来して、プロのカメラマンらしくきびきびとした態度で女性たちを撮影していた。多分そのせいだろう。後日SPIRAL TVの会場に展示された荒木の写真からは、いつものエロスが消えていたのである。ところでビークロフトは、自分の作品を写真に撮らせるならヘルムート・ニュートンか荒木だと決めていたらしい。したがって、このジョイントは彼女の望み通りに実現されたわけで、私の心配は杞憂にすぎなかった。 30分ほどのフォトセッションの後荒木は去り、女性たちの孤独なパフォーマンスは延々と継続され、ビークロフトとアシスタントがその模様をヴィデオに収めた。私が以前見たのはこのヴィデオの方だったので、パフォーマンスの生の迫力には少々気圧されたが、ヴィデオの時と同様最後まで見続けた(約2時間)。ストーリーもなければ、目立った動きもないこうしたパフォーマンスは、見る者にとっては退屈である。事実ほとんどの人は全部を見通すことなく、その場を立ち去った。しかし、ビークロフトが時間をかけて作り上げるのにはそれ相応の理由があるはずで、それを知りたければどこまでも付き合うほかはない。
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ヴァネッサ・ビークロフト「ショー」1998
グッゲンハイム美術館
(c) 1998, Vanessa Beecroft
Photo: Mario Sorrenti
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見ていて興味深かったのは、ほとんど一定の姿勢や表情を保つとはいえ、彼女たちが醸す雰囲気が時間とともにかなり変化するということである。まず彼女たちが、ウェディングドレスの一人を除いて、身体全体に日焼けのような化粧をしていること、そして三人のヌードを別にすれば纏っているものが下着だったことから、個々人を区別するというより集団として見るように仕向けられた。しかもブラウン系の化粧と同系色の衣装に覆われているために、彼女たちが独立した個体性を脱して、大地のような存在に合流するかのような印象を受けた。そして、彼女たちが次第に疲れて姿勢を変え、さまざまなジェスチュアを見せ始めると、第一印象と入れ替わるように、気怠げな行為によって触発されて浮上したそれぞれの個体性が輝いてきた。彼女たちの立ち姿の毅然とした様子、何気なく崩したポーズの妙な艶めかしさ、一休みする際に座る形の可愛らしさなど、一人一人の姿勢が示す表情が変化し、そのカッコのよさに私の眼差しは惹き付けられた。
しかしいつしかそれにも飽きた頃、私は奇妙な雰囲気に浸っていることに気付いた。その雰囲気とは、それまで私を含めて観客の好奇の対象となってきた若い女性たちが、逆に私たち観客を見返しているといった幻想を抱かせる気分だった。彼女たちは観客を見てはいなかっただろう。実際に見ていたかどうかはどうでもよい。彼女たちの身体が、時間の経過につれ存在感を増し、それを観客にぐいぐいと押しつけてくる。物言わぬ身体存在をもって、私たちを見返してきたのだ。モデルは、他のビークロフトのパフォーマンスと同様、美しいがどちらかといえば軽薄で通俗的と思える若い女性であり、その上画一的な外見も手伝って上っ面だけの軽い存在だった。つまり変わりやすく捉えがたい女性の典型というわけだ。その女性たちが、パフォーマンスの間にこうした変身を遂げる、より詳しく言えば、見せ物となっていた状況(一般に女性の置かれている社会的状況)に対して、彼女たちが開き直って存在を肯定し、この状況を転覆させる地点にまで到達したのである。
ビークロフトは、この2時間のなかで男女の支配関係の逆転、すなわち女性を中心に地球が回っていることを凝縮して証明してみせた。
会場:スパイラル
会期:1999年3月10日〜28日
問い合わせ:Tel. 03-3780-0491 ナンジョウアンドアソシエイツ
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