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 アクション:行為がアートになるとき
               東京都現代美術館……林 卓行
 

アクション:行為がアートになるとき
 会期終了間際に出かけたために、いまさら『アクション』なのだが、おもしろい展覧会だったと思うのでやはりここで取り上げたい。
 さて、この展覧会のテーマのひとつであり、このところの流行である芸術の「身体性」についてだが、筆者はそれを、というよりそれを振りかざす作品や批評を、じつはさほど信用していない。(このことについては別のところで述べつつあるので、ここで詳述はしない)。なのにこの展覧会がおもしろかったというのは、身体がらみの作品のあいだにはっきりと優劣(と筆者がおもうもの)があることが、まえにもましてはっきりわかったからだ。それはやはり、作品を突き放して見ることを可能にする今回の標本陳列のような展示によるところが大きい。
 筆者が考える、そうした作品の優劣を分かつ基準は、それが身体を開放的にとらえられているかどうかということにある。たとえばアーティストが、自分を傷つけたり血や汚物にまみれたりという特異な体験をしながら、そうした行為に没頭できる自分を、反体制的な、まただからこそ特権的な英雄に祭り上げていくたぐいのパフォーマンスは、身体をとても閉鎖的にとらえるものである。それは、はじめからある種の特権を与えられたアーティストをさらに特権化するだけのことで、「身体」はアーティストとしてのかれ/彼女個人の枠から一歩も出ることがない。しかも周囲の「実存主義的」解釈が、アーティストのそうした二重の特権化に拍車をかける。この種のパフォーマンスは、そうした「実存的」な、個別的な身体に閉じこもったうえで、その経験の特殊性を芸術作品の特殊性と同一視する。
 しかし結局は個人に帰するほかないこうした特殊性は、すぐに陳腐になる。つまり英雄になるのも早いが、そこから転落して道化になるのもまた早い。クリス・バーデンはたぶんそのことをわかっていて、自らを危険にさらすパフォーマンスで名をあげた後、政治/社会的な主題をあつかうインスタレーションに転じた。あるいはポール・マッカーシーの場合は、最初から徹底的に道化でいたことが、いま現役の作家としての評価につながっている。
 けれども、たとえば村岡三郎などは、この英雄から道化への転落を(文字通り)身をもって示している。例の紙を突破するパフォーマンスを再演する晩年の村岡の映像を見て、そのことを痛切におもう。高齢のせいか、かれは緩慢な動作でもがきながらもなんとか紙を破り、それを通り抜ける。観客から起こる「あたたかい」拍手。けれどもそれはたぶん、その「アクション」に対する戦慄からくるものでもない、ほとんど動物や芸人の見せ物に対して、人々がするたぐいの拍手。彼はその中ではにかんでいる。しかし彼はたんに恥ずかしかったのではないか。そのとき(のちの村上隆のように)開き直ることのできなかった村岡三郎は、そんな道化になど本当はなりたくなかったのだ。
 そして英雄にも道化にもならなかったのは、ブルース・ナウマン、ヴィト・アコンチ、あるいはユルゲン・クラウケといったアーティストだろう。かれらは、わたしたちのだれもが世界に接するさいに頼る身体について、まずだれにでもできることから始めようとした。そして結局、そのだれにでもできることこそが世界についてのすべてなのだという結論に達する。それは身体をもっともオープンに考えるやりかたであり、実存主義というよりは、現象学と関わりがある。
 さらにおもしろいのは、ナウマンとアコンチには、体を感覚的というよりは言語的あるいは形式論理にしたがって使っているようなところがあることだ。たとえば、アコンチの「関係」にかんする一連のパフォーマンスは、自分を含めた複数の人間の間に模倣という関係が成り立ちうるとき、その形式にどのようなものがありうるかを逐一実践してみせる。ナウマンの「壁と床のあいだでとる体位」も、壁、床、身体(その手、足)のそれぞれがとりうる関係について、それを動作として形式的に展開したものを逐一実践しているといえるだろう。とすれば、かれらは現象学と論理学の両方をまたぎながら(そしてこの両者の意外な近さについては野家啓一氏が教えるとおりだ)、身体を経験の特殊性に封じ込めない方法を追求したのだ。
 この点でかれらの作品は、昨今の単調で閉鎖的な、「身体論的な」作品を批判する力をもつ。これらの作品をいま、正しく「アクション」の系譜に位置づけて展示したことに、この展覧会の意味はあるだろう。もっとも、あまりにも「オープンな」彼らの作品は、わざわざ実演はもちろん美術館でさえ見なくとも、十分にその面白さを「体験」できるものなのだけれど。

アクション:行為がアートになるとき
会場:東京都現代美術館
会期:1999年2月11日〜4月11日
問い合わせ:03-5245-3215

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