嘉藤笑子
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八谷和彦インタヴュー
「失敗してもアートで最先端のことをしていきたい」
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9月になればアート界も芸術の秋ということで、新しい美術展が目白押しだ。生っ粋のアートファンにとっては嬉しいシーズンだろう。しかし、アートにもっと突っ込んだ形で触れようとするのならば、展覧会だけではなく作家に会ってみることが必要だ。直接、アーティストに会ったり、作品の話を聞いたりすることで、さらにぐ〜んとアートが身近に感じられるに違いない。正直言って、私もアーティストと話をして作品を理解することに努めているし、話が弾めばこれ以上楽しいことはない。
だから、インタヴューする時はいつも楽しみなのである。今回は、久しぶりに東京での作品発表した
八谷和彦
氏に会うことができた。彼も、さまざまなコンテンポラリー・アーティストとの出合いが転機になって制作を始めたという。
制作過程。
ジェットエンジンがマウントされたフレーム。7月末
展示風景 9月 写真:牧原利明
八谷和彦といえば、売り上げ40万本(だたしユーザー数は100万人を超える。すでにバンドルされている機種などもあるので)のEメイルソフト「ポストペット」の制作者として超有名なのだけど、なんと私は使ったこともないし、これまでの作品をほとんど資料でしか知らないのだった。美術ライターとしてあるまじきことと怒る人もいるかもしれないが、私は92年〜97年までまるっきりブランクがある上(これは作家にも断わったが)、また寡作な作家であることなどで、なかなか生作品に出会えないできたのだ。
ところが、9月4〜5日の両日に
最新バージョンのエアボード作品
を“AirBoardβ for the Jet Generation”というエンジン・デモを行うというのだから見逃せない。そこで早速、会場である高井戸の「ギャラリーアート倉庫」に出向いた。2日間のデモ・イヴェントは、トークやバンド演奏などが含まれたバラエティな催しだったが、やはり、エアボードが実際に動くかどうかに観客の熱い視線が注がれた。
エアボードは、97年頃に「20世紀の未来の乗り物」を作ってみたいという八谷のアイデアで考案された。「もともとスケボーをやっていたので未来の乗り物は、空中に浮くスケートボードがいいなぁ」といういたって素直な発想から生まれたものだ。実は、ボードに関する作品は'97年に制作された“Light/Depth”があって、現在この作品はソウルのArtsonje Centerで「Fancy Dance」という日本の作家展で発表されている。この作品は、スケートボード用の特設ステージを作ったもので、観客が実際にボードに乗って、透明アクリルのリンク上を滑って体験する参加型の作品である。
このように彼の作品では、テクノロジーを駆使したインタラクティブな作品が特徴といえる。「ポストペット」にしても実際に使ってみることで作家の意図がみえてくるものだろう。100万人が所有しているアート作品と考えるとびっくりするけれども、多くの人はヒット商品をたまたまアーティストが創ったと考えているのではないだろうか。だが、本人は「ポストペット」はあくまでもアートプロジェクトとして制作したのだという。
「もともと単価が安くて一般の人が買えるモノにしたいとも思っていた。作品がデジタルだとデータそのものがオリジナルだし、エディションの価値を追求しなくていいし。あと、toolとしての性格をもつから、多数に使われて初めて機能するともいえるしね。“視聴覚交換マシン”(処女作1993年)のように2人で使うものじゃなくて大量の人が使うものにして、その数をどこまで拡張できるかというチャレンジも含まれていた。大半の人は可愛いペットがメイルを運んでくれるソフトって思ってるけど、ポストペットの基本は、勝手にメイルを送ってしまったりして、わざとdiscommunicationを導いてしまうことなんですよ。それって、かなり暴力的な手段だし、ノイズが入ってしまう訳です。だけど、そのことでコミュニケーションが変化したり、もともとコミュニケーションのもつあいまいさが導入できると思う。便利だったり、情報量が増えれば豊かになる訳じゃないと思うからね」。
ポストペットの可愛らしいキャラクターとは裏腹に、メイルソフトという道具がユーザーの意志とは別に、裏切ったり勝手な行動をしてしまうところに魅力があるわけだ。わざと演出されたいたずらのような意思疎通によって、コミュニケーションという豊かな出合いを改めて教えてくれるのである。そんな予期せぬ出合いによって生まれたコミュニケーションだからこそ、みんなに愛されているのかもしれない。
(C)1996-1999 Sony Communication Network Co.
なお、ポストペットは、アート作品として98年にはアルスエレクトロニカ(オーストリア)で"AWARD OF DISTINCTION(銀賞)" を受賞している。
彼は、九州芸術工科大学の画像設計学科を卒業して、美学、美術史、デザイン史と同時に、物理、数学、コンピュータという工学系を修得。アート&テクノロジーの領域をひととおり学んできたことになる。では、アーティストになりたかったの?それともスーパーマルティメディア業界人を目指してきたの?
「アーティストとかエンジニアとか、ナニモノかになる、っていう発想がもともとなかった。もともと中間の領域でやって行きたいと思っていたし、今は作りたいモノがたくさんあるから、それをメディアアートのフィールドで発表している。でも、なかなかこのジャンルの若い作家が登場してこないのが現状だね。実際には、かなりの人材不足かもしれない。新しい人はどんどん増えていって欲しいけど、でも、ゲームを作るような気持ちで来られても困るかもしれない。僕はすごくアートそのものを尊敬しているんで」。
彼は、アルスエレクトロニカでの受賞をきっかけにヨーロッパを見て回る機会があったという。その時に、当地のメディアアートやテクノロジーアートの現状について、ずいぶん様々なことを知ったはずである。コンピュータがアメリカに生まれながら、マルチメディアのラボラトリーや情報センター、ミュージアム、フェスティバルといったものがヨーロッパに集中している現状については、八谷自身がかなりの期待感を持っているし、アートの認知度がかなり高いと感じている。それは、日本よりはるかにアートに対する受け入れ体制に厚味があるからだし、アートが深く生活に密着しているからでもある。
「ヨーロッパでは、アートってトランプのジョーカーみたいな存在じゃないかな。国の力や豊かさを示す上でアートにも相応の重みがある、っていうか。プロパガンダに使われたりもするしね。たとえば、ポルトガル、ハンガリーなどの小国もマルチメディア関係にすごく力を入れていたりする。たぶん、ドイツ、フランス、イタリアのような美術の歴史がある国々に対抗する上で、新しい文化を使って巻き返そうという意図があるんだと思う」。
彼は、個人で作品を制作する以前は、普通のサラリーマンだったと言う。そのときSMTVという二人組ユニットで海賊テレビを開設していたそうだ。この放送局では、15分間のインタヴュー番組(アンディ・ウォーホルの言葉“誰でも15分間は有名になれる”から取って)を制作するためにたくさんのアーティストに出会ったという。この時、村上隆、中原浩大、コンプレッソ・プラスティコなどに出会ったことで、コンテンポラリーアートに目覚めてしまったわけだ。人との出合いが、本気でアートを制作するきっかけになったというのはうれしいことだ。誰でも、じっくりと話を聞いてみるものである。
「さっきの質問にちょっと戻るけど、いまの活動はアーティストとして行っているし、アーティストとしてなるべく誠実にモノを作っていきたいと思っている。だけど、今後ずーっとアーティストとしてやって行くのかは自分でもわからない。ポストペットやエアボードのように自分がやりたいことや創りたいものを作ることがなによりも優先するんです。だから、たとえばフルスイングしてみて、打ったボールの着地点が、アートの範囲からはずれてしまう危険性も承知しているつもり。でも、ぼくは、そのフルスイングする行為そのものが、アートだとも思っているのね。たとえ三振してでもむちゃくちゃきれいに振れればいいなぁと思うし、フォアボールを選んで塁に出ることは全然アート的ではないと思う。きっちりフルスイングしなかったら、アートに対して失礼じゃないかとも思うんだよね。どっちにしても自分に出来ることしかやれないんだし」。
さて、エアボードに話が戻るが、98年にフィリップモリス・アートアワードに入賞した賞金とポストペットの稼ぎを注ぎ込んでβバージョンの制作を開始。そして、とうとう今年になって97年世田美『デ・ジェンダリズム』以来の東京公開となった。9月5日の試乗では、エアボードに前日の反省点に改良を加えて、さらなる浮上(前日は20〜30mmだけ浮いた)を狙ったのだけど惜しくも失敗し、機体の一部が溶けてしまった。
残念ながらまだまだ改良の余地があるということだが、十分に可能性は見せてくれた。それに本人がすごくこだわっていたガムランのようなトランス状況をひきだすための道具としての「ジェットエンジン音」は、しっかり会場に目一杯こだましていたのは確かだ。
今後、この作品はドイツのグループ展に参加するため、日本ではしばらく見れないが、21世紀までにはもっと改良されて、またきっと何処かで改良型上級バージョンが見れるだろう。それに八谷和彦が、エアボードに乗って颯爽とインタヴューに現れる日も近いような気がする。
(9月28日ペットワークス事務所にてインタビュー収録)
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