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野外美術のピンからキリまで
「第2回FUJINO国際アートシンポジウム99」

..  神奈川県の西北端に位置する藤野町は、10年ほど前に「芸術家の住む町」を目指して県と町が始めた「ふるさと芸術村」構想で、一部の美術関係者の間では知られた地である。事実、ここは山あいの町とはいえ中央線1本で都心に出られるうえ、まだ地代も安く広いスタジオが確保できるため、彫刻家をはじめアーティストが多く住んでいる。アーティストが多いから芸術村構想が持ち上がったのか、芸術村構想にアーティストが吸い寄せられたのかは知らないが。だが、この芸術村構想はご多分にもれずバブル崩壊後の92年に打ち切られ、その遺産ともいうべき30点ほどの彫刻作品が雑草に覆われている姿は哀れで、見るに忍びない。それらの置かれた「芸術の道」なる名称も空しく響く。こうした行政主導の町おこしに対して、地元在住作家が93年に立ち上げたのが「フィールドワーク・イン・藤野」だった。これは5年間続いた後、その実行委員会が昨年から海外作家も招き、文化庁から助成金を得てアーティスト・イン・レジデンスを開始。名称も新たに「FUJINO国際アートシンポジウム」として、今年2回目の開催となった次第。今回は日本を含め7カ国から各ひとりずつと、賛助出品として日本の若手作家3人が参加し、8月に藤野町で滞在制作して9月から展示が行われた。出品作家は計10人だが、作品が広範囲にわたって点在しているため徒歩ではとうてい見て回れない。そのため展示期間中3回ほど送迎車が出たものの、筆者はいずれの日も都合がつかず、結局出品作家のひとりである母袋俊也氏の誘いの言葉に甘え、彼の車で案内してもらうことになった。こうした野外展でいつも心配になるのは、わざわざカネとヒマをかけて見に行くだけの価値ある作品に出会えるかどうかである。この日も、わずか10点ほどの作品を見て回るのに丸1日費やしたのだが、それに見合う収穫はとうとう最後までおあずけとなった。見た順に記していこう。まず、イベントパークと呼ばれる丘陵地にあるメリチ・フザル(トルコ)による日時計の機能を備えた鉄の彫刻は、一生懸命つくってあるのはわかるけど「なんかなー」って感じだし、プリンツガウ/ポドゴルシェック(オーストリア)による飛び込み板のようなインスタレーションは悪くないが、「ウッソー、これだけー?」と拍子抜けしてしまう。キャンプ場では廃墟化したバンガロー内に、ルカ・ブヴォリ(アメリカ)がビデオを、黄圭泰(韓国)が光のインスタレーションをディスプレイしているが、前者は母袋氏が鍵を開け、ビデオプロジェクターの操作をしてくれたからよかったものの、ひとりで訪れた者はどうやって見ればいいのだろう。近くの林の中ではサリュアス・ヴァリアス(リトアニア)が竹をゲート状に組んでいるが、実にありふれたインスタレーションに終わっている。リッパな建物の「県立藤野芸術の家」からちょっと入った川岸にある管懐賓(中国)のボート型の作品は、さぞ苦労してつくっただろうと思わせるが、結果はご苦労さんでしたというほかない。
 これではわざわざ見に来た人はツライと思う。だが、この企画はそもそも「観光用でも美術関係者向けでもなく、ここに住んでる人たちのために始めたもの」だと、フィールドワーク・イン・藤野実行委員会代表の彫刻家・中瀬康志氏はいう。彼によれば、藤野は産業がないのに川は汚れるし土地は荒れるし、芸術村構想も発展していく予定だったのに途切れてしまった。そこで、この地域をどうにかしなくちゃいけない、アートでできることから手をつけていこうと切実な思いで始めたものがこれなのだ。だから、外から来た人には不便を承知のうえで作品をあちこちに点在させたのも、また、芸術村構想のように恒久的に彫刻を設置せず、会期が終われば基本的に作品を撤去してしまうのも、住民が自分たちの場所について考えてもらうためのひとつのキッカケづくりなのだという。それは裏返せば、行政の推進した芸術村構想が単なるポーズだけのイベントに終わってしまい、真に住民のためのものにはなりえなかったことに対する痛切な批判でもあるのだ。
 とはいえ、「FUJINO国際アートシンポジウム」と称してチラシをばらまいた以上、やはり外部から人を呼んで見てほしかったはずだし、実際に足を運んだ人も相当数いたに違いない。理念的には地域の人たちのためのプロジェクトであっても、当然外の人にも見てもらいたい、でもカネはないしスタッフもいないのないないづくし……。そんなジレンマの渦中に立たされた中瀬氏はいらだちを隠さない。おそらくこうしたジレンマは、地域住民(とりわけアーティスト)がアートプロジェクトを企画・運営していく場合、どこでも多かれ少なかれブチ当たる問題ではあるが。
母袋俊也「絵画のための見晴らし小屋」
母袋俊也「絵画のための見晴らし小屋」

見晴らし小屋の中から見た四角い風景
見晴らし小屋の中から見た四角い風景

 暗澹たる気分のまま、母袋氏が最後に案内してくれたのが、ほかでもない彼自身の作品のある場所だった。藤野町を一望できる丘の上に人ひとりが入れるくらいの小屋を建て、内側を真っ黒に塗って3面に矩形の穴をうがっている。「絵画のための見晴らし小屋」と題されたその作品の中に入って見ると、風景が四角く切り取られてちょうど絵画のように見える仕掛けだ。正面の目の高さにある横長の窓からは遠景の山並みが眺められ、脇に開いた縦長の窓には中景の一本杉が収まり、下方の窓からは近景の植物が目に入ってくる。別に案内してもらったからホメるわけではないが、実によく計算され、そして丹念に仕上げられた作品である。母袋氏は絵画のフォーマットにこだわり続ける画家であり、こうした立体を手がけるのは初めてというが、いかにも画家らしくストレートに絵画的発想を打ち出し、彼にとっても実験的な試みとなった。また、彼は設置した土地の所有者と交渉し、本来なら1カ月余りの展覧会にもかかわらず、最低1年間は置いてもらえることになったという。これによって季節による風景の移り変わりも楽しめるわけだ。同展では出品作家にいくばくかの制作費が出るそうだが、おそらく母袋氏がその数倍ものカネをつぎ込み、ひと夏を制作に費やしたであろうことは作品を見ればわかる。参加作家としての自負と、地元住民としての心意気が伝わってくるというものだ。ようやくここにいたって来た甲斐があったと思えた。彼が熱心に筆者を誘ってくれた理由もよくわかる。
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第2回FUJINO国際アートシンポジウム

会場:神奈川県藤野町
会期:1999年9月5日〜10月11日
問い合わせ:Tel.0426-87-2111(内208)藤野町役場〈町づくり課〉担当:山口隆
      Tel.0426-87-5134 フィールドワーク・イン藤野 実行委員会 代表:中瀬康志




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