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ルーシー・マッケンジー
「Curious」
1998 (c) The Artist
1998 BAS5
フルーツマーケット・ギャラリー
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前回よりヨーロッパアート紀行を、かなり私情を交えてお届けしているわけだが、今回はロンドンからナイトバスでエディンバラに移動したところからの話である。著者の気まぐれな性格ということもあって、ロンドンでは日記式で記述したが、今回はスコットランドの地域別に綴るエッセイにしたいと思う。
●北のアテネと呼ばれる中世のままの街:エディンバラ
イギリスでは、国内を移動するのにコーチと呼ばれる長距離バスがもっとも格安である。安いことと快適とはまったく無縁であることを改めて実感した9時間半の道程だった。おまけに週末で満席というのもその辛さを倍増させたのである。早朝7時にちょっと湿っぽいエディンバラ市街に到着し、フルーツマーケット・ギャラリー館長に連絡。やっぱり寝てたな…。にも関わらず、8時からはベルファストのオームウ・バス美術館館長とのブレクファースト・ミーティングを彼自身がアレンジしていたんだが。
というわけで、私は一息つく暇もなく来年のジャパン・フェスティバルについてマレー館長の私邸でミーティングを行った。長旅には、一杯のコーヒーが美味しい。今回、初めて会ったヒュー・ムルホーランド館長は、何か特別な用事でエディンバラにいるのかと思ったら、なんと私とのミーティングためにわざわざベルファストから来たらしいことを後になって分かったのである。いやはや、なんてご苦労様のことなのに、グラエム・マレーは相変わらずマイペースで全てを進行してしまうのである。トーストとシリアルだけの朝食を済ませると、グラエムが唐突に畑の水撒きと犬の散歩をしなくてはいけないと言い出した。そこで私たちは家の向いにある家庭菜園まで2匹の犬をつれだしたグラエムにお供するしかないのであった。グラエムは、長靴をはいて、菜園用の鍬を持っているので、まるで農夫の出で立ちある。風貌もなかなかピッタリだ。犬たちも爽やかな朝の散歩が楽しそうだ。菜園のなかで私はムルホーランド氏と打ち解けて、彼がエディンバラで結婚式を挙げたということを教えてもらう。古都の街のなかで挙げるウェディングというのは、きっとロマンチックなんだろう。結婚式に対する思入れは、世界共通なんだなとシミジミ。それにしても、朝からこんなVIPミーティングもあるものなのかと思うと、食べ頃になったレタスを見ながらなんだか笑いが込み上げてしまうのだった。
私がエディンバラまで北上したメインの理由は、このミーティングだったから状況はどうであれ任務をひとつ果たしたことになる。ただ、ちょうど“ブリティッシュ・アートショー”という5年に1度の国内最大のイギリス現代美術展が開催中であったのは、都合の良い機会だった。この展覧会は、アーツカウンシル主催によるブリティッシュ(イングランド、スコットランド、ウェールズ)に限った地域での巡回展で、この5年間のイギリスの美術動向を知るうえで最も重要な展覧会である。95年に開催された前回が、デミアン・ハーストを中心にしたサム・テーラー=ウッド、ジュリアン・ウェアリング、クリス・オフィリ、アーニャ・ガラッチョなどのyBa (90年代イギリス若手作家)が主流だったことで分かるように、この展覧会からイギリス美術の最新状況が見えるといっても良いぐらいだ。
「ブリティッシュ・アートショー」は、出品作家が50人にもおよぶこともあって、ひとつの会場だけではなく、8箇所に分散している。だから、否応無しにエディンバラの市街巡りをすることになるのである。多くの施設は中心街に集まっているので歩いて見て回ることができるが、スコットランド国立近代美術館や植物園のなかのインヴァリース館などは、車を使わないとちょっと行けないところだ。
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スーザン・ヒラー「Wild Talents」
1996/97 (c) The Artist 1998 BAS5
フルーツマーケット・ギャラリー
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すでに6年前になるが、私はエディンバラに8ヵ月ほど暮らしていた。だから道案内がなくても簡単にそれぞれの場所に行くことができたが、初めて訪れたら石造りの映画のセットのような古い街並のなかでうっかり道に迷ってしまうかもしれない。今回は、様変わりしたロンドンから来たこともあって余計に感じたと思うが、何時来てもエディンバラの街並は変わらない印象である。その変わらないことが魅力なのだ。今回のなかで新しいところは、ディーン・ギャラリーぐらいである。これだって、貴族の館を改造した美術館だから石造りの重厚な面持ちの建物は、とても新美術館とは思えないだろう。エディンバラは、歴史的街並みを国家で保存していることもあって、街全体が国家遺産のようなものである。だから、看板やポスターなども限られたところにわずかにあるだけである。この地に住んでいたころは、あまりに静かで美しい景観に絵本から抜け出したようなおもちゃのような街だと思ったものだ。冬には、必ずスノーマンが屋根の上を飛んでくると信じられる雰囲気なのである。
さて、「ブリティッシュ・アートショー」に話を戻すと、今回の展覧会の傾向としてもっとも着目したのがスコッティッシュ・アーティストの台頭である。実は1〜2年前から、その傾向を敏感に感じていたのだが、今回の旅でそれが確信に変わったといえるだろう。ロンドンでは、ターナー賞に対抗してもっと若手に賞を与えるとして始まった“ベックス・フューチャーズ”を見てきたが、なんと候補者の10人中7人がスコットランド出身または、居住者というのだから半端じゃない。明らかにスコットランド動向を意識したチョイスといえるだろう。当然ながら、グランプリを受賞したロデリック・バッカナンは、グラスゴー生まれで大学もグラスゴー・アートカレッジである。
●工業地帯、トレインスポッティング、グラスゴーアートカレッジ:北方のアーティストヴィレッジ
こうした若手作家のスコティッシュ傾向は、どうやらグラスゴーが拠点になっているようである。グラスゴーは、ダグラス・ゴードンやクリスティン・ボーランドの出身地でどちらもグラスゴー・アートカレッジを出ている。イギリスでは、アートカレッジごとにアートムーヴメントが起きると言われているが、90年代に黄金時代を築いたゴールドスミスからついにグラスゴー・アートカレッジへシフトしようとしているらしい。これは、アートの中心地として君臨してきたロンドンが地方の時代に変化しようとしていることを示唆している。今回の「ブリティッシュ・アートショー」では、ゴールドスミス出身者がずいぶんと減って8人ものアーティストがグラスゴーから出ているのである。しかもスコットランド、北アイルランド、北イングランドなどの北方地方に広げれば、さらに人数は増え、ずいぶんと目立って進出してきたなとはっきりと分かる状況なのである。
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モダン・インスティチュート
ジム・ラムビー作品展示風景 photo: (c) Emiko Kato
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グラスゴーは、エディンバラと比べると歴史も浅くごちゃごちゃした街である。工業地帯として発達してきたのでワーキングクラスを中心としたざっくばらんな雰囲気を持っている。市内にある大小さまざまなオルタナティヴ・スペースは、アーティスト自身が運営する若者中心の運営組織が多い。この旅では、グラスゴーに日帰りで行ってみたが、何処でもつい話込んでしまって3施設を回るので精一杯だった。現在改装中のために仮スペースで運営してるCCAというフルーツマーケット・ギャラリーぐらいのサイズの現代美術館では、「もしも自分が世界のルールだったら」というスコットランド現代美術展を開催していた。出品参加がすべてグラスゴー在住でキュレーションが2人のアーティストによるというのもグラスゴーらしい。参加者全員が、同タイトルの展覧会のために昨年アイスランドに行って、その経験をもとに新作を発表したというもの。アーティストのセルフオーガナイズが肌で感じられる展覧会だった。また、トランスミッションという20年も続いているアーティスト主体のノン・プロフィット・ギャラリーや、グラスゴーのアーティストを中心にプロモーション展開しているモダン・インスティチュートなど、グラスゴーアーティストの宝庫はいたるところにあって、どちらも気さくに話ができる。下町気質があって誰でも親しみが湧く街なのだ。
この旅で明言できることは、「これからは、スコッチパワーに注目!」である。もちろんスコットランドだけではなくても、ベルファストやニューカッスル=アポン・タインなどの北方地方を含めた北国全体から大きなウェーヴが起こりそうである。これを機会に気になる作家の出身地や居住地をチェックしてみるのもいいだろう。
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フィンレイのリトルスパルタ
photo: (c) Emiko Kato
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●付録:ダンディ+「リトルスパルタ」
実はたった3日間半のスコットランド滞在だったのに、エディンバラとグラスゴーの他にダンディ市とイアン・ハミルトン=フィンレイの有名な庭「リトルスパルタ」にも行ったのだった。ミラクルのような日程だったが、パックツアーの日本人観光客なら、やってできないスケジュールではないだろう。それぞれの場所は、エディンバラの北と南の位置にあって、どちらも車で片道1時間以上かかるが、今回はIKTというインターナショナル・キュレター委員会の定例コンファレンスに出席することになって、その一環で50人ぐらいのメンバーたちと一緒にバスで出かけたのだった。おかげで、懐かしい顔ぶれにも会うことができたし、委員長であるサスキア・ボスにも親切にしてもらった。そのことについては、またの機会を見つけて詳しくふれたいと思う。
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彫刻作品が設置されている
リトルスパルタの庭園
photo: (c) Emiko Kato
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だたひとことだけ、フィンレイの庭について言っておきたい。「リトルスパルタ」というフィンレイの生涯を掛けた庭づくりは、彼の代表的野外作品であり、ライフワークとなっているワークインプログレスの仕事だ。広大な敷地に展開される彫刻作品はもちろんのこと、さまざな様式をもった花壇や小道、池や川はすべて彼の手作りである。5月という時期は、この地を訪れるのに相応しい美しい時期だった。フィンレイという素敵なおじさんに会えたこともウレシイできごとだったし、あの笑顔はスコットランドでもらった大切なおみやげになった。私はすでにこの庭に3度も訪れていたが、幾度訪れても毎度表情が違うのである。だから何度訪れてもオモシロくて仕方がないのだ。次回のスコットランドの旅でも行けるといいのだが。
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