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World Art Report |
市原研太郎
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テロ後のニューヨークを行く
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ギャラリー回りをしている間にアーティストやギャラリストに接し、テロ事件の影響について尋ねてみた。キャナル・ストリートより南に位置し、いまだにいがらっぽい匂いの残るギャラリーのスタッフは、やむなくギャラリーの移転を決めたと言う。その地区は、まだ車両規制があって、正常な業務ができないというのだ。また、たまたま現場付近に住む日本の友人に出会ったので、事件当時の様子を聞いたところ、日本で想像されたようなパニックはなく、避難する人々がWTCの方から移動する姿と、煙や埃が流れてきたのが目撃されたとのこと。チェルシーで個展を開いていた初対面のアーティストは、「ぼくは当日、現場の近くにいたんだ。仕事場の屋上で、ビルが倒壊する瞬間を見たよ。あの同時テロは緊密に構成されていて、まるで映画のようだったな。事件直後は、ショックと恐怖が急速に広がったけれど、今は鎮静化しつつあって内省の時期に入ったと思う」と語った。そのことを裏付けるかのように、ユニオン・スクェアの一角に設けられた事件のメモリアルに貼られたメッセージには、敵に対する憎しみや死者の鎮魂よりも、報復や戦争が引き起こす悲惨さと平和の尊さを喚起する内容が多かった。 今回のテロ事件は、アメリカの政治と経済の中枢をピンポイントで直撃したものだった。それゆえ、WTCと炭素菌関連の病院の周辺以外では、ニューヨークはいつもの落ち着きと賑わいをみせていた。この事件で深く傷ついたのは、国家としてのアメリカの威信だろうか? アメリカ人の心だろうか? それともニューヨークだろうか? 訪ねるたびに日本にはない緊張感を与えてくれるニューヨーク。それは創造につながる心地よい緊張感であり、テロ後もその事情にまったく変わりはない。しかし今回は、そのなかにWTCビルの欠如が引き起こした埋めることのできない空虚を隠し持っているのではないかと感じられた。そこで生きる人々の表情が、普段と同じ日常生活の仮面を被って行き来していても、消防署前に掲げられた行方不明になった隊員の写真のように、悲劇的な空気をまとって私の眼前に立ち現われたのである。
[いちはら けんたろう 美術批評] |
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