artscapeレビュー

2019年06月01日号のレビュー/プレビュー

岩根愛「ARMS」

会期:2019/05/17~2019/06/15

KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHY[東京都]

写真集『KIPUKA』(青幻舎、2018)と、KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHYを含むその展示で第44回木村伊兵衛写真賞を受賞した岩根愛の、受賞後はじめての作品発表である。

今回出品された「ARMS」は、「KIPUKA」と並行して進められていたプロジェクトで、冬の雨期の午後にハワイ島サウスポイントで見た植物群の「一面に輝く蛍光グリーンの海」に感動したことが制作のきっかけになった。ハワイの「新緑の季節」は冬だが、東京に帰国すると、春の街路樹にやはり「サウスポイントのグリーン」が見えることに気がつく。それは「ハワイのサトウキビ農場跡地を歩き、ここだ、墓地を見つけた」とわかったときの体感ともつながっていた。岩根はその感触を「顔のない人が力強く腕をつき伸ばしてくる」と記している。こうして、ハワイの緑に埋もれた墓石と、ハワイおよび東京の植物群の写真とをカップリングした今回の展示が実現した。

岩根の写真はけっして押しつけがましいものではなく、むしろ慎ましやかな佇まいでハワイと東京での彼女の体験を伝えてくれる。たしかに、「新緑の季節」の植物たちのみずみずしい生命力の輝きは、目を奪うものがあり、その微妙な色調のグラデーションが丁寧に押さえられている。ただ、ハワイの墓石と植物たちとの結びつきがややわかりにくいので、多くの観客は戸惑ってしまうのではないだろうか。今回の作品は、『KIPUKA』のあとの箸休めに思えてならない。『KIPUKA』がさらに続くのか、それともまったく違う作品が姿をあらわすのかはわからないが、どちらにしても次作に期待したいものだ。

2019/05/24(金)(飯沢耕太郎)

やなぎみわ展「神話機械」、阪中隆文「Outdoor」ほか

商店街の空き店舗を利用したMaebashi Worksのトークイベントに呼ばれ、「『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社)刊行から10年、日本はどうなったか」について語った。当初は文化論を語ればよかったが、いまや空疎な気合主義によるヤンキー政治が増大していることが大きな変化だろう。会場はアーツ前橋が登場したのと同じ頃に動きだしたアートスペースらしい。


「Maebashi Works」の屋上に設置された作品


ほかにも前橋ではいろいろな展開が起きているが、すぐ近くのmap 前橋"市民”ギャラリーでは、阪中隆文の個展「Outdoor」が開催されていた。筆者が審査員をつとめた名古屋のアーツチャレンジの公募において、最後ぎりぎりで落ちてしまったアーティストである。白い壁に数多くの安物、不用品、拾い物を固定し、これらを使って、ボルダリングができる作品だった。アーティストの靴の跡が壁に黒く残っている。またギャラリーの床を切開し、地面に穴を掘って外に脱出した、過去の映像作品なども展示されていた。前者はホワイトキューブで身体を駆使するマシュー・バーニー、後者は建物を刻むゴードン・マッタ=クラークを想起させるが、その進化形でもある。お金がなくとも、展覧会の制度そのものを批評できる作品だった。


「阪中隆文個展 Outdoor」展示風景。無数の安物や不用品、拾い物が白壁に固定されている



「阪中隆文個展 Outdoor」より。白壁に固定された展示物を使って、実際にボルダリングができる


さて、アーツ前橋では、やなぎみわの久しぶりの個展「神話機械」が巡回していた。「エレベーター・ガール」、「マイ・グランドマザーズ」、「フェアリー・テール」など、一貫して女性を題材にしたシリーズを総覧できる内容だが、近年、彼女が力を入れている演劇作品のアーカイヴ、「古事記」に着想を得て桃の木を撮影した写真の近作、そして各地の高専や大学の協力をえた「神話機械」のインスタレーションも紹介している。全体を通して見ると、写真の作品のときから綿密に物語を設定していたわけだから、それが演劇に展開していくのは必然だったことがよくわかる。タイミングよく、「神話機械」の無人演劇を鑑賞することができたが、機械の動作をずっと眺めているうちに、観客も無人の状況を想像したくなった。頭蓋骨を投げる、拍手する瓶、あちこち動いて語るなど、4つのマシンが活躍するのだが、ある意味でもっとも無目的な「のたうちマシン」の動きがシンプルながらとても不気味で、やばかった。


「やなぎみわ展 神話機械」展示風景より



「やなぎみわ展 神話機械」展示風景より


やなぎみわ展 神話機械

会期:2019年4月19日(金)~6月23日(日)
会場:アーツ前橋(群馬県前橋市千代田町5-1-16)
公式サイト:http://www.artsmaebashi.jp/?p=12932

2019/05/24(金)(五十嵐太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00048337.json s 10154897

REVELATIONS

会期:2019/05/23~2019/05/26

グラン・パレ[フランス・パリ]

19世紀後半のイギリスで興ったアーツ・アンド・クラフツ運動は、デザイナーのウィリアム・モリスの思想に端を発したものだったが、21世紀になり、新たな工芸運動がフランスで興り始めている。それがファインクラフト運動だ。ひと口に言えば「工芸作家によるアート運動」で、アーツ・アンド・クラフツ運動に対して、これは「アーツ・バイ・クラフツ運動」とでも言うべきか。

ファインクラフト運動を主導するのは、フランス工芸作家組合(Ateliers d’Art de France)である。これまでアーティストよりも低く見られてきた工芸作家の地位向上を目指し、工芸作家がアート界に参入し始めたのだ。そのサロン(展示・商談会)「REVELATIONS(レベラション)」が、2019年5月にフランス・パリで開催された。同展は2013年から隔年開催を続け、今年で4回目を迎える。出展者は33カ国、約500人、4日間で37,522人の来場者が集まり、いまやヨーロッパを中心に世界中の注目を集めるサロンに成長しつつある。同展がユニークなのは、狙うのがプロダクト市場ではなくあくまでアート市場である点だ。工芸作家が素材の持ち味を生かしながら、自身の持てる技を大いに発揮し、アートとして鑑賞に耐える作品を世に問う。アーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受けたとされる、日本の民藝運動が提唱した「用の美」とは根本的にそこが違う。「用」は不要なのだ。主な顧客は個人のアートコレクターやギャラリーオーナー、美術館のキュレーターらである。

展示風景 グラン・パレ[撮影:下川一哉]

同展を取材すると、日本からは沖縄県石垣市の石垣焼窯元、茨城県結城市で結城紬の産地問屋を商う奧順といった工芸事業者が出展していたほか、フランスに在住する日本人工芸作家が数名出展していた。彼らからは同展について「工芸分野ではトップレベルのサロン」「最高級の手仕事を伝えるにはもっとも適した場」「文化レベルが非常に高いサロンなので、作品が売れるか売れないかよりも、作品をどう評価してくれるのかが重要」といった声が聞かれた。

しかし他国と比べると、日本国内での同展の認知度はまだ低いと感じる。会場中央には「バンケット」と呼ばれるエリアが敷かれ、カナダやチリ、インド、タイなど11の国や地域が参加し、それぞれを代表する工芸品が華やかに展示されていた。ここに「Japan」の存在がなかったことを非常に残念に感じたのである。日本は欧米諸国に比べると、アート市場の成熟度は低いが、工芸の熟練度は最高水準にあると日々の取材や支援活動、視察などで痛感する。だからこそ同展は日本の工芸作家や職人、事業者にとってはチャンスと映った。次回2021年の開催時に、もっと多くの日本人の活躍が見られることを期待したい。

石垣焼窯元 金子晴彦の出展作品《ブルーウェーブ そこにある記憶 Ⅳ》[撮影:下川一哉]

セラミックアーティスト、栗原香織の出展作品「ボタニカル ファイヤーワークス」と「花⇄果実」[撮影:下川一哉]

ガラス作家、前田恵里の出展作品「Extensions M」[撮影:下川一哉]

刺繍作家、杉浦今日子の出展作品《Sleeping Twins −2−》[撮影:杉浦岳史]

公式サイト:https://www.revelations-grandpalais.com/fr/

2019/05/24(金)、25(土)(杉江あこ)

伊奈英次「TWINS―都市と自然の相似形——」

会期:2019/04/13~2019/05/25

ギャラリー・アートアンリミテッド[東京都]

伊奈英次は1970年代後半〜80年代にかけて、バブル景気の絶頂に向けて大きく変貌していく東京を、あくまでもニュートラルな視点で撮影した8×10インチ判のモノクローム作品「In Tokyo」シリーズを制作した。同シリーズから40年を経て、2020年の東京オリンピックにかけてインフラ整備が急速に進む東京を、あらためて大型センサーを備えたデジタルカメラで撮影した写真群が、今回出品された「In Tokyo Digital」である。それと並行して撮り進めていたのが、日本各地の海岸の「奇岩」をテーマにした「常世の岩」で、今回の展覧会では両シリーズをカップリングして展示していた。

都市の建築物と自然の景観とを「相似形」として捉える発想は、それほど新しいものとはいえない。アルベルト・レンガー=パッチュなど、1920〜30年代のドイツの写真家たちが唱えた「新即物主義」の作品にも、同じようなアプローチが見られる。だが実際に展示を見ると、ビル群と「奇岩」との形態の共通性とテクスチャーの異質性とが、実にダイナミックな視覚的効果を生み出していることに驚かされる。この展示では、デジタル画像と銀塩画像の比較も同時にもくろまれているのだが、現在のデジタル加工技術の進化によって、あまり違いが際立たなくなっていることも興味深かった。

「奇岩」の1枚にはやや特別な意味合いもある。伊奈は昨年5月、三重県熊野市の楯ヶ崎で7メートルの高さの崖から落下して重傷を負った。展示作品のなかには、落下事故前の1月にその崖から岩場を撮影していた写真もあった。撮り直しのために楯ヶ崎を再訪したときに事故に遭ったので、もう一度撮りにいく予定だという。「奇岩」も、「In Tokyo」のように繰り返して撮り続けることで新たな表情が見えてくるかもしれない。このシリーズは、また別な切り口でも展示できるのではないだろうか。

2019/05/25(土)(飯沢耕太郎)

仙台沿岸部の震災遺構をまわる

[宮城県]

せんだいメディアテークが推進するアートノード・プロジェクトのアドバイザー会議にあわせて、被災した仙台の沿岸部を視察した。熊本県から贈られ、公園の仮設住宅地につくられた伊東豊雄による第1号の《みんなの家》は、その後移築され、現在は《新浜 みんなの家》として活用されている。ただし、色が黒く塗られて、外観の雰囲気は変わっていた。そのすぐ近くが、アートノードの一環として、川俣正がフランスや日本の学生らとともに、家型が並ぶシルエットをもつ「みんなの橋」を設置する貞山運河の予定地だった。これは数年かかる事業になるだろう。



伊東豊雄建築設計事務所《新浜みんなの家》2017(宮城県仙台市宮城野区)


続いて荒浜に移動し、津波で破壊された住宅の跡をセルフビルドとリサイクルによってスケートパークに改造したラディカルな《CDP》(カルペ・ディエム・パーク)や、家が流され、複数の住宅の基礎だけが残る震災遺構の整備現場、自主的に運営されている海辺の図書館などをまわった(ちなみに石巻でも、被災した大きな倉庫がスケートパークに改造されていた)。



《CDP》(カルペ・ディエム・パーク)の様子



《CDP》(カルペ・ディエム・パーク)の様子


2017年にオープンした《震災遺構 荒浜小学校》も立ち寄った。周囲の家屋は流失したが、小学校は頑丈な躯体ゆえに大破しなかった。建物の手前はアスファルトの駐車場が整備され、観光バスを含めて、多くの来場者が訪れている。筆者が2011年の春に訪れたときは瓦礫や自動車が教室に押し込まれ、当然上階には行けなかったが、いまはすべて除去され、当時、320人が避難した屋上まで登ることが可能である。



《震災遺構 仙台市立荒浜小学校》2017年4月公開(宮城県仙台市若林区荒浜)。破壊の傷跡も生々しい


ここから周囲を見渡すと、復興の様子も一望できる。瓦礫はなくなったものの、1階の教室やバルコニーには破壊の傷跡が残り、2階は廊下の壁に津波の到達線が記されているほか、建築家の槻橋修が始めた失われた街を復元する白模型の荒浜バージョンなどが展示されていた。そして4階は、発災直後の出来事を空撮の映像や回想するインタビューなどによって伝えるドキュメントを流している。復興を勇ましく紹介する中国の四川大地震の震災メモリアルに比べると、全体としては静謐なイメージの施設だった。



《荒浜小学校》津波で破壊される前の様子を再現した模型



《荒浜小学校》4階の映像展示


2019/05/25(土)(五十嵐太郎)

2019年06月01日号の
artscapeレビュー