Large (1)/ビッグネスというパラダイム

『S,M,L,XL』読解もやっと半ばに達しました。今回は本書全体を貫くマニフェストとも言える、「ビッグネス あるいは大きいことの問題」(”Bigness or the problem of Large”, 1994)というテクストを読んでいきましょう。

「一定のスケールを超えると、建築はビッグネス(巨大さ)という属性をもつようになる。」(『S,M,L,XL』p.495)

「Large」の章の冒頭に巨大な文字で書かれたこの一文によって、コールハースはビッグネスという概念が建築にもたらすパラダイム・シフトを宣言します。それは、MサイズとLサイズの建築を切り分ける決定的な分岐点です。このテクストにあわせて掲げられた写真(ブルース・ベラス、「コンクリートの塊を動かすヌード」、1966年)は、このビッグネスに正面から立ち向かおうとするコールハースとOMAの決意をはっきりと示しています。

ビッグネスの冒頭。左はブルース・ベラスによる写真。(『S,M,L,XL』p.494-495)

ビッグネスの冒頭。左はブルース・ベラスによる写真。(『S,M,L,XL』p.494-495)

それでは、ビッグネスとは何なのか。コールハースは、『錯乱のニューヨーク』(1978年)におけるマンハッタンの摩天楼の分析にビッグネスの理論が潜在的に含まれていたと述べ、それを5つの「定理」にまとめあげています。

1. ある臨界量を超えると、建物は巨大ビルディングへと変貌する。それは、もはや建築的操作によって制御することはできない。
2. エレベーターなどの機械的手法によって、古典的な建築的手法は無効化された。旧来の建築における「芸術」はビッグネスには何の意味も持たない。
3. ビッグネスでは、中身(コア)と覆い(エンベロップ)の距離が広がり、ファサードは内部で起こっていることを表現できなくなる。
4. サイズが巨大化するだけで、建物は善悪を超えた非道徳の領域へと突入する。
5. ビッグネスはもはや、いかなる都市組織の一部でもない。

これらの「定理」は、一定の臨界量を超えた建物が旧来の建築手法・美学・倫理観によって捉えられない存在であることを示しています。そして、コールハースによるビッグネスの理論化は、それを再び建築のドメインに導入するための試みと言えるでしょう。

ここで一つ注意したいことがあります。「ビッグネス」では、スタイルと化した近代主義(モダニズム)が巨大ビルにおいて無効となることが暗に示されていますが、それは近代からの脱却を意味するわけではありません。エレベーターや空調などの近代技術を前提としたビッグネスはむしろ近代化(モダニゼーション)の連続性の中で生まれたものです。ビッグネスにおけるMからLへの移行は、「基準プラン」と同様に近代化のプロセスを促進するものと考えられます。コールハースは次のように述べています。

1978年の段階では、ビッグネスは新世界における現象と思われた。しかし80年代後半に、近代化の新しい潮流を示すサインが急速に広がっていった。その徴候は – 多かれ少なかれカモフラージュされたかたちで – 旧世界をも巻き込み、すでに[近代化が]完了した」大陸においても、新しいはじまりという発作が引き起こされた。」(『S,M,L,XL』p.502-503。[]内は著者が補った。なお、文中に示される1978年は、『錯乱のニューヨーク』の出版年である。)

この「近代化の新しい潮流」は、先述の第5の定理で示された「ビッグネスと都市の関わり」に深く結びついているように思います。建築史家ロベルト・ガルジャーニは、実はこの定理だけは『錯乱のニューヨーク』から逸脱していると指摘しています。『錯乱のニューヨーク』では、巨大な摩天楼群は「グリッド」という街路システムによって都市と結びついていました。しかしコールハースは「ビッグネス」において、街路はもはやビッグネスの残余にすぎない、と宣言します

「ビッグネスはもはや都市を必要としない。それは都市と競合する。それは都市を表現し、都市を占有する。言ってしまえば、それは都市なのだ。」(『S,M,L,XL』p.515)

「ビッグネスはもはや、いかなる都市組織の一部でもない」という定理によって、新世界(アメリカ)で見いだされたビッグネスは都市から解放され、いまや世界中に広がりを見せているのです。もちろん、日本でも。

ビッグネスの第5の定理。「ビッグネス」は文字も大きい。(p.502-503)

ビッグネスの第5の定理。「ビッグネス」は文字も大きい。(p.502-503)

このテクストに続く「Large」の章では、具体的にビッグネスに取り組むOMAのプロジェクトが展開されていきます。次回はその中でも特に興味深い、「ヴォイドの戦略」を取り上げたいと思います。

なお、「ビッグネス」の前半部分は、「建築文化」誌の1995年1月号で読むことができます。訳出時の参考としました。

ブロガー:岩元真明
2011年8月14日 / 02:00

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