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躊躇う時間 / Time of Hesitation

松原慈2012年08月01日号

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 第10回 ダカール・ビエンナーレ・レビュー

出会いのポリティクス

 カサブランカから飛行機で3時間。夜の便。通路側の席。
 機内でうたた寝をしていると、人の気配を感じる。自然と目が開く。ショートカットの女性が目を丸くして私の顔を凝視している。“What are you doing here?!” 彼女はフランス系アルジェリア人の美術作家、カティア・カメリ。3月、私がマラケシュ・ビエンナーレに参加したときに一緒だった。美術関係者がこの便でモロッコからダカールへ向かう場合、特別な意味がある。日本人のあなたがどうしてここにいるの? という顔のカティア。通路に立ったまま30秒ほど私の寝惚けた顔を見続けたあと、ふと笑って納得し「この飛行機、ほかにも何人かアーティストが乗ってるわよ。あとでね!」と言って自分の座席へ戻っていった。
 この反応は、行きの飛行機だけでなく、何度か私に訪れた。遭遇する美術関係者は、驚きと好奇心にあふれた目で私の顔を見て訊くのだ。“Why are you here?” 私は言う。“I’m a tourist.” 一瞬の間を置いて、相手は笑い、それで質問は終わる。アーティストが旅行者であってもいいだろう、と。
 私はカサブランカから飛び、深夜のダカールで、アディスアベバから飛ぶエチオピア出身の友人と、ヘルシンキから来るフィンランド人の友人と落ち合うことにしていた。夜中の1時をまわっているというのに、タクシーの客引きや両替でにぎやかな空港前。見慣れた友人の顔を見つけるのも容易でないほど。ダカールは観光地で、5月はハイシーズンなのだ。


La gare ferroviaire(ダカール列車駅)会期中のコンサートやトークイベントなどの会場
[筆者撮影(以下、表記なきものは同)]

 ダカール・ビエンナーレ★1は1989年に構想され、2012年である今年が第10回目。1996年からはアフリカ・コンテンポラリー・アートに特化して続いているビエンナーレ。参加アーティストはアフリカ在住もしくはディアスポラに限定されている。セネガル政府が文化政策としてバックアップしているこの祝典は、紆余曲折を経ても、継続年数の長さから、アフリカの今を語る重要な位置を維持する。今年は公募で参加作品を募り、3人の共同キュレーターが選んだ42作家がメイン会場のLe Musée Théodore Monod (IFAN)で展示し、それ以外にOFFプログラムが市内の銀行やギャラリーやレストラン、あるいは海を挟んで3kmのゴレ島や、車で3時間のサン・ルイ島まで拡張して行なわれた。展示だけでなく、各地の会場でプレゼンテーションやディスカッションは数えきれないほど開かれた。


La gare ferroviaire(ダカール列車駅)内部


La gare ferroviaire(ダカール列車駅)内部

 このビエンナーレにおいて、事故はあちこちで起こる。トークが中止になったり、展示作品の一部が盗まれたり。受付のカオスやイベントの開始時間の大幅な遅れのように、人と人を出会わせる小さな事故は、さらにより頻繁に。懲りずに人はポイントからポイントへと動き回り、複数の離れた場所で次々に開催されるイベントに、好奇心に満ちた多くの顔が集まる。フランス語が不自由な私にも、その場で起こっているディスカッションの熱気は伝わる。フォーマリズムではなくダイナミズムが環境をつくる。展示するはずの作品が届かなかったザンビア出身のヴィクトル・ムテレケシャや、レセプションが始まって1時間でコンピュータが盗まれ映像作品が消えたモアタズ・ナスルの話を聴きながら、人が出会うためのポリティクスというのがあるとしたら、この祝典にはまだ生々しくその手触りがあることを知る。その感触は、出会いの先に起こることを想像させる。ビエンナーレの方向性や質自体は副次的で(それは旅行者である私にとっても)、ただダカールが好きだから参加するというアーティストの意志だって、正当に感じる。

 メイン会場IFAN入口の庭では、モロッコ人のヨーネス・ババ=アリのホルンがけたたましく鳴り響いて人をおののかせる。マラケシュ・ビエンナーレに参加したモロッコ人は極端に少なかったが、モロッコからダカール・ビエンナーレに招かれたアーティストは少なくなかった。マラケシュで話す機会のなかった私たちは、なぜかダカールで仲良くなった。


“1994”, Laura Nsengiyumva, Le Musée Théodore Monod (IFAN)

 彼らが参加したメインのヴィジュアル・アート展は、各作家のプロポーザルに基づき、既存の作品が持ち込まれ整然と並べられた形式である。私の足は、ひとつの映像作品の前で止まる。モニターの中で、家族がこちらを見ている。察するに、彼らは居間でテレビを見ている。彼らは笑わない。互いに喋ることもない。子どもたちはこちらをあまり気に留めない。モニターの前にはソファが置かれ、そこに座ると、見知らぬこの家族を対面した状態で見続けることになる。ただそれだけのことは、正面の家族のその目に映っているのが自分ではないということをはっきり理解させるのに十分である。いったい彼らが見ているのは何かを想像することになる。
 1994年、テレビを通して、一家はルワンダの虐殺を見ている。ルワンダ出身のローラ・センギユンヴァはベルギー人である。それはパスポートの話である。遠くから自分の国を見る行為、視線の先は自己か他者か。その視線が宙に浮く。



★1──第10回 ダカール・ビエンナーレ サイト:http://www.biennaledakar.org/2012/

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松原慈

1977年生まれ。建築家/美術家。2002年より建築スタジオassistantを有山宙と共同主宰。assistantでの活動のほか、個人によ...

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